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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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目が痛くなるほど眩しくて

 どこにこんな感情が眠っていたんだろう?

 これほどの激情(こうねつ)は、ずっと、自分には無縁だと思っていた。


 守っていた大切なものを、自らの手で壊してから……、自分の感情に蓋をすることだけは、巧くなっていたのに。


「なんでもっとちゃんと向き合わねえんだよ!!」


 答えはとっくに出ていて、その自覚もあるのに、一番、肝心なところをこの男は見ていない。


「いっつも、中途半端なんだよ、笹さんの優しさはさ!!」


 他人のことで叫んだ自分が信じられなかった。


 それも、自分を振った女のために。

 道化師もここまでくればただのお笑いだ。


 黒髪の男は目を見張った。

 それは、俺が叫んだことによるものか。それとも言われた内容によるものか?


 いや、どちらも違うな。


組紐(くみひも)!?」


 どうやら、俺が使った得物の方に驚いたらしい。


 一目見ただけで分かるほど、ソレを知っていることにこっちも驚くよ。


 組紐は神官がよく使う法具の一つだ。


 露骨に武器に見えるを得物を持つより、油断を誘えるし、収納魔法を使わずに持ち運びがしやすいために、重宝されている。


 そして、魔法しか知らない相手に絶大な効果を発揮するのだ。


 七色の紐は対象の四肢と胴、首をそれぞれ狙って伸びていく。


 周囲には、空気の歪が発生し、あちこちに切り裂くような真空が生じているが、そもそも空気の歪みは、目の前の男の体内魔気の影響によるものだ。


 それならば、魔力、魔法に影響されない得物(ほうぐ)を使うのは当然だろ?


「法力国家にいたって言ったのは嘘じゃない」


 どの国でも、ある程度、法力の素養があれば法力国家に放り込む。


 いや、そのために()()()()()()()()()()()()()()()()ことだってある。


「そのためだけに俺は産み落とされたからな」


 本来なら産まれるはずもなかった。

 無理矢理、産まされた母親は俺のことをさぞ呪ったことだろう。


 そして、それが、「神を呪う力(ほうりき)」となる。


「なるほど……」


 全身を拘束するつもりだったが、残念ながら素早く躱され、利き手を封じるしかできなかった。


 だが、俺も拘束するために組紐を握っている。

 一本の紅い組紐がまっすぐ伸びてピンと張り詰める。


「つまり、お前を神官と思えば良いのか」


 黒髪の青年は呟く。


 組紐は一度結ばれれば、容易には外せない。

 そして、簡単に魔法で断ち切ることができるものでもない。


 もともと、王族すら拘束できるものだ。

 そして、結ばれている限り、体力を奪っていく。


 だが、それが分かっていても、目の前の青年は動揺も見せなかった。


「悪いな、来島。神官相手なら、オレ、対策、持ってるんだ」


 そう言って、どこからか銀色のナイフを召喚し、あっさりと組紐を断ち切った。


 普通の刃物では断ち切れるはずもないのだが、どうやら、彼も法具を持っていたらしい。


 立場を考えれば当然だな。


 そして、厄介なのはその後である。

 そのまま、迷いもなく攻撃に転じてきやがった。


 詠唱はない。

 威力よりも発動の早さを重視したらしい。


 だから、それが何の魔法かは分からなかった。


 分からなかったが、自分の勘を信じて、()(さま)、切れた組紐から手を離し、その場から離れる。


 同時に、光が……、俺が先ほどまでいた場所を、文字通り貫いた。


 直後に耳をつんざくような音と、空気を割ったような振動が身体を震わせる。


 そして、その後には人一人分ぐらいは収まりそうな暗い穴と、焦げたような臭いが鼻を()いた。


「おいおい、マジかよ」


 少なくとも、無詠唱で放たれる威力ではない。


 そして、その場所を的確に狙う正確さも。


「チッ、今のは完全に()ったと思ったんだがな」


 切り裂いた組紐の一部を右手に着けたまま、黒髪の青年が歯噛みをする。


 おいおい?


 今、「殺った」と書いて、「とった」と読んだよな?

 言葉のニュアンス的に「取った」じゃなかったよな?


 そして、断ち切ったとは言っても、組紐の効果までなくなったわけではない。


 だから今も、体力を奪われ続けているはずなのに、集中力を欠くことなく、それを微塵も感じさせない顔で涼しくこう言った。


「まあ、良い。ここの結界なら、遠慮はいらなそうだな」


 ちょっと待て?


 先ほどの魔法は様子見だったのか?

 結界の強度と効果を確認するために?


