丁寧な報告
「私はもう一つ、理由があると思っているのだけど……」
そんな真央さんの言葉に……。
「「え? 」」
オレと水尾さんの声が重なった。
この「ゆめの郷」に滞在する理由。
高田は、「一刻も早くこんな場所からは立ち去りたい」みたいなことを言っていたから変だとは思っていた。
「もう一つ?」
オレが真央さんに確認すると、彼女はにっこり笑って……。
「九十九くんの元彼女」
そんな奇怪なことを口にする。
「いや、それ、関係なくねえ?」
その言葉に、オレより先に水尾さんが反応した。
「仮に九十九があの『ゆめ』に心を移したとしても、そんなことを考慮する人か?」
「移してませんよ」
そこは否定しておきたかった。
寧ろ、移していれば、もっと話は単純になったとも思うのだけど、オレには無理だったんだ。
「分かっている。だから、『仮に』と言ったんだ」
分かっているなら言わないで欲しい。
例え、「仮」が付いても、あまり良い気分にはなれないのだ。
「ここで大事なのが、九十九くんとの関係性より、高田との関係性なんだよ」
「「は? 」」
またも不思議なことを言う真央さんに、オレは再び、水尾さんと同じ反応をする。
「いや、なんで、あの『ゆめ』と高田が関係するんだ?」
だけど、先ほどの来島の話から、あることにオレは気付いた。
真央さんは、水尾さんのソフトボールの試合、つまり、高田の試合を何度か観に行っていたらしい。
そして、深織も高田について、ソフトボールを通じて知っていたという。
そこから考えられるのは……?
「なるほど。九十九くんの反応を見た限り、私の記憶違いとか他人の空似でもないってことか」
にやりと真央さんは笑った。
「は?」
水尾さんはまたも短く聞き返す。
この様子だと、水尾さんは気付いていないのだろう。
「真央さんも、見たことがあるんですね」
オレはそう口にしていた。
同じ場所にいたのなら、見ていてもおかしくはない。
「うん。そりゃ、ミオと同じ守備位置の選手だったからね」
「は!?」
水尾さんが驚きの声を上げる。
不思議なのは、高田も水尾さんも同じ試合会場内にいて、それも同じ守備位置だったというのに、深織のことを覚えていないという点だろう。
「あの女、まさかソフトボール経験者?」
「うん。中央中学の二塁手。中央は、南中より選手が少なかったからね。高田と同じく、一年生からレギュラーだった子だよ。髪の毛の長さと雰囲気が違ったからすぐには気付かなかったけどね」
真央さんの言葉に水尾さんが顔を上げる。
「あのちっこいヤツか! だけど、そいつ、かなり髪、短かったよな?」
「うん。私が知っている限り、ミオより短かったよ」
なるほど、髪型が違ったのか。
だけど、オレはその時代を知らない。
「そうなんですか? いや、オレが知る頃には、肩まで長さがあったので……」
2人が何故か、鋭い目をオレに向けた。
同じ学校でも、同じクラスではなければ、そんなもんだろう?
