表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

966/2801

一晩起きているわけには

「かなり落ち着いたようだな」

「うん。来島のおかげだね」


 わたしは、素直にそう言った。


 自分でも、大きく変化していることがよく分かる。

 精神的にも、魔力的にも、少し前までの不安定だった状態が嘘のようだ。


 まるで嵐が去った時のように落ち着いていた。


 尤も、まだ口の端がヒリヒリと痛んでいる。

 でも、それについては仕方ない話だ。


 先ほど、チラリと鏡を見た限りでは、少しだけ、口の両端が荒れているかのように薄皮が捲れあがっているように見えた。


 思った以上に引っ張られたらしい。


 来島は、治癒魔法が使えるようで、この口を治してくれるとは言ったが、それは辞退させてもらった。


 この傷は、簡単に消しちゃいけないものだろう。

 それが自己満足にすぎない行動だと分かっていても。


 でも、彼がもし、偶然にもこの「ゆめの郷」にいなければ、わたしはどうなっていたのか分からない。


 たった一人で、あんなぐちゃぐちゃした感情をどうにかできただろうか?


「来島は、なんでここにいたの?」


 ずっと抱いていた疑問を口にしてみる。


 彼とは人間界で出会ったのだ。


 それならば、少なくともその国の貴族とか、それに仕える従者とか、特殊能力を持つような人間だとは思うのだけど、来島の様子からはそんな印象はあまりない。


「ん? どう言う意味だ?」

「いや、5年ほど人間界にいたってことは、あなたもそれなりの身分の人だってことでしょう? それなのに、なんで、こんな所にいたのかな~って思って……」

「『ゆめの郷』に住んでいるような連中は、基本的にワケありばかりだからな。俺は気にしないが、あまり、他のヤツに対してその辺りは突っ込まない方が良いぞ」

「そうだね」


 先ほどの話から、そんな気はしていたが、彼も好き好んで、こんな場所にいるわけではないようだ。


 なんか少し聞いただけでも、元々変な国にいたっぽいし。


 多くを語らないと言うことは、飄々として見える来島にも、わたしが知らない数年の間にいろいろあったのだろう。


 でも、ここ数日だけで、人間界にいた時は知らなかった彼のことをいろいろと知ることができたと思う。


 わたしも、自分自身が知らなかった部分、思ってもいなかった言葉とか、いろいろ来島に対して曝け出してしまった気がするけど、それも含めて、お互いさまと言うことだよね。


「どうした?」

「ふえ?」

「顔が、緩んでるぞ」

「失礼な。これは地顔だよ」


 そんなに緩んだ気はないが、なんとなく口を隠した。


「口……」

「へ?」

「本当に治さなくて良いのか?」

「良いよ。来島から付けられた傷だからね」


 それ以上に、わたしは彼を傷つけたのだ。


 これぐらい、どうってことはない。


「いや、勢い余ったとは言え、仮にも女の顔に傷をつけたことと、そのままにしてると笹さんから何、言われるかどうか……」

「? この場合、九十九は関係なくない?」


 それよりも、「仮にも」って言葉の方も気になったけど……。


「お前にとっては無関係でも、俺にとっては関係、大ありなんだよ」

「そうなの?」


 なんでだろう?


「笹さんは()()()()()な」

「こ?」


 来島が変なことを言う。


 確かに九十九は、一番近くにいる異性ではあるけど、向こうはわたしのことを何とも思っていないのに、そんな対象になるのだろうか?


 恋敵?

 ないない。


 わたしに対して、九十九が恋とか愛とかの感情を抱いていたら、話はもっと単純で分かりやすかったことだろう。


 そして、わたしが九十九に対してそんな感情を抱いていたら、多分、ここでこうして来島と会話なんかしていなかったとも思う。


 そんな風に考えているわたしをどう思ったのか……。


「さて、そろそろ寝るか~」


 来島はそんなことを言いだした。


「ふえ?」

「いや、流石に一晩、起きてるわけにはいかないだろ?」

「それはそうなのだけど……」


 妙に目はさえている。


 でも、来島は眠いのかな?


「ほれ、来い」


 だけど、彼から手を差し出された。


「はいぃっ!?」


 来島からいきなりの申し出に、わたしの声が裏返る。


「今更、何もしねえよ」


 どこか呆れたように来島は言うが、さっきの今で、そんな風に切り替えなどできるはずもない。


「い、いや、居候は素直に床でも……」

「アホか!! そんなことさせたら、笹さんに本気で殺されるわ!」

「そうかな?」


 わたし、九十九をベッドに使わせて、自分は床で寝たことあるけど……。


「良いから来い」

「ぎゃあっ!?」


 来島からひょいっと抱え上げられ、わたしは思わず色気のない奇声を上げてしまう。


 なんで、殿方はこんなにも簡単に持ち上げてくれるのか?

