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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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天然か? 無自覚か?

「いや、だから……、なんでここにいるんだよ?」


 呆れたように目の前の青年は口にする。


「俺は、言ったよな? 次は遠慮しないって」


 そして、そう言いながらも大きく溜息を吐いた。


「この場合、来島が勝手に来たのだと思うのだけど……」


 だが、わたしにもそれなりに言い分はあった。


 まず、わたしに彼が生活している場所を覚えているはずがなかった。


 何故なら、この辺りの建物は大部分が同じような形をしているのだ。

 それなのに、区別がつくわけがないだろう。


 しかも、前回来た時は、夜だったのだ。

 昼と夜とでは建物だけではなく、周囲も含めて見た目が全く違うのも当然だと言える。


「いや、俺はお前に誘い出されたとしか思えんのだが」

「考えすぎだよ」


 単純に、わたしはあの部屋にはいたくなくて、外に出ただけなのだ。


 そして、そのまま、何も考えずにあちこち散歩がてら歩いていたら、今回も来島が現れただけの話。


 あの部屋にいると、どうしても、思考がマイナス方面にループしてしまうのだ。


 それに、また訪問者が来るのも勘弁して欲しい。


 黒髪の女性にしても、黒髪の青年にしても、あの人たちは、わたしの心臓をどうしたいのかよく分からない。


 わたしは、何も考えずにゆっくり休みたいのに……。


「一人でフラフラしていれば、そう思うしかねえだろ」


 来島が前髪を掻き上げてそう言う。


 赤い髪がさらさらと流れた。


「一人じゃないよ」

「は?」


 来島が目を見張る。


()()()()()()()()()()()()ね」


 わたしは彼に向かって、胸を張ってそう言った。


 本当にわたしの護衛は嫌になるぐらい真面目で優秀な男だ。


 あんなに酷いことを言ったわたしに対して、今も、何も言わずに付いてきてくれている気配がする。


 そして、わたしからも勿論、声などかけるはずもない。


 それに甘えている自覚はないわけではないのだけど、今更、なんと声を掛ければ良いのか分からないままだった。


 それでも、胸元にはちゃんと通信珠を忍ばせてはいるのだけど、これを使うような事態には恐らくならないだろう。


「悪女か、お前は……」

「あく……?」


 なんだか、意外な言葉を言われた気がする。


「これがどちらに対しての試し行為か分からんが……」

「試し行為?」


 何のことだろう?


 試す?

 どちら?


「天然、いや、単純に無自覚か。もっと性質(タチ)が悪いな」

「ごめん。来島の言っている意味が本当によく分からないよ」

「……だろうな」


 来島は大きく溜息を吐いた。


「ここから俺の部屋は分かるか?」

「分からない」


 一度行ったぐらいで覚えられたら、方向音痴なんてやっていないのだ。


「お前、方向音痴にも程があるだろう。呪いのレベルか?」

「この世界に来てから酷くなった気がするよ」


 そんなことを言われても、魔界の建物が似すぎているのがいけない。


 人間界では、一度迷えば、次は、同じ間違えはしなかった。

 一度迷う必要があるのが、哀しい部分ではあるが。


「この世界に来てから? それは、魔力の封印を解放してから……か?」


 来島に確認されて思い出す。


 だけど、セントポーリアの城下で迷ったことを始めとして、それ以外の場所でも、魔力の封印とわたしの方向音痴はあまり関係ない気がした。


「いや、やっぱり魔界に来てからだと思う。なんかの声に呼ばれるようなことも増えた気がするし……」


 その声が、男性なのか、女性なのかはっきり分からないのだけど……。


 それでも、なんとなく、誰かに呼ばれている気がして、ふらりとそこに向かいたくなるのだ。


「そうか」


 わたしの言葉に来島は短く返した。


「じゃあ、ついて来い」


 そう言って、来島はわたしの手を取って強く引く。


「あ、あの!?」


 その行動に驚いて、思わず声が大きくなってしまった。


「俺は今から仕事だから、今はお前の相手をできん」


 わたしの顔も見ないまま、来島はそう言った。


 来島は確かに最初に会った時の服と同じものを身に着けている。

 これは制服……、みたいなものだろうか?


