タイミングが良すぎる
なかなかとんでもない提案をされたものだと思った。
「あの元彼女さんの企みを暴きたくはない?」
真央さんからそんなことを言われ、少しも迷いがなかったと言えば嘘になる。
だけど、オレは……。
「いいえ」
その申し出を断った。
「うん、キミはそう言うと思ったよ」
だけど、それすらも予測されていたようで、真央さんは断られたと言うのに、笑顔のままだった。
「だけど、あの『ゆめ』について、私が勝手に調べる分には許してもらえる?」
「それはオレが許可するものではないので……」
その辺りについては、勝手にしてくれと思う。
わざわざ、オレの意思確認するところではない。
「それでも、仮にも過去に付き合ったことがある人間に対して疑惑を向けられるのって嫌でしょう?」
「いいえ」
確かに付き合ったことはあるが、今となってはそこまでの興味、関心はない。
深織について、オレ自身も気にかかる部分は確かにあるが、これ以上、彼女に関わりたいとは思わなかった。
「あら、意外とクール」
「いや、この場合、クールと言うより、無関心なだけだろ」
「そうだね。九十九くんは基本的に高田以外に関心がない。盲目的と言えるほどの献身は主人としては理想形ではあるのだけど、そのままでは良くないよね」
真央さんが頬に手を当てて溜息を吐いた。
理想形だけど良くない?
その理由がよく分からない。
理想なら、それで良いと思うのだが、どうもそんな簡単な話ではないようだ。
「じゃあ、本題に入ろうか」
どうやら、これまでの会話は前座だったらしい。
来島と深織の話が本題かと思っていたのだが、違うのか?
「さっきの話が本題じゃないのか? って顔だね」
真央さんがにこやかに言う。
顔に出したつもりはなかったのだが……。
「違ったのか?」
「違うね」
水尾さんがその言葉に反応して確認すると、真央さんは笑った。
「先ほどまでの話は単純に私が気になって確認したかっただけ。ここからは、私が気になっているから忠告したいだけ」
真央さんは水尾さんにそう説明する。
「忠告……ですか?」
その言葉に警戒する。
「うん。キミからすれば、余計なお世話な話。でも、高田に恩がある先輩としてはあまり看過できないからね」
真央さんが笑顔でそう語るけど、その本心は読めない。
「このままではいけないってことは、九十九くん自身が一番、理解していると思った上で聞くけど、高田から少しだけ距離をとる気はない?」
「ありません」
何を言い出すかと思えば、そんなことか。
過干渉とか、過保護とか、これまで散々言われてきたことだ。
「ああ、別に護衛職から離れろってわけじゃないよ。ただ、女性側からの意見として、自分を獲物として見るような男が近くにいると気が休まらないってだけ」
真央さんは笑顔のまま、前置きもなく、正論でぶん殴りにきた。
「だって、またいつ襲われるか分からないじゃない?」
「真央、それは……」
水尾さんが痛ましいモノを見るような目で真央さんに声をかける。
「ああ、援護できないなら、ミオは少しの間、黙っていてくれるかな」
だが、それすら真央さんは拒絶した。
「高田はキミに甘いから許すでしょうね。曖昧なまま、有耶無耶にすると思うよ。その方が、キミが傷つかないから」
真央さんはオレに鋭い目を向けながら、さらに続けていく。
「だけど、高田自身の傷は消えないまま。異性に組み伏せられた恐怖とか、押さえつけられた痛みとか、された行為による羞恥とか、無理矢理晒された身体とか、強引に刻まれた刻印とか。でも、それら全てを彼女は飲み込んで耐えるでしょうね。弱くて強い彼女だから」
まるで見てきたかのような、その言葉に、震えがきた。
思わず耳を塞ぎたくなったが、そこをぐっと我慢する。
恐らくは、オレも高田がそれを選ぶことを分かっているから。
自分が傷ついても、「高田栞」は、「護衛」の心を気にかけてしまう。
自分の傷を隠したまま、あの女は声を殺して泣くのだ。
「その様子だと気付いているみたいだね。でも、言い返さないの? キミにもちゃんと言い分があるでしょう? あれは、『発情期』のせいだって」
「そんなのただの言い訳でしょう? どんな大義があっても、オレがやらかしたことには変わりないですから」
思わず、拳に力が入る。
それを免罪符にしたくはなかった。
あの時、いや、そのずっと昔から今に至るまでに心の中に生まれ、育て続けている純粋な思慕と共に、自分の奥底に生じた浅ましくも黒い欲望。
そのどちらを失くしても今のオレはないのだから。
「その辺は、ヤツと違って好ましい姿勢だよね」
真央さんがふっと力を抜いたような笑顔を見せる。
先ほどまでの笑顔とはどこか違う柔らかい顔。
「ヤツ?」
「アリッサムに、キミによく似た周囲の見えてない男がいたんだよ。盲目的に献身で超が付くほど馬鹿だから、同じような道を歩んでほしくなくて」
なかなか酷い言われ方だ。
「理想の女を追い求めるあまり、周囲が見えなくなって、親兄弟や、王族に逆らうことも厭わず、そこにいるミオを、何度も吹っ飛ばしているぐらいの阿呆だよ」
「水尾さんが!?」
そのことに驚きを隠せない。
どこをどうしたら、魔法国家の王族を吹っ飛ばすほどの魔法を使うことができるようになるんだ?
