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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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他の男のために

「話は終わったぞ……って、どうした?」

「なんでもない」


 オレが声をかけると、黒髪の女は何故か蹲り、丸まっていた。

 小さい身体がもっと小さく見える。


 だけど、魔気には大きな乱れがないので、どこか痛いわけでもないと思う。


「じゃあ、笹さん。俺はこの辺で」


 先ほどまで話していた来島が声を掛けてくる。


「おお」

「いろいろ迷惑かけたね」

「全くだ」


 オレは不機嫌さを隠さずに答えると、ヤツはニヤリと笑った。


「笹さんのそう言うとこ、可愛くて、俺は好きだよ」

「オレはお前のそういうとこが苦手だ」


 男から好きだと言われても嬉しくも何ともねえ。


「栞のこと……、頼んだ」

「お前から頼まれなくても、元からそのつもりだ」


 そんなこと、言われるまでもない。


 高田から離れて、暫く、来島と話し込んだ。

 やはり、ヤツは高田に殺されたかったらしい。


 ここで、彼女と再会してから、そう決めたそうだ。


 死ななければならない理由は、国の勝手な事情……というやつらしいが、ヤツは自殺できない身の上だった。


 一度でも、神官職に就いたことがある人間は、自死を選ぶことは許されないそうだ。


 詳しく聞くと、なんでも、生命の神の意思に反した死は、魂が穢れ、聖霊界へ行けなくなるという通説があるらしい。


 ヤツの言葉に嘘を感じなかったから、それは神官にとって、常識のようなものなのだろう。


 だが、そんな国の事情なんかに、オレたちを巻き込む理由にはならない。

 そのために、いろいろ策を使ったらしいが、その相手が悪かった。


 高田に殺されるためには、彼女を本気で怒らせる必要がある。


 当人は魔法が不自由でも、魔力を暴走させるだけで十分に並の人間を殺すことができそうな相手だ。


 高田の魔力の強さが救いに見えたらしい。


 だが、高田に殺意を抱かせることはできなかった。

 彼女は、罪を許せる種類の人間だったこともあるし、悪意を無視できる鈍さもある。


 何より、来島が、高田のことを本気で好きになってしまったことが、ヤツに最大の誤算だったそうだ。


 好きなヤツを泣かせたくない……。

 一度でも、そう思えば、できることは限られてしまう。


 高田の弱っていた心の隙間を狙うはずが、逆に自分の隙間を何度も突かれた。


 彼女の心は、酷く弱くて折れそうだったのに、奥底に眠っている芯が、厄介なほど強すぎたのだ。


 だから、オレに目を向けた。

 高田に手を出したと言えば、オレは平静ではいられないだろうと思って……。


 だが、そこでも、既に計算違いが発生する。


 オレと接触した時点で、オレは高田にやらかした後だった。

 つまり、オレの方は、既に、いろいろ折れていたのだ。


 護衛としての自尊心や自負心。


 本来はそれを刺激するだけで良かったのに、そんなものを後生大事に抱えていられる状況になかった。


 つまり、高田を利用した言葉でも、すぐに火をつけることができなかったのだ。


「これからお前はどうする気だ?」


 全てを聞いた時、オレから出たのはそんな言葉だった。


「あと数日だからね。ま、後のことはミラクティ様に頼むよ。もともとその予定だったし。あの方、俺のこと、嫌いだから、喜ぶんじゃないかな」


 そこに悲壮感はない。


 だが、分かりやすく覚悟を決めたような言葉。


「もともと、未熟児で生まれて、長くないと思っていたガキがもう18歳まで育とうとしてるんだ。上の方たちからすれば、それこそ、計算違いだっただろうね」


 それは、自虐でもなく、いつものように飄々と口にする。


「でも、同情は止めてくれよ? これでも、ここまでの人生に満足しているんだ」


 その横顔はあまりにもいつもと変わらなくて……。


「心残りはないのか?」


 思わずそう口にしていた。


「結局、高田とヤれなかったことかな」


 そう言って、来島は、挑発的な笑みを浮かべる。


 一晩以上、供に過ごしても、あの女は(ソレ)を許さなかったらしい。


 強引に迫ってもみたが、気の抜けるような抵抗をされて、逆にヤる気が削がれた……、と言っていたが、それはどこまで本当だろか?