「友人より、お仕事優先なのは当然のことだね」


 寧ろ、そんな時に手間をかけさせて申し訳なく思う。


「アホか。心情的には、仕事なんかよりお前の方を優先させたいんだよ、俺は」


 ちょっと強い口調で言う来島。


「そんなことをしたらお仕事、クビになっちゃうよ?」


 だけど、彼のその言葉に少しだけ頬が緩んでしまった。


 だから、抵抗もせず、彼に手を引かれていく。


「どうせ、長くできる仕事じゃねえんだ。だが、今はちょっと面倒なものを抱えてんだよ」


 そう言いながら、部屋に通された。


 見覚えのある家具の配置から、前に来た来島の部屋に間違いないだろう。

 そこで、来島がいろいろ準備をしてから、わたしに向き直る。


「ここにある飯は好きに食え。そのまま食える保存食みたいなものだから、下手に手を加えるなよ」

「ほえ?」

「ついでに言っておくが、この部屋に鍵はかけん」

「それは、ちょっと不用心じゃない?」


 確かに警備員の住んでいるところに侵入するような人間はいないだろうけど。


「だから、出て行くなら好きにしろ。だが、俺が戻った時、お前が部屋にいたら、その時は……」


 そう言って、来島はそのまま、言葉を続けずに、ゆっくりと扉を閉めた。


 来島の部屋に一人残されたわたしは考える。


 彼が言った「悪女」という言葉については、本当によく分からない。

 でも、彼が言い留まった言葉の先は、流石に理解している。


 来島は、わたしのことを女性として好きで、その、そう言ったことをする気があると事前通告してくれていた。


 あの建物を出た時のわたしに、そのつもりはなかったけど、もしかしたら無意識に近くへ向かっていた……ってことだろうか?


 彼が戻って来るまでにどれくらいの時間かかるのだろうか?


 人間界なら、8時間ぐらいだろうけど、魔界の労働時間はよく分からない。

 九十九と雄也さんなんて、ある意味、24時間体制だし。


 何気に、わたしの護衛って、雇用状況酷すぎるのではないだろうか?

 たった2人しかいないのに。


 だが、今は、それ以上に気になる存在があった。


 さりげなく食事と共にテーブルに置かれた大量の漫画。

 以前、この部屋で読んだ本から、初めて目にする物まである。


 これは罠?

 それとも厚意?


 多分、罠だと思う。

 この絶妙なチョイスに思わず唸ってしまう。


 明らかにわたしの好みを知っていると言わんばかりのものばかりだった。

 そんなに分かりやすかったかな?


 しかし、なんでこの世界にも持ち込んでいるのだろう?

 わたしに会えるとは思っていなかっただろうに。


 いや、本当に彼の趣味と合致しているだけかもしれないけど。


 いや、そんなことはどうでも良いのだ。


 大事なのは、この場にわたしが人間界で一番、ハマっていたゲームのコミックアンソロジーがあることだった!


 聞いたことない出版社だけど、こんな本が出ていたのか~。


 くうっ!

 悔しい!


 思わず手に取って読んでしまう。


 そして、キャラの性格が、作家さんによって違うところがかなり楽しい。

 今まで知らなかったことが酷く悔やまれる。


 いや、ここまでくれば、絶対にこの部屋からわたしを逃がさないための罠でしょう?


 彼はあまりこんな本を好むとは思えない。


 好きなゲームの傾向も、落ちものパズルゲームよりも、格闘ゲーム派だったはず。

 わたしも格闘ゲームは嫌いじゃないけれど、あまりうまくはなかった。


 でも、これって、自惚れ?

 考えすぎ?

 自意識過剰?


 本を手に取って読めば、漫画に限らずその世界に入り込んでしまうのは、昔からの癖のようなものなのに、今日に限って、どうも落ち着かず、集中できなかった。


 なんとなく、本を閉じてベッドに座ると、少しだけわたしの重みで沈んだ。

 そのまま、何気なく横に身体を倒すと、どこかで覚えのある匂いがした。


 九十九とも、雄也さんとも、それ以外の男性とも違う匂い。


「来島の……、匂い?」


 言葉にしてみれば、なんとなく変態ちっくな印象ではあったが、それ以外に表現が見つからない。


 彼からは何度も抱き締められた。

 そして好きだとも言われている。


 さらに、この部屋でキスまでされてしまった。


 合意とは少し違ったけど、そのどれも嫌だったわけではなく、だけど、良かったかと聞かれても頷けない。


 来島のことが好きか? と問われたら、嫌いじゃないと答えるだろう。


 そう、嫌いじゃないのだ。

 だけど、好きと言いきれない何かがある。


 そして、それは、黒髪の青年に対しても似たようなもので……。


 そんなことを考えているうちに、わたしはすっかり意識を飛ばしてしまったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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