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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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自分の意思とは無関係な所で

「お前は……、その男を庇うのか?」


 黒髪の青年……、九十九は、冷えた声をわたしにかけた。


「うん。来島には、ここ数日だけでもかなりの恩があるので……」


 わたしはできるだけ、平静を装って答える。


 人間界から数えたら、わたしが覚えていないだけでもっとあるだろう。


 だから、相手が九十九でも、この場を退()くわけにはいかない。

 いや、相手が九十九だからこそ、この場から退()くことはできない。


 彼はわたしの護衛なのだ。


 だから、どんな理由があっても、わたしの意思とは無関係な所で、わたしの知っている誰かを手にかけることを許してはいけない。


「そうか」


 九十九は、そう言って両手を上げたので身構える。


 さっきは奇襲だから、上手くいっただけだ。

 でも、この護衛相手にわたしがどれだけのことができるだろうか?


「それなら、オレは何もできない」


 だけど、首を軽く振りながら、どこか淋しそうにそう言った。


「あれ? ここから、激しい主従の魔法バトルに突撃するものじゃないの?」


 身構えていただけに、ちょっと拍子抜けをする。


「「なんで、そうなる? 」」


 何故か、前後から同時に突っ込みが入った。


 そんな変なことを言った覚えはないのだけど……。


「え? だって、この状況はわたしの我が儘で、九十九の行動と来島の希望の邪魔をしたわけだし? それなら、聞き分けの無い主人に対して、力尽くで押さえつけるべきだと思うのですよ?」


「オレがお前に逆らったら、『護衛』の本末転倒じゃねえか」


 九十九は肩を落としながら言い……。


「……って言うか、双方の合意によった行動の邪魔した自覚はあったのか」


 来島が背後で溜息を吐いた。


「あるよ」


 わたしは答える。


 流石にそこまで空気が読めないわけではない。


「来島が何故だか分からないけど、『死』を望んで、それに九十九が応えたってことだよね?」


 その気になれば、彼も移動系の魔法を使えるはずだ。

 それでも使う様子がなかった。


 それだけの時間をちゃんと九十九は待っていたのに。


 来島がわたしにくれた魔力珠は本当に貴重な物だという。

 自分の魔力を完全に固め、それを物質化したまま維持するというのは本当に難しいらしい。


 まず、魔力という本来は不安定な存在を固定することが大変なのだ。


 それを、誕生日という特別な日とはいえ、わざわざわたしにくれた理由は何か?


 それをずっと、今日、考えていたのだ。


 でも、今なら分かる。

 あれを、()()()()()()()()()()()のではないか? ……と。


「それなら、何故、吹っ飛ばしてまで、笹さんの邪魔をした?」

「いや、するでしょう?」


 来島の質問の意味が分からない。


「わたしは護衛(九十九)の手を意味なく汚させたくない」


 自分の命が危険なら、勿論、反撃することは許す。

 それは仕方ない。


 どんな状況でも抵抗するなとかどんな主人だよ?


 だけど、自分の身が危なくもない状況で人を殺すなんて、意味が分からない。


「それと、単純に、友人(くるしま)が死ぬのは嫌だ」


 ミラージュって破滅願望があるのか?

 ライトだって、昔、わたしに「殺してくれ」って言っていたし。


 あの時は断った。

 そして、今、同じこと言われてもまた断るだろう。


 わたしにはその理由がないから。


「我が儘だな」

「我が儘だよ。それは来島も知ってるでしょう? 」

「おお、知ってた」


 その苦笑交じりの言葉に、引っかかるものを感じたが、今は置いておこう。


「なんで九十九は応えたの?」


 その答えによっては、わたしは許せないかもしれない。


 だが、九十九は目を逸らしながら、小さな声でこう言った。


「来島が、お前を、泣かしたって言うから……、つい……」

「はい!?」


 わたしが、来島に泣かされた?


「……って、いつの話?」


 そんな覚えがなくて、思わず来島に確認する。


 来島も一瞬、首を捻ったが……。


「ああ、あのことか」


 そう手を叩いた。


「悪い、悪い。まさか、()()()()()笹さんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。失敗、失敗」

「いや、どんな意味?」


 二人の間でどんな会話が交わされたのだろうか?


「俺は笹さんを煽るために、栞が『良い声で()いた』って言っただけだが?」


 悪びれもせずに来島はさらっと言った。


 ちょっと待て?

 それって……?


「なんてことを言ってんだあああああっ!!」


 信じられない、この男。


「お前の方が通じることに、オジサン、ビックリだよ」


 言っていることは確かにオヤジだよ。

 上に「助兵衛」って枕詞が付くけどね!