「じゃあ、そのまま、未練を残してとっとと逝け」

「酷いな、笹さん。それなら、高田を捧げてくれても良いだろ?」

「どんな護衛だよ?」


 それはもう護衛じゃない。


「護衛じゃなくて、男としてなら分かるだろ?」

「男としてなら、余計に渡せない」


 きっぱりと口にすると、来島は一瞬、目を見開いて、直後、破顔した。


「分かった。それがなかなか本心を見せない笹さんの気持ちとして受け取ろう」

「勝手にしろ」


 そんな会話をしたのだ。


 それは、ごく普通のありふれた会話だったと思う。


 だが、酷く重く感じた。


 他国の決まりごとに、首を突っ込んでも良いことなどない。


 オレに付けられている(めいれい)だって、他人からすれば、「思考の誘導」、「人権無視」の上、「命の軽視」なのだ。


 それでも、当事者がその状態を許容し、寧ろ、満足しているなら第三者が口を出すことなどしてはいけないだろう。


「栞にも世話になったな」

「いや、わたしの方が世話になったと思うよ」


 すぐ近くで高田と来島の声がする。


 オレが考え事をしている間に、彼女も復活したようだ。

 まあ、邪魔はするまい。


 そう思って、オレがそこから離れようとした時だった。


「あ、笹さん」

「ん?」


 来島の声に反射的に振り返った。


「忘れ物」

「「あ? 」」


 高田とオレの声が重なる。


 来島が高田の背を押して、オレに押し付けたのだ。


「この危なっかしい女から、もう二度と目を離すな」


 そう言って、来島はニヤリと笑った。


 だから、オレは……。


「おお」


 短い言葉で了承する。


 それだけで十分だった。


「ちょっと!?」


 高田が抗議をしようと、来島の方へ振り向いた時、既にヤツは姿を消していた。


 まるで…、始めからいなかったように。


 別れの言葉すらなく、かつて人間界で友人だった男は、その場からいなくなった。


「……()()……?」


 高田の口から、零れた言葉。


 それは、確か、ヤツの名前だったはずだ。


「行っちゃった……?」


 どこか呆然とした表情で、高田が呟く。


 ……?

 なんか様子が……?


「ソウ!」


 今度は叫んだが、勿論、それに応える声も姿もなかった。


「ソウ! どうして!?」


 まるで、オレが目に入らないかのように、彼女はヤツの名を呼ぶ。


 ここは結界の中にある。

 仮に近くにいても、その声が届くことはない。


 それでも、彼女は尚もヤツの名を呼び続ける。


 そして……。


「高田!!」


 その場に膝から崩れ落ちた。


「どうした!?」


 その状態は……、高田らしくない。


 今までだって、人との別れは何度もあったはずだ。

 人間界の別れでも、誰かに固執することなんて、一度もなかったのに。


「どうして……?」


 力なく、地に向かって零れ落ちたのは、そんな疑問だけではなかった。


「戻れば……、()()()()()のに……」


 その言葉で、高田も……、気付いていることを知った。


 あのまま、行けばヤツは国に殺される。

 それがどんな事情があるかは、オレにだって分からない。


 だけど……。


「高田……? お前……、気付いて……?」


 ヤツが死を望んだことは知っていただろう。


 だが、国に殺される話は多分、ヤツもしていないはずだ。


「気付いていたよ。でも、わたしは彼を選べなかった。彼の手を自分から離したわたしが、どんな顔して止めれば良かったの!?」


 高田が、地に付いたまま拳を握り締める。


 その表情は分からない。

 だけど、その震える肩と声で……、どんな顔をしているのかは想像できてしまう。


「止めれば良かったじゃねえか」

「止められるわけないじゃない!!」


 オレの言葉に高田は反駁する。


 その黒い瞳は、今にも涙で溢れそうだった。


 だから……。


「うわっ!?」


 彼女を覆いつくす。


「好きなだけ、喚け。この場所に人は来ねえ。音も、気配も漏れねえ」

「つ、九十九……?」


 大きな黒い布に覆われて、高田はもぞもぞと動いた。


「オレも暫くは消えるから」


 そう言って、オレはその場から離れ、高田を一人にしようとしたが、くんっと何かが引っ張った。


 高田が、オレに結ばれたままの組紐を掴んだらしい。


「九十九はわたしの護衛だよね?」


 布を羽織ったまま、顔も見せずに高田は確認する。


「ああ」

「じゃあ、傍にいて」


 その言葉に心臓は跳ねる。


 たった一言だけなのに、それだけでオレの足は縫い留められてしまった。


「オレがいても、お前は大丈夫か?」


 オレは確認する。


 妙な間が開いた後、黒い布が縦に揺れたことが分かった。

 オレはそれを見届けて、彼女のすぐ近くに腰を下ろす。


 暫くして、他の男のために号泣する高田の声がその場に響いたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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