しかも、そんなヤツにオレが似てる?
少なくとも、真央さんはそう言っていた。
そのことに気付いて、流石にゾッとする。
「いろいろされたね。吹っ飛ばされるだけでなく、髪を焦がされるし、肋骨も数本やられたし」
「誰かさんに血みどろにされた時よりはずっとマシだ」
「おや? でも、あれは仕方なくないかな? 不可抗力ってやつだよ」
まだまだ続きそうな真央さんの言葉に水尾さんが口を挟んだ。
その瞳の鋭さに、水尾さんを血みどろにした相手が誰であるかを察する。
そして、彼女たちの言葉に一切の嘘を感じないところが恐ろしい。
「でも、高田が男性恐怖症や男性嫌悪性になっていないことが救いだったね」
「なんで分かるんだよ?」
「男性恐怖症だったら、素直に別の男の腕には収まらないでしょう? 既知に会えたのは幸いだったよ」
「ああ、例の巡回警備の男か」
真央さんと水尾さんの会話に胸がざわつく。
オレは、拒絶されたのに、高田はあの男を受け入れないまでも、振り払わなかった。
「それなんだけど、ちょっとタイミング、良すぎるんだよな」
「タイミングが良すぎる?」
水尾さんの言葉に、真央さんが反応する。
「九十九の元彼女にしても、その、高田の知人にしても。確かに、それなりの魔力があれば惹かれ合うことは分かるんだけど、王族にも貴族にも見えないヤツらが偶然、こんなに再会するもんかなと」
それは、オレの中にも会った疑問だった。
「人間界で会った以上、一定の身分、地位にある人だとは思うよ」
真央さんはそう口にする。
「あの赤い髪の青年については、まあ、会話した限り、複雑な事情があることは分かってるから、私は気にしていない。だけど、『ゆめ』の方は、ちょっとね」
オレの様子を窺いながら、真央さんは言葉を続けていく。
「私はどっちもなんか引っかかるんだよな。実は後ろで結託している、とかな」
水尾さんの台詞に、オレも少し考える。
後ろで、結託?
それは、可能性としては絶対に無いと言いきれない。
あの2人はオレと同じ中学出身だ。
オレがソフトボールでの繋がりを知らなかったように、どこかであの2人が繋がっていたら?
「仮に結託していたとしても、この場合、あまり関係ないよね? 九十九くんが高田に悪さしたことが問題であって、その話に例の2人は全く関わっていないわけだし」
オレの思考を容赦なく吹っ飛ばす正論。
「寧ろ、『ゆめ』はそれ以上の危険性を排除してくれたわけだし、巡回警備の青年については、九十九くんによって傷つけられた高田を癒してくれているわけだから、どちらにも感謝すべき相手じゃない?」
「「ぐっ!! 」」
オレと水尾さんが同時に胸を押さえた。真央さんの正論はかなり辛い。
でも、水尾さんまで、刺さる言葉だったか?
「全部を纏めて考えようとするからおかしなことになるんだよ」
真央さんは苦笑する。
「私が、九十九くんに『距離を少しとったら? 』と言うのは、高田が落ち着くまでの話。私やミオがあれこれ言ったところで、判断を下すのも断罪するのも高田自身だからね」
そう言いながら、後ろで目を閉じている高田に目をやる。
確かにここで弁解をして、真央さんと水尾さんに許されたところで、高田に許されなければ何の意味もない。
「それから、私は九十九くんに対して、許しがたいと思うのは、女性としての感情と信じていた相手に裏切られる辛さに対する、同情のようなもの」
さらに真央さんは水尾さんを見る。
「あの『ゆめ』について調べたいのは、もっと別種の感情。お分かりかい?」
「別種の感情?」
真央さんの言葉に水尾さんが反応した。
「うん。まあ、ミオも本能的に気付いているみたいだけど、あの『ゆめ』の魔力、ちょっと変だよね?」
「あ? ああ、確かに……」
水尾さんも心当たりがあるようで、何かを思い出しながらそう言う。
「じゃあ、消失したと言え、魔法国家の王女としては、気になる存在でもおかしくないよね?」
「あ、ああ。そうだな」
真央さんの問いかけに何故か、力強く答える水尾さん。
「元彼氏の許可も下りたから、後は、若い二人に任せようか」
真央さんが妙なことを口にして立ち上がった。
「ああ、そうだな」
そう言って水尾さんも席を立つ。
「じゃあね、高田」
「じゃあな、高田」
オレの背後に向かって、そんな言葉を残しながら、2人は部屋から出て行ったのだった。
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