仕組まれた出会い?
「俺は、昔、ライト様を通して、幼い頃のお前に会ったことがある」
来島は確かにそう言った。
記憶を消す前のわたしに会った人はライトや雄也さん、九十九以外にもまだいたのだ。
だけど、そのことに驚くよりも先に、わたしが気になったのは……。
「ライト……、様……?」
来島の口から出てきたその言葉の方だった。
「いや、気にするのはそこかよ?」
「ああ、ライトって確か、ミラージュの王子殿下だったね」
「しかも、その程度の認識かよ!?」
「だって、ライトって……、あまり、『王子さま』してないし?」
「そうか? 十分、あの方、偉そうだと思うが?」
仮にも自国の王子殿下に対して、酷い言い草だと思う。
だけど……。
「セントポーリアのダルエスラーム王子殿下は人の話を聞かない典型的な王子さまだったし、カルセオラリアのウィルクス王子殿下も上からの傲慢な物言いをする王子さまだったよ? 彼らに比べれば、ライトはまだ人の話を聞く分、救いはあると思うな」
自国民の前ではどうか分からないけれど、わたしの前では、ライトは自信家であっても、傲慢ではない。
少なくとも、他国のわたしの護衛に対して見下しもせず、寧ろ、有能だと買ってくれている気もする。
その口調はともかく、身分が低かったり、素性の知れない相手に対して、その立場からだけではなく、能力で相手を見ることのできる人間を、わたしは「偉そう」とは思わない。
素直に「偉い」とは思うけど。
「どんな救いだよ。そして、その並べられたラインナップがおかしいことに気づけよ」
「おかしい?」
はて?
世間一般で言われるような、王子さまっぽい王子さまってこの辺りだと思うけど……。
それ以外だと、ジギタリスの王子殿下である楓夜兄ちゃんや、カルセオラリアの王子殿下であるトルクスタン王子殿下?
でも、彼らはどこか庶民的な面が強い。
どちらも第二王子殿下だから……、だろうか?
そして、ストレリチアのグラナディーン王子殿下は妹殿下が大好き過ぎるイメージしかなかった。
だから、その3人については、すぐに頭の中に出てこなかったというのがある。
「お前を追ってるダルエスラーム王子についてはともかく、国からほとんど出ることがなかったウィルクス王子のことを他国の人間が知っていることがおかしいんだよ」
ああ、なるほど。
そういった意味か。
「来島なら知ってるかなと思って……?」
「なんで俺なら知ってると思うんだよ?」
「昔のわたしにライトが会わせるような立場にいるほど、近しい存在でしょう? それなら、わたしのストーカー行為している彼からいろいろ聞いているんじゃないの?」
ましてや、人間界の既知なら、好意の有無はともかく、その動向は気になるものではないだろうか?
「ストーカーって……。お前、あの方に対して本当に容赦ねえな」
来島は何故か楽しそうに笑った。
もしかして、仲が悪いのだろうか?
「それに、ライトから聞いて、わたしの動向を知っていたなら、タイミング良く、来島がこの場所に現れた理由も納得できるわけじゃない?」
偶然だとか運命だとか言われるよりは、始めから計画的だったと言われた方が理解できる。
それに、ずっとわたしが好きだったと言われるよりも、わたしを誑し込んで、ミラージュへ連れ去るつもりだったという理由の方が分かりやすいし、筋も通ってしまうのだ。
「あのな~、言っとくけど、確かに俺はライト様に近しいよ。でも、ここで会ったのは本当に偶然だからな。俺がここに来たのはもう一月ほど前だ。お前が来たのは最近だろうが?」
「一月?」
「そ、一月」
来島はわたしの言葉をそのまま肯定する。
あ、あれ?
それなら、確かに計画的とは言えない。
九十九が、この場所に来たのはトルクスタン王子に案内されてのことだった。
ある程度、わたしたちの動向を読んだとしても、一月前から予測して網を張って待っているのは難しいだろう。
何より、本当に漫画のように運命的な再会を演出したいというのなら、会う場所をわざわざ「ゆめの郷」にする必要性もあまりないよね?
