【第6章― 別離の支度 ―】雑貨屋の二人
ここから第6章となります。
春の麗らかな陽気の中。
とある雑貨屋でその雰囲気に似つかわしくない唸り声を出している少女が一人。
「う~ん」
言わずと知れた、栞である。
「いつまで唸っている気だ? 店の雰囲気、ブチ壊しだぞ?」
その横から呆れるような声を出すのは、九十九だった。
春休みに入って、普通に交際している彼氏彼女のように雑貨屋で話をしているのだが、その内容はどうも年頃の少年少女のように甘い印象はない。
「そんなこと言ったって、決まらないんだから仕方ないでしょ。どれも良い気がするし、どれも違う気もするし」
誰の目から見ても何かを探している様子なのは分かる。
栞は、それが決まらずに唸っていたのだ。
「これなんかは?」
九十九が大きなリボンの付いた小物入れを差し出す。
「そんな少女趣味かな~?」
栞は即座に顔をしかめる。
「じゃあ、こっちのは?」
今度は、パステルカラーのぬいぐるみを出した。
「それはちょっと、子どもっぽくない?」
そう言いながら栞は怪訝そうな顔をする。
「どれでも良くねえじゃねえか」
九十九は尤もなことを言った。
雑貨屋に来て、既に一時間弱。
その目的はともかく、内容のはっきりしない買い物に付きあわされている九十九も、そろそろ限界なのだろう。
「だから、どれでも違う気がするって言ってるじゃない」
だが、悪びれもせずに栞は言葉を返す。
「面倒くせえな。去年は何を買ったんだ?」
「6ミリの罫線入り大学ノートの詰め合わせ」
その回答から、九十九が選んだ物は該当しないことが良く分かる。
「実用的だが面白味はないな」
「使ってもらえなければ、贈る意味はないもん。ノートなら時期的にも丁度良いし」
栞が言うように、今は3月末。
進級、進学するために、ほとんどのノートは一新されることだろう。
「なら、今年もそれに……」
「だめ!」
九十九の言葉が言い終わる前に、栞は拒絶した。
「今年は残せなきゃ意味がない」
強い口調でそう言う栞に一瞬、九十九は言葉に詰まる。
「……ったって、そんなに残るものなんて、人間界にはあまり存在しねえぞ?」
「魔界にはあるの?」
話の内容的に、自然と小声になって近付く2人。
その図はいちゃついている男女に見えないこともないが、悲しいかな、その実情が伴っていなかった。
「まあな。そもそも人間界と魔界では物の材質が……。ああ、人間界なら石はどうだ? ちょっとした天然石なら値段も手ごろだろう?」
思い出したかのように九十九が言った。
「石……ってガラかな~?」
栞は眉を顰める。
「なんとなく好きそうだがな」
「それって魔界人の勘?」
「いや……、話した印象。それに、女は石が好きなヤツ、多いだろ? 若宮だって高瀬だって好きみたいだし」
「彼女たちの好きな石は金額の桁が違う気もするけど……、まあ、石、天然石なら水晶辺りが無難かな」
そう言いながら、天然石が置かれている場所に栞は足を向ける。
「水晶は形次第じゃ結構良い値になるんじゃないか?」
「意外と詳しいんだね」
「意外でもないぞ? 魔界人の嗜みとかで兄貴たちから石に関してはかなり鍛えられたからな」
魔界人が生活する上では、それらの石の性質を知っておいたほうが良い。
しかも石の中には魔力を籠めたりすることが出来るモノがある。
ただし、それについてはいろいろと相性もあるから何でもできるわけではない。
それに伴う魔力と、石を見極める眼も必要なのだ。
「魔界人の嗜みって他にも何かあるの?」
「酒、薬、植物……、後は保存食の調理とか」
これらについての知識は魔界人としても偏っていると言える。
嗜み……、というよりは、いざというときに使えそうな野外生活の基礎知識だ。
「最初に出てくる例がお酒というのは未成年としてどうかと……」
栞は少し呆れる。
「酒飲みってのは魔界人の基本なんだよ。体質だって違うし。大体、人間界での飲酒に関する法律なんて、地域……、国によって異なるぐらいいい加減じゃねえか」
法律に関しては魔界でもかなり異なるものが多く、人間界の非ではない。
それでも、飲酒については幼い頃から飲んで良いというのが、魔界各国共通の見解であったりするのだが。