「久しぶりに限界まで挑戦するのも面白そうだ」


 まるで、玩具を弄ぶかのような目で、俺を見る。


 おいおいおい?

 どれだけ鬱憤が溜まっていたかは知らんが、それを俺にぶつけるなよ。


 そして……、栞。


 お前の護衛、その猫かぶり度は、兄にも負けてねえぞ。

 少しばかり大きな猫を数匹ほど被っていやがった。


 だが、迷う間もなく、上空が光る。


 雷光は音より速い……、だったか?

 そんな人間界の知識が頭を通り過ぎた。


 そんなのさっきの一撃で十分すぎるほど理解した。

 あれは、雷撃魔法だったと思う。


 それすらも判断できないほど、一瞬の出来事だった。


 だが、今、上空に準備されているのは間違いなく先ほどの一撃を越えるもので、嫉妬に狂った真面目な男というものの面倒くささがよく分かった。


「邪魔しないのか?」

「邪魔しても、無意味だろ?」


 魔法準備中に邪魔をしようとしたところで、無詠唱で狙った位置に落雷させられるような相手だ。


 下手な動きを見せれば、準備中の一、二発を落とすだけで、先ほどの地面のように抉られるだろう。


 人間は雷より速く動けないのだ。

 移動魔法を駆使したとことで、集中する間に光に穿たれる未来しか見えない。


「随分、諦めが早いんだな」

「俺は、笹さんみたいに諦めは良いんだよ。無駄だと分かれば、観念するさ」


 俺は両手を上に上げて降参のポーズをとる。


 時間を稼げば、あの組紐が相手の体力を奪うだろう。

 だが、身体に接している組紐はあの一本のみ。


 それも、俺の手から離れているため、一気に吸い取ることもできない。


 自然に任せても奪える体力なんて高がしれていてる。相手はどう見たって、体力バ……、いや、体力もある男だろう。


「移動魔法ぐらい使えるだろう?」

「この状況で逃げろと? 冗談じゃねえ。ここまで意地を張った意味がなくなる」


 そんな無様が見せられるか?

 それも、この相手に?


 無理だな。

 俺だって男だ。


「中途半端な優しさってなんだよ?」

「あ?」


 その質問の意味が分からなかった。


「さっき、お前が言ってただろ? オレの優しさはいつだって中途半端だって」


 ああ、言われてみれば、そんなことを思わず口にしていて気もする。


「栞を甘やかす反面、突き放す。線を引かずに距離を詰め、その腕に収めておきながら、そこに他意はないとか抜かす。相手があの女じゃなければ、笹さん、後ろから刺されてるよ」


 それらは見ていて、本当にイライラする。


「抱く気がないならほっとけよ」

「オレは護衛だ。放っておけるか」

「護衛ならちゃんと距離を取れってんだ。あれだけスキンシップを多用していて、こうして近付く他の男には牙を剥きながら、あの女に疑似恋愛すら提供しねえってどういうことだ?」


 せめて、一時の甘い夢を見せるならともかく、それすらしない。

 従者が異性慣れをしていない主人のために、一時的な恋人役になるのはよくある話だ。


 特に男と違って女の場合、こんな施設を利用するのは容易ではないのだから。


「お前には関係ねえ」

「あるよ。栞と一夜を過ごした仲だからな」


 できるだけ挑発的に言う。


 口から出た声は、意外にも震えはなかった。

 この心は、目に見える上空からの脅しにも屈しないらしい。


 思ったより、俺自身は落ち着いているようだ。


「そこで、嫉妬するぐらいなら、なんで行動しないんだよ? なんで、ずっと我慢してるんだよ? 笹さんは、惚れた女をなんで泣かしてるんだよ?」


 一度、口にしてしまえば、後は、勢いに乗るだけだった。


「好きな女、泣かしてまで笹さんが本当に護りたいモノってなんだよ!?」


 それは俺がずっと言いたかったことで、逆に黒髪の青年にとっては、言われたくなかったことなのだろう。


 俺の言葉に少なからず、衝撃を受けた顔をして……。


「……っるせ~よ」


 そんな低く冷たい声を聞いた。


「事情を何も知らない第三者が、好き勝手言うな!」


 その言葉で、上空より眩しい光が放たれる。


 それを見て、俺は笑ったのだと思う。


 ようやく、()()()()()()()と。

 本当なら、この役目は別の人間に頼みたかったが……、それは無理だと理解しているから。


 それに、これはこれでスッキリした。


 今なら、()()()()()()のだ。


 だが、いつだって……、俺の願いは本当に、いつだって叶わない。


「――――っ!!」


 目が痛くなるほど眩しい光の中、()からの激しい衝撃に、俺の身体は吹っ飛ばされたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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