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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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纏わりつく気配

「さて……」


 黒髪の女は、無事に送り届けた。


 本当は帰したくなどなかったが、そもそも住む世界が違い過ぎる。


 そして、当人の意思を無視して、無理矢理攫ったところで、互いに明るい未来は思い描けない。


 悲劇なら笑えるぐらい、いくらでも思い浮かぶのに。


 だが、厄介なことに俺を追ってくる気配は消えなかった。


 ……と言うか、この気配、消す気ないよな?

 その気になれば、完全に気配を消せる程度の腕はあるはずだ。


 つまり、俺に用があるってことか。


 面倒だな……。

 可愛い女ならともかく、相手は野郎だ。


 逢引きの誘いに応じる必要を感じない。


 とりあえず、無視しておこう。

 俺も今から仕事だ。


 用があるのに声もかけずに物陰から男の動向を見守るなんて、内気で可愛い少女にしか許されない行為だ。


 野郎からされても嬉しくない。


 そんな理由から……、放置の方向で行く予定だったが……。


 ―――― まだ、気配がある?


 仕事に行き、いつものように巡回警備の任務をする。


 警備と言っても特別なことはない。


 あちこちの宿泊施設や酒場などを含めた飲食店に出向いたり、警備に使われている魔道具の点検をしたりしている。


 他には、「ゆめ」や「ゆな」を管理している施設から様々な報告を見聞きし、さらに、様子も確認する。


 ……結構、働いてるな、俺。


 だが、昼を過ぎても、俺を見張るような気配が妙に気になって、あまり集中できていないことはよく分かった。


 多少、寝不足であることを差し引いても、今日は本調子とは言い難いだろう。


 いや、この状況で集中しろって、無理じゃねえか?

 悪いが、俺は見られて喜ぶような趣味はあまりないぞ?


 気にしないように振舞えば振舞うほど気にかかるのは何故だろうか?


 単純な話だ。


 何の反応もないから、相手の本当の目的が分からない。

 分からないから、かえって、気にかかってしまう。


 いや、違うな。

 こんなことしてる暇があるのか?


 俺の観察を続けるよりも、他にもっと大事なことがあるんじゃねえか?

