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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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魔法耐性

「さて、そろそろ寝るか~」


 これ以上、自分の傷を広げるような自虐趣味は持ち合わせていない。


「ふえ?」


 そんな俺の言葉に不思議そうな顔を向ける。


「いや、流石に一晩、起きてるわけにはいかないだろ?」

「それはそうなのだけど……」


 何故か迷う黒髪の女。


「ほれ、来い」

「はいぃっ!?」


 さらに、何故か奇怪な声を上げる。


 そんな声を上げるようなことは言っていないつもりだが……。


「今更、何もしねえよ」


 もしかしなくても、ようやく、俺は男として意識され始めたのか?


「い、いや、居候は素直に床でも……」


 そんなとんでもないことを言いだした。


 普通に考えても、一般的に見ても、常識の範囲内でも、それはないだろう?


「アホか!! そんなことさせたら、笹さんに本気で殺されるわ!」


 あの黒髪の護衛のことがなくても、俺が嫌だ。


「そうかな?」


 何故か逃げ腰になる彼女。


 だから思わず……。


「良いから来い」


 強引に抱き上げた。


 小柄な身体から予想はしていたが、とんでもなく軽いな、この女。


「ぎゃあっ!?」


 慣れていないのか、驚いたのか分からないが、あまり聞きなれない種類の悲鳴が聞こえた。


「これ以上、ぐだぐだ言うな。ゆっくり休め」


 睡眠不足になんかさせたら、何のための避難か分からない。


「だ、だけど!」


 それでも、抵抗しようとする女。


「ちゃんと添い寝してやるから」

「休めるか!」


 この女は本当に頑固だ。


 そして、一度決めたら絶対に退かない。


「素直に休まないというのなら、俺に抱き潰される方が良いか? 足腰立たなくなるまで可愛がってやっても良いんだぞ?」


 寧ろ、そちらを推奨しても良い。


 たった今、お預けを食らったばかりなので、いろいろ有り余っている。

 だから、手加減できる気はしないけどな。


 初めてということで、どんなに念入りにしても痛みには襲われるだろうが、初心者なら二、三回ぐらいで十分だろう。


 尤も、俺の方が足りるかは分からんが。


 人間界すら十代男性の「体力(しぶとさ)」と、「精力(しつこさ)」は「野獣(サル)」と称されるぐらいだからな。


「わ、分かったから降ろして!」


 どうやら意味は伝わったようで、顔を真っ赤に染め、焦ったように俺から逃げようとする。


 抱えられている状態で、バランスを崩せばどうなるか分からないわけではないだろうに。


 だから、そのまますぐ下に降ろすと……。


「ちょっと!!」


 かえって、彼女は慌てて飛び起きようとする。


 そんな聞き分けの無い状態に酷くイラっとして思わず……。


「良いから、大人しく寝てろ!」


 これまでずっと使わないようにしていた魔法を発動させた。


 だが……。


 パリーンッ


 目の前で……、魔法が弾ける音が聞こえた。

 どれだけ、「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」が有能なんだ?


「チッ、完全に不意を突いたのに、いとも簡単に弾きやがった、この女」


 思わず舌打ちをする。


 精神系の魔法は、相手の精神状態でその効き目が変わってくるが、魔法が届く前に弾くと言うのは、単純に魔法耐性の話である。


 ある程度、警戒させていたために、意識的に魔法耐性が強まっていたこともあるだろうが、単純に、それだけの魔力の差が俺たちにはあるわけだ。


「今のは?」


 魔法の効果すら感じなかったためか、黒髪の女はきょとんとした顔をした。


 流石に腹立たしい。


「『導眠(どうみん)魔法』だ。眠りに導く魔法。眠りに(いざな)う『誘眠魔法』よりもっと強力なんだが……」


 この女の魔法耐性が高いことは分かっていた。


 だから、それなりの魔法を使ったのだが、それすら効果がないとは……。


「睡眠系の魔法って、わたし、『昏睡魔法』じゃないと効かないらしいよ」

「ちょっと待て?」


 当然のことのように言われたが、そのこと自体が普通ではない。


「『昏睡魔法』なんて普通は使わんからな? 耐性ないと、最悪、死ぬぞ!?」


 「誘眠魔法」や「導眠魔法」は補助魔法だが、「昏睡魔法」は立派に攻撃魔法だ。

 そして、本来は、理性の無い魔獣に対して使うようなもの。


 それなのに、人間の身でなんて魔法を使われてるんだ?