「それに嘘は言ってない。お前に突っ込んだ時のあの叫びは、男の情欲を十分煽る声だった」

「じょ!? ……って、知らんわ!」


 こんな言葉を聞かされたら、護衛って立場の九十九は怒るよね?


 そうだよね?

 恋愛感情とか関係なく怒って当然だよ。


 だけど、九十九は何故か変な顔をしていた。


「来島から泣かされたわけじゃないのか?」

「ほへ?」

「いや、お前が泣いたって聞いていたからてっきり、オレ、来島から泣かされたのだと思って……」


 あ……。

 これって……。


「な~、これ。絶対、通じてねえよな? 嘘を吐かないために、回りくどく言いすぎたか」


 来島の言葉が全てだと思う。


 来島が挑発するために言った言葉は、ある意味、九十九には届いていなかったようだ。


「笹さん。残念だが、栞は泣いてない。この女が生半可なことで泣くかよ」

「……だよな?」


 いや?

 わたし、結構、簡単に泣いていると思いますよ?


 彼らの中にある「わたし」って強すぎやしませんか?


「俺の言葉を男女間の知識に絞って考えてくれ。そうすれば、『良い声で()く』の意味は変わるから」

「いちいち説明するな!」

「いや、このままじゃ、笹さんが納得しないって」


 そりゃ、そうかもしれないけど!


「わたし、そう言った意味でも()いてないじゃないか!」


 少なくとも、本来の意味通り、泣き叫んだ覚えもない。


「だから、あの時の叫びだって。十分、十分」


 そんなどこか呑気なわたしたちの背後で、先ほど以上の殺気が膨れ上がった。

 思わず、わたしが身震いするほどに。


「理解した」


 酷く低い声。


 それはお腹に響くような重低音だった。


「高田、そこをどけ。塵芥も残さず滅してやる」


 その声に、いつもの雰囲気はない。


「いやいやいや! この期に及んでそれはさせない!!」


 せっかく治まったはずなのに、それでは意味がないじゃないか。


「お前、自分がナニされたか分かってんのか!?」

「口に指、突っ込まれて両側に引っ張られた痛みで叫びました! でも、泣いてはいません!」

「あ?」

「ちょっと口が痛かったけど……」


 そう言いながら、口の両端を押さえる。


 流石に時間が経ったから、その痛みも治まっているみたいだけど。


「あ?」


 だけど、何故かまた短く聞き返された。


 でも、わたしが大きく叫んだのはそれぐらいだったと思う。


 後は、まあ、来島からの()()に対して、激しく抗議の声を発し続けたぐらい?


 九十九はわたしと来島の顔を交互に見る。


「ちょ、ちょっとタンマ。来島、付き合え」

「はいはい、笹さんの頼みなら、喜んで」


 そう言って、何故か、九十九はわたしの背後にいた来島の肩を抱いて、その場から離れようとする。


「ちょっと?」

「悪い、高田。ちょっとだけ、時間をくれ」


 さらに謝られた。


「笹さんと男の話をするから、ちょっと離れろ」


 男の話?

 つまり、女は立ち寄るなって?


 何それ?

 いきなりなんなの?


 いや、それは良いのだけど、せっかく来たのに、疎外感を覚えてちょっと淋しい。


 だけど、先ほどまでのギスギスした雰囲気はなくなった。


 こんな雰囲気になった今では、九十九が来島を殺すとかそう言った血生臭い話にはならないだろう。


 それだけでも良いかなって思う。


 それに、九十九がそこまでしようとしたのは、わたしが来島に泣かされたと思い込んだみたいだったし、その誤解もなんとか解けたみたいで……って、いや、なんでいきなり解けた?


 九十九は直前に「理解した」って、つまり、男同士の話って……、そう言うこと!?


 でも、その方向性はともかく、どんな話をしているかは分からない。

 思わず、今からでも全力で止めたい衝動に駆られたけど、こうなっては仕方ない。


 自分のしでかしたことが報告されているだけの話……、と思い込んで、我慢しよう。


 でも、これって、どんな羞恥プレイですか?


 二人は、離れているからどんな話をしているか分からない。

 表情を伺っても、なんかいつもの通りにも見えるし。


 でも、もしかしたら、「ゆめの郷」の決まりのように赤裸々に、事細かに話されているとしたら、かなり嫌だ。


 いや、うん。

 そこの二人には確かにキスもされたし、身体にも触れられている。


 ここにいる短期間で、二人ともとそんなことをしているって、気が多いように見えるよね?

 本当に態度をはっきりさせない、いい加減な女だよね?


 でも、わたし自身はまだちゃんと清い身体のままだった。

 それだけが流されまくっていた自分にとって、数少ない救い……、なのかもしれない。


 そう思う。

 そう思おう。

 そう思うしかない。


 そう思わせて!


 わたしは羞恥から、その場でそう身悶えるしかなかったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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