 どちらかと言えば、そんな思いの方がずっと強かった。


 思わず、溜息が出てしまう。


 まあ、ちょうどいいか。

 自分も言ってやりたいことが山とある。


 仕事が終わるまで、俺の監視を続けることができたなら、少しぐらい相手をしてやっても良いだろう。


 その結果……、後悔することになるだろうけどな。


 そう思って、午後からの仕事に勤しんだのであった。


****


「さて……、と」


 日暮れも近付いた頃、俺は大きく手足を伸ばした。

 身体の調子は悪くないようだ。


 そして、すぐ傍に人気(ひとけ)のない林ではなく、少し離れた広場に向かう。


 今からの時間。

 人気(ひとけ)がない林に本当に人がいないかどうかなんて分からない。


 人目を忍んで会う人間たちだって少なくないのだ。


 そんな人間たちの邪魔をするのは忍びないし、いちいち他人の気配に神経を尖らせたくもなかった。


 それならば、逆に開けた場所の方が良いだろう。自分にとっても、相手にとっても。


「……ってなわけで、話すならこの辺なんかどう?」


 俺は、誰もいない場所に向かって、そう呼び掛けた。


 周囲には人の気配はほとんどないが、見通しはかなり良い。

 椅子はあるし、草は生えているが、木なんか数える程度だ。


 学校の運動場を思わせるような場所。

 ここなら、逃げも隠れもできないだろう。


 お互いに。


「悪くないな」


 応える声があった。


「直接会うのはかなり久し振りだな、笹さん」

「そうだな、来島」


 ピリピリとした気配を纏った黒髪の青年が姿を現す。


 その鋭い目つきで睨まれ、首筋から背中を撫でられたかのように、ゾクゾクッと何かが走り抜けた。


 分かりやすく、敵意を向けられている。


 いや、ここまで来ると殺意に近い。

 少しでも、間合いに入れば風の刃で音もなく斬られる気がした。


 まるで、侍のような静謐さすら感じる。


 いや~、面と向かって対峙すると分かるけど、本当にすげえ男だよな。

 敵に回したくはねえって心底、思う。


 あんな視線を受けて、生きて帰れる気がしない。


 あの女はよく平気だな。

 これだけの殺気を平然と放つ男が真横にいても普通だ。


 それどころか笑うような余裕がある。


 その殺気が自分に向けられていなくても、並の女なら笑えねえ。

 いつ、その横の殺気が自分に向けられるかが分からないのだ。


 そして、改めて見ても良い男だよな~とも思う。


 顔は男の俺から見ても整っている。

 だが、彼は異性より、男にモテる男だ。


 本人は不本意だと思うが、こればかりは気質の問題だから仕方ない。


 さらに言えば、その整った顔よりこの男の魅力は、今時、珍しいほど真っ直ぐな気性だろう。


 こればかりは尊敬に値する。


 この暗い澱みが広がっている世界で、それなりの目にも遭ってきたはずなのに、この青年は、自分の心を汚すことなく、進むべき道から外れることなく、突っ走っている。


 我が強いわけではないだろう。

 そして、他人に興味がないわけでもないと思う。


 ただ、多くを求めないだけだった。


「で、何の用?」


 向こうから声を掛ける様子はないので、俺から声を掛ける。


 その黒い瞳は俺を捉えていた。

 同じ黒い瞳でも、あの女とは随分、印象が違うものだ。


「俺、久しぶりにあった友人から、そこまで敵意を向けられる覚えはないのだけど」


 できるだけ、挑発的に言ってみる。


 勿論、敵意を向けられる覚えはある。

 寧ろ、まだ行動に移そうとしないことは称賛に値するだろう。


 俺なら、自分の惚れた女に手を出すような男は、顔を見た瞬間、七回ぐらい殺しても飽き足りないだろうから。


「敵意を向けているのはお互い様だろう?」


 黒髪の青年は、その表情を崩さないまま、そんなことを口にする。


「俺が?」


 言われて、なんとなく胸を押さえる。


 ―――― ああ、そうか。


 ずっと監視されていることに対して、落ち着かないだけだと思っていたが、それは、自分が見張られていることに対してではなかったらしい。


 そうだな。

 惚れた女に手を出すような男に敵意(しっと)を向けない野郎はいない。


 つまりは、そう言うことだ。

 思っていた以上に、俺はあの女に執着していたらしい。


 参ったな。

 未練は残していないつもりだったんだが……。


「そりゃ、敵意を向けたくもなるさ」


 俺は開き直ることにした。


「俺が惚れた女を無理矢理、犯そうとした男だろ? 並の神経が通っていたら許せないって」


 俺がそう言うと、黒髪の青年は顔を紅潮させた。


 だが、それだけでは、怒りか、羞恥か分からない。


「ああ、でも、安心して。栞は俺がちゃんと慰めて、癒したから」


 さらに煽るようなことを言ってやる。


 明らかに殺気の濃度が上がる気配がした。


 いいな、この感情の変化。


 全身が震え立つような殺気。

 澄まして涼しい顔をされているより、余程、好ましい。


「笹さんは怒る立場にないだろ? 栞が嫌がってなければ問題はない。俺は誰かと違って、無理矢理するのって、好きじゃないんだ。それとも何? 最近の護衛は主人の自由恋愛まで口を出すって?」

「高田が誰を選ぼうとオレは、彼女に従う」


 優等生な発言だな。


 その殺気さえなければ。


「オレが確認したいのは二つだ」

「二つ? ヤったか。ヤらないかって話?」

「違う!!」


 俺の言葉をかき消すような勢いで叫ぶ。


「お前はミラージュにとって、『生きてると都合が悪い人間』なのか?」


 まさか、その問いかけが来るとは思っていなかった。


「ああ、栞の『魔力の塊』に会ったのか?」


 俺のことをどう説明したかは分からないが……、あの存在に会ったのなら、それを知っていてもおかしくないのか。


 余計なことを言ってないだろうな、あの「魔力の塊」。

 この反応から、あのことは言ってないと思うが……。


「魔力の塊?」


 その純粋な疑問符で、自分こそが余計なことを口走ってしまったことに気付く。


「お前も高田の『分身体』に会ったのか?」

「会ったよ」


 この青年は、あの存在をただの「分身体」と思っているのか?


 あれは、魔力珠などよりずっとありえない存在だ。


 魔力だけで人間の肉体を創り上げるのは、古代魔法……、いや、神代(かみよ)の魔法に近しい。


 この世界の長い歴史の中で表に出たのはただ一度。

 かつて、「救いの神子」と呼ばれる者たちがいた時代に確認されたぐらいのものだ。


 目の前の黒髪の青年は考え込むような仕草を見せる。

 下手に考えさせない方が良い気がした。


「もう一つの質問は?」


 考えを遮るように問いかける。


「あ? ああ……」


 俺の言葉で、幾分、敵意が薄れた気がしたが……。


「やっぱり、いくら考えても、この結論に辿り着く」


 そんな意味深な独り言を呟いて、男は顔を上げる。


「どんな結論?」


 俺がそう問いかけると、少しだけ視線を虚空に彷徨わせた後……。


「来島……、お前、実は『ライト』って男じゃねえか?」


 そんな結論を口にしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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