「RPGとかで見たことはあるから、魔界にお酒が必要だというのは理解できないこともないよ。いろいろと複雑だけどね」
栞は一応の理解を示した。
「じゃあさ。天然石ならお薦めはどれ?」
「これ」
迷いもなく九十九が指した先にあったものは……。
「何万単位のものを躊躇なく薦めないでよ!」
「いや、雑貨屋にしては、この石、かなり質が良いんだよ。周りの商品を見る限り、これは客引き用と分かっているけど、それを差し引いても良いな、これ」
九十九は、やたらと大きい紫水晶に手を翳しながら言った。
確かに周りの石たちの中央に座するその石は素人目で見てもタダモノじゃない雰囲気を醸し出している。
だが、どう考えても普通の中学生が購入できる金額ではないし、そんなものを贈られても、貰った人間は扱いに困るだけだろう。
何よりも、部屋のインテリアにするには存在感がありすぎる。
「この辺! この辺!!」
栞が指す方向には、箱にみっしりと敷き詰められている石たちがあった。
「……クズ石だな」
九十九が溜息混じりに言葉を吐く。
「あっさり切るな!!」
「雑貨屋にある石の何に期待しているんだよ。三桁程度の石ならそんなに力もない」
「別に、力を求めているわけじゃないんだけど……」
それでも、一度は「クズ石」と呼ばれたものを購入する気にもなれないのだろう。
栞は石を手に取りかけて、結局、戻した。
「お酒や薬ってのも、あれだし……。食べ物はすぐ消えちゃうから問題外かな」
「……って、ちょっと待て。いつの間にオレが選ぶことになってるんだ?」
栞の言葉に、九十九が反応する。
「ちょっと前の会話中かな?」
「だから、その理由は?」
「人に贈り物をする時は、得意ジャンルで勝負した方が良いから?」
「自分の得意ジャンルで勝負しろよ!」
そんな正論を九十九は言うが……。
「合わないから仕方ないでしょ? わたしの得意ジャンルは本なんだもん。剣や魔法、神話の類でお薦め書籍はあっても、SFや化学、医学や生物学なんて専門外だよ。ゲームをする人たちでもないしね」
栞はそう溜息を吐いた。
「他の得意ジャンルは?」
「……ソフトボールぐらい?」
少し考えて、栞はそう口にした。
「バットやボールを喜ぶ人間は少ないな」
今度は九十九の方が溜息を吐く。
「母にならエプロンとかで誤魔化せるのに」
「実の母をごまかすなよ」
「そんなわけで、助言よろしく!!」
「そう言うのは一時間ほど前に聞きたかった」
開店して暫く経つころの時間に入ったはずだが、気付くともう昼が近い。
「後、九十九の得意ジャンルは植物だったよね?」
「得意ジャンルってわけじゃないんだがな」
単に知識として見に付いているだけだ。
「じゃあ、花とか?」
「花は枯れるぞ。鉢植えも根気が要るし、手入れも結構な手間だ」
「う~ん。やっぱり難しい。考えてみれば、雑貨屋で植物を探すって変だね」
普通に考えれば、それらを購入するなら花屋や園芸店などだろう。
「ちょっとしたボトルアクアリウムならあるかもな。探してみるか? 北海道ならマリモとかもありそうだが」
「いや、ここ、北海道じゃないし……」
そこで、ふと栞の目が止まった。
「どうした?」
「これ! これは?」
「これって……、こいつたち?」
栞の目線を辿って、九十九が指差す。
「うん! 丸くて可愛い! 値段も手頃!!」
「確かにあまり水はいらんし、いろいろ強いのは認めるけど……」
「花言葉は『情熱』、『あたたかい心』、『秘めた熱意』だって……。それって、結構良くない?」
「いや……、でも……」
九十九は栞の選んだものがどうもひっかかるようだ。
それも、無理はない。
「これとこれ。どう? 強そう?」
「この中から選ぶならその2つが色艶から考えても良いとは思うが……、でもなあ……」
「それじゃあ、決定~!」
あれほど悩んでいた割に、決まればさっさと会計に持っていく。
その嬉々とした表情の栞に反して、どこか気まずそうな顔の九十九。
「趣味、疑われるんじゃねえか?」
それでも、当人が選んだのならそれでも良いと九十九は思った。
これ以上の買い物を防ぎたいという思惑もあったのだろうけど。
花言葉は諸説あります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。