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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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赤い魔力珠

「ここで、良いか?」

「うん、十分だよ。ありがとう」


 俺が声を掛けると、黒髪の女が笑顔で頭を下げた。


 こうして、この女の可愛らしいつむじを見ることも、もうないのだろうな。


 当人には「つむじが可愛い」など言ったことはない。

 これは微妙な話題なのだ。


 普通、身長差がなければ、相手のつむじなどあまり見る機会はない。


 そして、彼女は、自分の背が低いことを結構、気にしていたりする。

 気にした所で、身長差と言うのはどうしようもないのだが。


 だから、「背が低いからって揶揄うな! 」などと、言われそうだから、これまでに一度も言ったことはないのだけど、今なら、揶揄いと思われない気がした。


「栞……」

「ん?」

「ずっと前から思っていたけど、お前のつむじって……、可愛いよな」

「つむじ?」


 彼女はきょとんとする。


「つむじ」


 そう言って、俺は黒い髪の頭のてっぺんを撫でる。


「ああ、つむじ……って、つむじ!? てっぺん? え? 変?」


 その途端に面白い動きになる彼女。


 まるで、小動物を驚かせた時のようにわたわたとしているのを見ると、なんとなく口元が緩んでしまう。


「いや、白くて可愛いなとずっと思ってたんだ」

「え? ずっと?」

「おお。人間界にいた時から」

「ああ、来島とは、昔から身長差があったから、それは、もう、よく見えただろうね」


 ふふふ……、と、どこか自虐気味に笑う。


 思っていた反応とは違うが、まあ、これはこれで面白い。


「本屋で会った時とか、な。お前、よく背を向けて、手を伸ばしていたから」

「本屋で本棚に向き合って何が悪い」

「別に。そんな所も、可愛かったんだよ」

「来島は、いつから?」

「あ?」


 質問の意味が分からず聞き返す。


 その「いつから」が「何」に付いてを差しているのか分からなかったのだ。


「いつから、わたしのことが好きだった?」


 大きな黒い瞳が俺を射抜くように見つめている。


「覚えてねえ」

「へ?」


 正直に答えたら、変な声を出された。


「いちいち覚えてねえよ。気付いたら、好きになってた。それだけだ」


 確かに、きっかけはあったかもしれない。


 ソフトボール中の彼女を見て、尊敬に値すると思ったのは事実だ。


 だが、それ自体は「好き」になったきっかけとは違った気がする。


 だが、その部分をはっきりと思い出せないなら、そのきっかけとなったことも、俺にとっては些細なことなのだろう。


「小さいな。可愛いな。元気だな。うるせえな。面白いな。強いな。脆いな。我慢するやつだな。よく笑うな。表情が変わるな。素直じゃねえな。そんないろんな『高田栞』が集まって、気付いたら惚れてたから仕方ねえ」

 

 それは理屈じゃなくて感情の話だ。

 気付いたら色々な表情を見せるこの女から目を離せなくなっていた。


 弱いのに強くあろうとする女。

 弱いから根性を見せようとする女。


 弱いのに誰かを護ろうとする女。

 護りたいから強くあろうとする女。


 自分の弱さを知っているから努力をし続ける女。

 弱くても、そんな自分を受け入れる誰よりも強い女。


「最初に『小さい』が出てくるのはどういうことでしょう?」

「お前の特徴を最大限に表しているからじゃないかな?」


 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 いや、オマケを最初に持ってきた俺も悪いんだが。


「俺、結構、良いことを言ったつもりだったんだが……」


 どうも、この女には通用しない。

 いや、通じても天然を装って、躱されている気がする。


 つまり、どこまで、脈なしなんだ?


 そして、それが分かっていても、やはり反応を確かめたくなって、何度も何度も無駄な足掻きをしてしまう俺が一番、馬鹿なんだが。


 どうやら俺は、思っていた以上に被虐趣味(ドM属性)があったのかもしれん。


 これまで知らなかった自分の新たな性癖を知ってしまった気分だよ、まったく。


「うん。いろいろありがとう。おかげで、来島からはいろいろ教えてもらったよ」

「あ?」

「思考と感情と肉体は別物だって」

「どんな悟り方だ」

「思考と感情は直結していると思っていたけど、結構、違うものだね」


 頷きながら、妙に納得している。


 どこで、そんなことを思ったのかはよく分からないが、妙な考え方をされるよりはマシだろう。


「ああ、でも、正直、()()()()()()()()んだよ」

「何の覚悟だ?」


 俺が問い返すと……。


「…………内緒」


 何故か照れたように笑った。


「おい、こら?」


 何故、そこでそんな表情をする。


 そして、先ほどの言葉から考えると……?


 あれ?

 もしかしなくても、俺。

 かなり、惜しいことをしたのか?


