心を込めた贈り物
「珍しい……」
水尾先輩は呟くようにそう言った。
「そうだね。そして、なかなか楽しい。あ、鉢は色違いなんだ」
真央先輩も笑いながら言う。
先輩方にお会いして、髪の毛の長さの変化とかを含めた近況を報告した後、先ほど購入した鉢植えを二人にプレゼントした。
それで、先程の言葉を頂戴したのである。
「私が赤い鉢ってのが意外な選択だな。真央の青い鉢はなんとなく分かるけど……」
「そう言えばそうだね。普段、水尾は赤い物を持ってはいないし」
確かに水尾先輩は「赤」を持っているイメージはないけれど、別に似合わなくはないと思う。
それに鉢の色までは気にして買わなかった。
九十九が選んでくれた植物を、二人に渡しただけで、色に意味はない。
「こいつ……って確か水やらなくて良いんだよな?」
「いやいや、たまには水をあげなきゃ駄目だよ。一番大事なのは日光だった気がするけど」
「でも、砂漠でも生きられるんだよな? 砂漠は水ないと思うが?」
「それでも、適度な水は必要だって言ってるんだけど? 砂漠だってスコールで水分補給するんだから」
妙に真央先輩が詳しい気がするのは気のせいだろうか?
わたしは水尾先輩と真央先輩の誕生日に先ほど購入したサボテンをプレゼントしたのだ。
九十九は何故だか変な顔をしていたが、小さい花言葉のカードが添えられていてその意味合いが悪くなければ、そんなに嫌な気はしないと思う。
まあ、確かに棘があって取り扱いに気をつける必要があるかもしれない。
でも、ちゃんと土の入った鉢に入っていたものだから、そんなに悪い状態で贈るわけではないいだろう。
「ところで……、気になるのはそこの少し離れた場所にいる少年の存在なんだが……?」
「物陰にこっそりと隠れている辺り、ストーカーにも見えるね」
ありゃ、気付かれているみたいだ。
水尾先輩たちが言ったのは、ちょっと離れたところで待ってくれている九十九のことだろう。
プレゼントを渡すだけなのでそんなに時間はかからないと思っていたのだけど、先輩たちは気になったらしい。
「彼には、買い物に付き合ってもらったんです。先輩たちが気にするかと思って、そこで待ってもらっていたんですが……」
「私は気にしないよ」
「……ってか、どう考えても隠れている方が気になるだろ」
「……だそうだよ」
そう言って、九十九に声をかけた。
しかし、今回は姿を消していないとはいえ、わたしでも見えにくい場所にいた九十九に気が付くなんて、すごいなぁ……。
第六感とか?
「まあ、気にしないならここで待っているだけってのもアレだし……」
そう言いながら、九十九が姿を現した。
「その節はどうも」
九十九が軽く会釈をする。
「数日振りだね」
「同じ顔していても弟なら許容。そして、高田の彼氏と言うのなら仕方ない」
「おや? 既に面識が?」
先輩たちと九十九……。
学校も違うし、特に接点はなさそうなんだけど……。
すると九十九の顔が露骨に変わった。
「絡まれた」
「は?」
その一言だけではどんな関係か理解できない。
でも、それ以上の言葉を言う気はないようだ。
「しかし、高田に彼氏とはね。しかも他校生。縁ってのはどこに転がっているのか分からんもんだな」
「私たちには無縁だからね」
「それも意外ですよね」
この先輩たちは2人とも顔も悪くない。
寧ろ、良い。
運動神経だって良かったはずだし、成績にいたってはトップクラスを驀進するような人たちだった。
完璧すぎて近寄りがたいのかもしれないけど……。
「性格だろ?」
「何か言ったか、少年?」
「いえ、別に……」
「買われると困る喧嘩なら始めから売らない方が良いと思うよ。キミの身の安全のためにもね」
普段から口が悪いのは水尾先輩の方だが、さらりと毒を吐くのは真央先輩の方が多い。
双子でもやはり性格は違うって、こんな時に実感するね。
「ま、サボテンはサンキュ」
「ありがとう。大事にするね。植え換えたとき、ちゃんと根付けば育つらしいからね」
水尾先輩と真央先輩からそれぞれお礼を言われた。
「意外にも好評だな。でも、サボテンだぞ? 棘あるぞ?」
「まあ、サボテンだから棘があるほうが多いね」