どんな運命だ!? って突っ込みたくなるよ。
「お分かりかい? お嬢ちゃん。俺のいる所にお前たちが来たんだよ。逆に俺の方がビックリしたわ」
「おおう」
「あと、誤解しているみたいだから改めて言っておくけど、俺が栞のことを好きだと言うのも嘘じゃない。正直、ライト様のお気に入りに手を出すなんて本来は、恐れ多いことなんだからな」
うん。
本当はわたしもそこだけはちゃんと分かっているんだ。
彼がわたしにくれた言葉の数々は、嘘じゃないってことぐらい理解できている。
単純に異性を誑かすだけなら、この人は、もっと効率的にできる人だろう。
変なところで不器用だってことは、もうここ数日の付き合いで理解しちゃっている。
わたしを騙すだけなら、何度も制止する必要もないし、何より、自分が不利になるようなことを言わなくても良かったはずだ。
「ライトさまのお気に入り、ねえ……。正直、なんでそこまで気に入られているのかが分からないのだけど」
ストーカーってことは、執着心から来ているのだと思う。
「幼馴染って、それだけ魅力あるものなの?」
ライトも九十九も、わたしの記憶がない時から知っているらしい。
「いや、幼馴染って単なるオプション要素だからな」
「お、オプション要素?」
なんだ? その言葉……。
「後付けみたいなもんだ。当人の魅力を左右するほどでもねえ」
それはそうだ。
「幼馴染」ってだけで、相手から好かれるなら、幼児期に共に過ごした相手が多いと大変なことになる。
「それに、幼馴染でも可愛くねえのもいる。年中、殺気を放ってくるような異性にお前は惹かれるか?」
「いや、それってどんな幼馴染なの?」
あまりにも極論過ぎる例えに、頭の中になんとなく、魔法を放ちまくる水尾先輩が浮かんでしまった。
いや、それでも水尾先輩は結構、可愛いけど。
「口煩くて、俺のすることにいちいち口を出してくるような女」
「それって、来島が悪いと思うのだけど……」
九十九は確かに口煩いところはあるけど、それでも間違ったことは言っていない。
ちょっと過保護だとは思うけれど、それは、単純に真面目過ぎるだけだ。
だから、多分、そんな感じなのだろう。
「お前、一方的に決めつけるなよ」
来島が刺々しい声で言い返す。
「来島はデリカシーが足りてない部分があるから」
「お前が言うなよ」
「そうやってズバッと言っちゃうところとかね」
本当のことでも、わざわざ言わなくても良いことはあるし、言わない方が良いことだって多い。
「強気に見える女の子は繊細で傷つきやすい子が多いんだよ」
弱い自分を周囲から見えないように隠して、強気に振舞うとかなんとか?
漫画のお約束だよね。
「それは、分かってるよ。憎まれ口を叩かれたって、一応、アイツは幼馴染だからな」
そう言う来島の瞳は、ちょっとだけわたしの知らない色を浮かべていた。
彼にそんな顔をさせる幼馴染か……。
少しだけ羨ましいね。
「その人は、あなたの幼馴染ってことは、ライトにとっても幼馴染ってこと?」
「あの方にも近しいな。だけど、たった10日くらいの付き合いしかない女の方が良いらしいぞ?」
「それなら、なんで、彼はその記憶を昔のわたしから消したのかな?」
それを、わたしはどこかで聞いたことがある。
ライトは、昔のわたしと会った数日間の記憶を消したらしい。
そして、その後、九十九と雄也さんに出会うことになった……、とか。
「こちらの都合だな」
あっさりと彼は答える。
どうやら、そんなことまで知っているらしい。
つまり、かなり近しいようだ。
「酷い話だよね」
「言ってやるな。あの方は、お前を護るために……」
そこまで言って、来島は自分の口を押えた。
「護る……ため……?」
「あ~、この女。こうやって、自然にさらりと吐かせようとする」
「いや、勝手に来島が口を滑らせたのでしょう?」
言いがかりにも程がある。
「これ以上は聞くな。そして、俺も言わん」
来島が両腕を交差させて拒否の姿勢をとる。
まあ、事情がありそうだと思ったけど、やっぱり何かあるのか。
いつか、ライト自身の口から聞くことができるだろうか?
できないだろうね。
あの人も、警戒心は強そうだ。
「分かった。聞かないことにする」
わたしはそう答えたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