 今更ながら、その事実に気付いた。


「ああ、クソっ! もったいねえことした」


 そうぼやくしかない。


「勿体ないこと?」

「それって、お前もある程度、その気はあったってことだろ?」

「いや、だって、あそこまで言われていたら、流石に……、ねえ?」


 どこかどもりながら、目を逸らす女。


 そこで、確信する。


 考えてみれば、こいつだってもう18歳だ。


 このあどけない見た目に騙されがちだが、そう言った知識が全くないわけでもなかったし、言葉の深読みだってできていた。


 つまり……。


「勿体ねえええええええええっ!!」


 俺は、そう叫ぶしかなかった。


 なんだ、この小悪魔。

 男の純情を弄びやがって……。


 いや、考えようによっては、これまで別の所でやらかしまくったツケが、こんな形で自分に返ってきたと言えなくもない。


 何の呪いだ?

 その心当たりが多すぎる。


 そして、かなり惜しいことをした。

 どこかに八つ当たりをしなければやってられねえ。


 だが、今更言っても、時は戻らない。


 時に関する魔法は世界の禁忌であり、永遠の命題でもある。

 俺たちの国だけでなく、魔法国家や情報国家すらその謎を掴めないのだ。


「ああ、クソ。今からでも、戻るか?」

「そこまでぶちまけられて、あの場所に戻れるほど、今のわたしは簡単に自分を捨てられないなぁ」


 そう言って困ったように笑う。


 つまりは、昨日までの弱っていたこの女が俺にとって最後の機会であり、それを自分からしっかりと逃したわけだ。


 確かに、自暴自棄になっている状態の女を抱いても面白味はないが、それが自分の本命ならば話は別だろう。


 男とはかくも単純な生き物で、女はこうも感情的な生き物だと思い込むことで自分を慰めるしかない。


 腹が立つ要素しかないな!


「ああ、そうだ」


 過ぎたことを悔やんでも仕方ない。


 俺は懐から石を取り出して、彼女に手渡す。


「何、これ?」


 赤く光る石を摘まみ、それを覗き込む。


「『魔力珠』だ」

「『魔力珠』? これが……?」


 やはり、知っていたか。

 これだけでも、彼女の知識には、かなり偏りがあることが分かる。


 魔力珠は法珠とともにあまり一般的な知識ではない。


 精製できる人間が限られていて、魔力珠は高位の貴族、法珠は上神官以上と関わったことがない限り知ることはないだろう。


 純粋な魔力だけで形成された物。

 それを魔石のようにしたものが、魔力珠だ。


 創り上げるためには、一定以上の魔力の強さと、それを扱えるだけの魔力操作が必要となる。


「綺麗だね」


 黒髪の女はそう言って無邪気に笑った。


「やるよ」

「はい?」


 意味が伝わらなかったのか、彼女はその動きを止めて、俺を見た。


「誕生日だろ? やる」

「ふえ!?」


 驚くのは良いが、せっかくの魔力珠を放り投げかけるのは止めてくれ。


「俺の魔力の塊だ。受け取ってくれ」

「来島の!? いやいやいやいや! それは無理!」


 しかも、突っ返そうとしやがる。


「それぐらいしか、俺にはお前に渡せるものはない」


 心と身体は受け取ってもらえなかった。


 だから、せめて、魔力ぐらいは、受け取って欲しいと願うこともできないのか?


「だけど、魔力珠って、魔法国家の人間でも作るのが大変だって聞くよ。そんな貴重な物を……」


 赤い魔力珠を見つめながら言うが、その時点で、魔法国家の人間とも交流があることを伝えていることに気付いていないのか?


「魔法国家の人間が大変なのは、ヤツらは無駄に魔力が強いからだ。規格外の魔力を濃縮して、鎮静化、固形化していく手順が、かなり難しいんだよ。錬石に魔力を込めるのでも破裂させるようなヤツらだぞ?」

「それでも……」

「良いから受け取ってくれ」


 魔力珠を持っている手を無理矢理、握らせる。


 俺の手に包まれたのは、柔らかくて、小さくて、壊れそうな手だった。


 だけど、苦労を知っている手でもある。


 普通の貴族よりはずっと固くて、それだけでも、叶うならこの場だけでなく、このままずっと守りたいと願いたくなる。


「この先、俺はお前を護れない」


 俺がここにいられるのも、()()()()後、()()()()()しかない。


「だから、これだけでも……」


 その先は、とてもじゃないけれど、言葉にできなかった。


 そんな俺の姿をどう思ったのか……。


「これは、来島の……ううん、『()()』の気持ちだね」


 そう言って、俺の手に自分の左手を重ね直す。


「ありがとう、受け取らせてもらう」


 そう言って、俺を見上げる黒い瞳は強くて大きく輝き、そして、どこまでも綺麗だった。


 たったそれだけのことだ。


 自分の想いに応えてくれたわけでもなく、ただ、名前を呼んでくれただけ。


 だが、それだけのことなのに、俺は、この女を好きになって良かったと思えたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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