どうやら、九十九は棘があるのが問題だと言いたいらしい。
「うまくやれば花も咲くタイプみたいだからその楽しみもあって良いと思うよ」
真央先輩はにっこり笑ってくれた。
「アロエなら、家の庭のその辺に生えてるけど、このタイプは初めてだよな。大きくする楽しみもあって良いと思うが……」
水尾先輩はにんまりと笑った。
どうやら、九十九の考えは杞憂だったようだ。
わたしも思いの外、喜んでもらえたことは嬉しい。
「でも、貰っておいてなんだが、こっちは高田の誕生日に何もしてねえんだよな」
「そう言えば、そうだね」
「良いですよ、別に」
見返りを期待して、プレゼントをしたわけじゃない。
どちらかと言えばこれは……、別の意味の方が強いのだ。
「今度、私たちちょっとした旅行に行く予定だから、その土産をなんか見繕ってくるよ」
「水尾? またそんな約束をして……」
「いえ、そんな気を遣わなくても良いですよ」
それでは却って申し訳ない気がする。
「土産でも探さなきゃ何の楽しみもねえし……。な、真央?」
「でも、遊びに行くわけじゃないんだよ?」
「どこに行かれるんですか?」
「あ……」
「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」
水尾先輩の言葉に被さるようにして、真央先輩がつらつらと聞いたことのあるようなないような国名をよどみなく口にした。
「わざわざ長く言うことはないだろうに……。ま、俗に言うイギリスだな」
「イギリス……。イングランドが正式名称じゃないのか?」
九十九が口にする。
「正式名称は真央が言ったのが正しい」
「イングランドはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の一部だね。あの辺りは歴史的背景がいろいろと複雑だから難しいんだよ」
「イギリスって何があるんだ? 凱旋門?」
「「「それはフランス」」」
九十九の言葉にぴたりと3人の声が重なった。
尤も、真央先輩だけは「フランス共和国」とやはり正式名称を口にしていたのだけど。
……しかし、九十九って実は世界地理が苦手なのかな?
魔界人だから仕方ないね。
「イギリスって料理がまずいらしいんだよな……」
「食欲魔人ならではの発言だね。」
食べることが好きな水尾先輩にとって、食事がまずいのは余程嫌なことなんだろう。
凄い顔をしている。
「それってホントなんですかね?」
「素材の味を殺すほどの調理は料理とは言えない!」
「確かにそれは嫌だな……」
九十九が同意する。
少しの付き合いで知ったが、九十九は料理を作ることにかなりの拘りがあるようだ。
だから、そういうのは許せないかもしれない。
「水尾? それは素材の味を活かす料理を作れるようになってから言ってくれるかな」
「はっ! 見た目だけマシで、劇薬レベルの料理を作る人間に言われたくはない」
「見た目から劇物レベルよりは救いがあると思うけど?」
どうやら、会話から察するに二人は料理が上手じゃないらしい。
「イギリスは紅茶文化らしいですよね?」
アフタヌーンティーとかはイギリス発祥の文化だったと記憶している。
「紅茶は腹が減る」
きっぱりと水尾先輩が言った。
「どこまで食い意地が張っている人間なんだ?」
「それなのに細いって羨ましいよね?」
「いや、お前も否定しろよ」
水尾先輩が食べることが大好きなんて、同じ部活で過ごした人間には常識なのだ。
彼女は、細い見た目によらず、信じられないほど大きな弁当箱を持参していた。
「ま、そんなわけで、イギリスに行ってくる」
「本場の英語に触れてくるよ。やっぱりちゃんとした発音を耳にしておきたいからね」
「短期留学ってことですか?」
「いや、そんな大したもんじゃないよ。単なる旅行。物見遊山」
「……水尾?」
どうやら水尾先輩と真央先輩の旅行の認識に多少の違いがあるようだ。
「気をつけて行ってきてくださいね。外国は物騒だと聞きますから」
尤も、自分はもっと物騒なところに行くのかもしれないけど。
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