もっと伝えておけば
意識のない高田栞の身体を操っている分身体の言葉は、オレに素っ頓狂な声を上げさせるには十分な効果があった。
『あの娘、「高田栞」になりたかったみたいだからね』
そんな台詞を言われては……。
「あぁあ?」
声の調子も狂うというものだろう。
「いや、それ、どういう意味だ? なんで、深織がそんなことを望んだんだ?」
オレは問い返すが、分身体は不思議な顔をした。
『人間の思考なんて、身体の記憶に理解できると思う?』
高田によく似た分身体は、人間の感情を理解できないと言う。
思考の予測をしても、それがあっているかは分からない……と。
「じゃあ、どうして、そう思った?」
だが、相手の感情を理解できない存在だからこそ、先ほどの発言には明確な根拠となるものがあると思う。
『行動』
「漠然としすぎだ。もっと具体的な根拠があるだろう?」
オレがそう確認すると、分身体は首を捻って……。
『「高田栞になりたい」以外で、あんなに執着するのは……、行き過ぎた愛情としか思えないなあ』
「執着?」
『ソフトボールでは、一挙手一投足をつぶさに観察された。まあ、日頃はともかく、ソフトボール中の栞をそういった目で見る人間ってあの頃は少なくなかったけどね』
「ソフトボールって女子だけだったよな?」
深織のことよりも、思わず阿呆な確認をしたくなった。
『観戦者の中には、男性も男子もいましたよ』
意地悪そうに笑う分身体。
もしかしなくても、コイツは気付いているのかもしれない。
『ワタシは身体の動きまで客観的に見ることができないから、ミオルカ王女殿下の方が理想だったけどね』
分身体自身は、高田の姿について、客観的に見れないらしい。
本当に身体の記憶というものならそれは当然のことなのだろう。
「ソフトボールはそういった視点で見るものなのか?」
『ツクモが言うそういった視点というのがどういう状況を指すのか分からないけれど、目を奪う動きをする選手って、異性、同性関係なく目を奪われるものじゃない?』
なるほど……。
理想的な動きをする選手、人間と言うのは確かに自分の意思と無関係な場所で目を引かれることがある。
オレが大神官や、セントポーリア国王陛下の動きを見てしまうようなものだろう。
「高田は気付いていなかったのか?」
分身体の話では、その観察者は深織だけの話ではないようだが?
『気付くわけないよ、ツクモ。栞だよ? 鈍さが限界突破しているような娘だよ? ソフトボールに集中しすぎて、試合会場の外の視線までは見てなかったよ』
妙に説得力がある。
しかし、当事者に限りなく近い存在が「限界突破」まで言いたくなるのは相当なことではないのか?
「逆に、なんで分身体は、知っているんだ?」
視点、視界が同じなら、高田も気付くはずではないだろうか?
『身体を動かすのは栞だからね。ワタシは、試合中でも周囲を見る余裕もあるんだよ。だから、少しでも栞の視界に入った人は見ている。栞は、視界に入ってもその時、興味がなければ、ピントを合わせていないみたいだし』
同じ視界でもピントが違うということか。
いや、これは単純に意識の問題なのかもしれないが。
『栞は自分に向けられた敵意や害意に酷く敏感だけど、その逆で、他人からの好意や関心に呆れるぐらい鈍感だからね。この娘に惚れたらかなり苦労すると思うよ』
オレの方をチラリと見ながら、分身体は笑った。
やっぱり気付いてやがる。
「なんで、高田がそんな極端な人間になったのかは分かるか?」
『ワタシは栞じゃないからはっきりと言いきれないけれど、幼少期の記憶がどこかに残っているんじゃないかな?』
「幼少期の記憶?」
それは、ちょっと意外な言葉だった。
『昔のシオリは、周囲から敵意や害意を向けられてきたからね。彼女に愛情をくれるのは、一部の限られた人間だけだった。だから、その人たちのことは信じている。まあ、酷いことをした男については、今後、除かれるかもだけど』
「…………」
それが誰のことを言っているのかを理解したために、オレは閉口するしかない。
だが、確かに高田は敵意や害意に対して過剰なまでに敏感な部分がある。
まだ魔力を封印中に、向けられた害意を無視できずに魔気をぶっ放したりしたことも何度かあった。
封印を解放した後は、敵意を感じても、できるだけ押さえ込むように努力をしていることを知っている。
その結果、我慢しすぎる場面が増えてしまったことも……。
『ワタシもツクモに聞きたいことがあるのだけど良い?』
「なんだよ?」
『なんでそんなに喋るようになったの?』
「は?」
『5歳以前のツクモは、どちらかと言えば、口数の少ない無口キャラだったと記憶しております』
「無口キャラって……」
なんだ?
そのキャラ設定みたいなものは。
『でも、人間界で会った九十九は、既に、今に近いよね? 今ほど話はしなくても、たどたどしくて様子を窺うような喋りではなくなった』
「そうか?」
『そうだよ。あの愛らしいツクモはどこに行っちゃったの?』
その言い方では、まるで今のオレが愛らしくないみたいじゃないか。
いや、この年齢で「愛らしい男」と言われるのは、馬鹿にされているとしか思えんが。
「18歳にもなって、自信なさげに途切れ途切れに話すような男が良いと思うか?」
『いや、再会した6歳ぐらいの時から、男女関係なく話せるようになっていたからだよ。栞はそれを知らないから気にしなかったかもしれないけど、知っているワタシとしては、『いわかんがしゅうだんであらわれた! 』コマンド? みたいな心境だったよ』
「古い! そして、その時代には『しゅうだん』って要素はない!」
それは、有名すぎる家庭用ゲーム機初期RPGの話だ。
『ツクモって何気にゲームネタ通じちゃうよね』
「オレだって、多少、ゲームはやってんだよ」
人間界にいた少年がハマらないはずがない。
特に有名RPGは機種が変わっても、受験中でもやっていたぐらいだ。
魔界にはないような冒険と、魔法に対する考え方が違う部分も面白い。
魔界に来る前に、新たな機種が発表されていたが、それを見ることができなくて残念だった。
「オレが昔より話すようになったのは、シオリに置いて行かれたから、だと思っている」
『おや、シオリが原因?』
分身体は小首を傾げる。
「原因じゃなくて、きっかけだ」
『ほほう。そこまで言ったなら聞かせてもらえるのかな?』
「また、いつ、離れるか分からないだろう? その時、『もっと伝えておけば良かった』と後悔したくねえんだよ」
別に隠していることではない。
足止めをされ、転移門に向かうシオリとチトセ様の背中を見送ることしかできず、一言も発することができなかった時、そう思った。
魔界から離れて、その直後、ミヤドリードが死んでしまったことを聞いた時、心底、そう思った。
だから、シオリから栞に変わった高田に会った時、もう二度と後悔したくないと思った。
だが、オレの言葉をどう受け止めたのか。
分身体がその大きな瞳をさらに大きくして見せた。
『離れる気……、あったんだ』
「オレをどういう目で見ているか分かる言葉だな」
その発言は確かに分身体から出たものだが、もしかしたら、高田自身もそう思っているかもしれない。
「確かに、オレ自身は離れる気はねえけど……」
自分でも行き過ぎた執着だと思う。
幼い頃からの刷り込みがあることも否定する気はない。
だけど、知れば知るほど、オレの心に無理矢理、割り込んでくる女だから仕方ない。
「いつかは離される時が来るんだよ」
それはオレの意思とは無関係な場所で起こること。
そう遠くない未来に必ず訪れる「いつか」から逃げることなどできるはずがないのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