 わたし、そんなに軽くないよ?


「これ以上、ぐだぐだ言うな。ゆっくり休め」


 先ほどのように近くで聞こえる低い声。


 さっきまでの行為のアレやソレを思い出して、思わず、顔が熱を持つ。


「だ、だけど!」

「ちゃんと添い寝してやるから」

「休めるか!」


 とんでもないことを言われたが、流石のわたしも、そこまでふっとい神経は持ち合わせてない。


「素直に休まないというのなら、俺に抱き潰される方が良いか? 足腰立たなくなるまで可愛がってやっても良いんだぞ?」


 挑発的な笑みを浮かべながら、言われたその言葉の意味は説明されなくてもよく分かる。


 そして、彼ならできるかもしれないってことも。

 経験者、怖い。


「わ、分かったから降ろして!」


 わたしがそう言うと、来島は降ろしてくれた。

 ……ベッドの上に。


「ちょっと!!」

「良いから、大人しく寝てろ!」


 パリーンッ


 来島の声と共に、微かだったが、薄いガラスが割れたような音が目の前で聞こえた気がした。


「チッ、完全に不意を突いたのに、いとも簡単に弾きやがった、この女」


 来島が何故か舌打ちをする。


「……今のは?」


 目の前で何かが起きたことは分かった。


 でも、それが何かは分からない。


「『導眠魔法』だよ。眠りに導く魔法。眠りに(いざな)う『誘眠魔法』よりもっと強力なんだが……」


 そんな魔法があるのか。でも……。


「睡眠系の魔法って、わたし、『昏睡魔法』じゃないと効かないらしいよ」


 それも魔法国家の第三王女殿下からの魔法ぐらいじゃないと効果がないらしい。


 どちらかと言えば、薬を盛った方が、効果も高いのではないだろうか。


「ちょっと待て? 『昏睡魔法』なんて普通は使わないからな? 耐性ないと、最悪、死ぬぞ!?」


 意外にも来島は焦ったような反応を見せた。


 そうなのか……。

 確かに、雄也さんも昏睡魔法を使った水尾先輩を珍しく叱ったことがあったね。


「どんな環境にいたんだ? 栞は……」


 どんな環境って、魔法に関しては、何度か死にかけるほどエキサイティングでサバイバルな日々だった気がしなくもない。


 だけど、それを今、ここで言っても理解される気はしなかった。


「それよりもなんでそんな魔法を使ったの?」


 大事なのはこの点だろう。


 あの場面で退いてくれた来島が、今更、わたしに悪さするとも思えないが、それでも眠らされようとした理由は気になる。


「こんな手でも使わないと、お前がゆっくり眠らないだろ?」

「いや、来島が帰ってくる前に、結構、しっかり寝たからね」


 勝手にベッドを使わせてもらったことは口にしなかった。


「お前、あの状況でも寝たのかよ」

「数時間は戻らないと思っていたから……?」


 それに、あの時はこの場所が本当に安心できて、そして、眠くて……?


「気付いたら、寝ちゃってた」

「それだけ、信用されたなら光栄だとは思うけど、男としては、少々、複雑だな」

「信用?」

「寝るって無防備な状態を曝け出すことだろ? ある程度気を許さずに誰かの傍では寝れんと思うが?」

「そう、なのかな?」


 自分ではよく分からない。


「現に、今、栞は俺の傍じゃ寝れねえじゃねえか」

「おおぅ」


 言われてみれば、確かにそうだ。


「だけど、このまま帰すわけにはいかねえだろ? 流石に、時間的にも良くねえ」

「まあ、確かに……?」


 時間は既に深夜を過ぎ、未明と呼ばれる時間帯。


 確かに今、あの宿に戻るのは宿泊先にも迷惑だよね。


「じゃあ、休ませてもらう」

「お?」

「なんか、ホッとしたら眠くなってきたっぽい……?」


 先ほどからぐらぐらと頭が揺れ始めた気がする。


 来島に対して、警戒心が薄れてしまったのだろう。


「おい?」


 どこか呆れたような声が聞こえるが、この状態になればわたしの耳に届くはずもないことは、これまでの経験からよく分かっている。


 そして、わたしはそのまま、意識が吹っ飛んだのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