「どんな環境にいたんだ? 栞は……」


 尤も、それだけの環境にいたのだろう。


 魔法耐性は元々の血筋もあるが、どれだけの魔法を食らったのかにもよる。


 今の世でそこまでの攻撃魔法を浴びる機会などはほとんどないと思うが、王族に近しい人間は、今も尚、研鑽を怠らない。


 それは、大陸の大気魔気を安定させることにもなるし、何より、身を護るための強力な体内魔気を身に纏うことにも繋がるのだ。


「それよりも、なんでそんな魔法を使ったの?」


 だが、そんなことは彼女にとっては些細なことらしい。


 俺が「導眠魔法」を使ったことの方が気になったようだ。


「こんな手でも使わないと、お前がゆっくり眠らないだろ?」

「いや、来島が帰ってくる前に、結構、しっかり寝たからね」


 なんて、図太い女だ。


 今なら、ともかく、身の危険を感じさせる人物の部屋で緊張を感じることもなく、呑気に寝ていたと言うのか?


 いや、これは単純に俺が舐められているだけか?


「お前、あの状況でも寝たのかよ」

「数時間は戻らないと思っていたから……?」


 もし、俺が早々と帰ってきていたらどうしていたのか?


「気付いたら……、寝ちゃってた」


 困ったように眉を下げて笑う彼女。


 ああ、これ……。

 絶対、あの黒髪の護衛青年はかなり苦労させられてるな。


 常に天然……ってほどではないけれど、時々、「お前、狙ってんのか? 」……って顔を見せる。


 生来の童顔も手伝っているが、これを常日頃から見せられ続けていれば、男としてかなり辛いかもしれない。


「それだけ、信用されたなら光栄だとは思うけど、男としては、少々、複雑だな」

「信用?」


 彼女は不思議そうに小首を傾げた。


 その仕草は酷く幼く見える。


「寝るって無防備な状態を曝け出すことだろ? ある程度気を許さずに誰かの傍では寝れんと思うが?」

「そう、なのかな?」


 さらに不思議そうな顔をする。


 話を聞いた限りでも、それなりの目に遭っているはずの彼女。

 それでも、無警戒でいられるはずはない。


 もう、見た目通りの子供じゃないのだから。


「現に、今、栞は俺の傍じゃ寝れねえじゃねえか」

「おおぅ」


 今頃、気付いたかのように両手を叩く。


 無意識に警戒心が働くようにはなったらしい。


「だけど、このまま帰すわけにはいかねえだろ? 流石に、時間的にも良くねえ」


 夜も更けている。


 この状況でこの外を歩けば、彼女の目にはまだ毒だと思われる景色が広がっていることだろう。


「まあ、確かに……?」


 俺の言葉に納得したようなしないようなそんな顔をしたが……。


「じゃあ、休ませてもらう」


 そう言って、笑った。


「お?」


 予想以上にあっさりとした返答。


 だが、次の瞬間……。


「なんか、ホッとしたら眠くなってきたっぽい……?」


 ぐらりと大きく頭が揺れ……。


「おい?」


 俺が止める間もなく、黒髪が舞う。


 一瞬で、解け散った警戒心に喜べば良いのか、慌てれば良いのか、俺は本気で分からなかった。


 不意を突いた「導眠魔法」すら本人に自覚なく完全無効化するほどの「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」を持つほどの女。


 俺の魔力は一般的に見れば弱い方ではない。


 仮にもそれなりの血を引いているのだ。


 父親が考える知能を持ち合わせていなくても、母親が顔と身体しか取り柄がなかったような女でも、その身体に流れる血とそれに伴う魔力には関係ない。


 それなのに、目の前の女は、あっさりと弾く。


 それも、音が出るほどの完全防御など、話には聞いていたが、実際、耳にしたのは初めてだった。


 以前、別の場所で精神系魔法に抵抗されたことはあったが、その時は先ほどのように無効化する音など全くなかった。


 彼女の髪を撫でる。

 黒髪がサラサラと流れ落ちた。


 流石に、床に眠らせたままというのは良くないか。

 俺は、小柄な身体を抱え上げる。


 それにしても、不自然なまでに崩れ落ちた。


 幼児が全力で遊びきった後に、電池が切れたように眠りに落ちることがあるが、それによく似ている。


 いくら気を許したとしても、すぐにこんな状態になるだろうか?


 しかも、腕に力を入れて抱き締めても、頬を(つつ)いても起きやしねえ。

 この状態は一体……?


 …………これって……、男にとってはチャンスじゃねえか?


 何をしても目を覚まさずに、眠り続ける女。


 これは据え膳と考えて、全部は無理でも少しばかりご馳走になっても、誰も文句は言わねえだろ?


 そんな邪な考えを抱くとほぼ同時に、俺は強烈な「魔気の護り(空気の塊)」にぶっ飛ばされることになったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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