「雰囲気も随分、変わっていたとは思わない?」
真央さんが微笑みながら確認する。
「そうですか?」
オレと付き合う頃には、あんな雰囲気だったと記憶している。
「確かに、あそこまで高田に似ていたら、私が覚えていないのも変なんだよな」
だけど、水尾さんが首を捻った。
まるで、ソフトボールの試合中は、人格が変貌していたとでも言うように。
「九十九くん。キミが彼女と付き合っていた期間を聞いても良い?」
真央さんが不意に別の質問をしてきた。
「別に大丈夫ですよ」
三年以上前の記憶を掘り起こす。
あれは、確か、冬休みに入る前だった。
「確か、三年の12月ぐらいに告られて、3月には別れました」
「12月? 余裕だな、受験生」
オレもそう思った。
だが、もともと短期の付き合いのつもりだった。
恐らく、深織もそうだったのだろう。
互いに魔界人と知らなかったのだから。
「ミオ、茶々を入れないの」
それでも真央さんはオレに気を使ったのかそう言った。
「受験生だから、独り身が辛かったかもしれないでしょう?」
その発想はどうかと思う。
「まあ、人間界ならクリスマスとかは辛いよな」
水尾さんがさらにそんな余計な言葉を付け加える。
「もっと貴女を集中させるようなことを言ってあげましょうか?」
真央さんが溜息を吐き、大きく肩を落としながら……。
「その九十九くんの元彼女さん。この部屋に来た気配があるよ」
そんなとんでもないことを口にした。
「「は!? 」」
何度目か数えるのも嫌だが、またも水尾さんとオレの声が重なる。
真央さんは悪戯が成功した子供のような顔を見せて笑いながら付け加える。
「それも、この残留魔気から数時間と経ってないんじゃないかな?」
そんなとんでもない発言に、オレと水尾さんがそれぞれ、集中する。
確かに、高田の魔気が溢れたこの部屋の中に、少しだけ別の気配があった。
そして、この気配にはオレも覚えがある。
「なんで……?」
それに気付いたオレは思わずそう口にしていた。
そんなはずはない。
この場所でのオレと深織は、単純に「ゆめ」とその客の関係でしかないのだ。
確かに人間界では一時的に彼氏、彼女の関係ではあったけど、それでも、今も、それ以外の感情なんて互いに?
「未練タラタラか?」
水尾さんが呆れたように言う。
「九十九の関心を買おうと主人、いや、想い人と推測される人間に牽制した?」
それは「ゆめ」として、越権行為に当たるのではないだろうか?
そして、高田は、ここに来た深織に何を言われた?
「そんな単純な話なら良いのだけどね」
「なんだと?」
「普通に考えれば、『ゆめ』が過去の男に拘ること自体、おかしな話ではあるのだけど、高田は九十九くんの主人でもあるからね」
「どういうことですか!?」
思わず大きな声になっていた。
「彼女がここに来る理由としては、それが有力かな」
真央さんは、何かを思い出すように、驚くべきことを口にする。
「トルクの話だとね。『ゆめ』には、『発情期』の心配がある初心者くんが、ちゃんと経験したかを雇い主に報告することがあるらしいんだよ。していないのにしたと偽れば、それがとんでもないことに繋がることは分かるでしょう?」
「ちょっ!?」
なんだそれ……。
そんなことは聞いてねえ!!
いや、理屈としては分かる。
確認は大事だ。
だが、はっきり言えば、余計なお世話だ!!
「ああ、つまり、わざわざご丁寧にも九十九の報告に……?」
「でも、それは雇い主側が望んだ時のはずだから、違うかもしれないけど」
高田が望むとは思えない。
だが、もしも……?
「深織が、オレの主人を確認したのはそう言うことだった……のか?」
そう言った契約、もしくは決まりだったために、わざわざ高田がオレの主人だと確認したとしたら?
「ほ、報告は、どの程度するものなのでしょうか?」
「私は良く分からないけど、多分、『ゆめ』による……、としか。トルクなら、分かるかも?」
それはそうだろう。
ここを利用したことがある人間ならともかく、従者を従えているわけでもない真央さんがそこまで詳しく知っているとは思えない。
だが、内容によっては……。
「高田に拒否権はなかったのか?」
「あると思うよ。流石に自分の従者や臣下の生々しい報告まで聞かされたくもない人だっているでしょう」
だが、もし、拒否することもなく聞かされていたら?
高田は魔界のことを未だによく知らないところがある。
だから、そう言ったものだと思い込めば、素直に聞いてしまうだろう。
それが護衛の生々しい経験談だったとしても!
「最悪だな」
「そう、ですね」
水尾さんの言葉にオレは項垂れるしかない。
この上なく信用は失ったことだろう。
こうなれば、もう簡単に信頼を取り戻せるとは思えなかった。
「だけど、それが、どうして滞在延長に繋がるんだ?」
「いや、この報告自体は繋がらないと思うよ」
水尾さんの言葉を、真央さんは自然と否定した。
「その元彼女さん。いろいろ変だと思ってさ。今後、面倒なことにならないように先輩は、それを調べたいんじゃないかな、と」
「いやにはっきりと断言するな」
「うん、私ならそうすると思うからね」
そう言って、真央さんはオレを向いて……。
「だから、九十九くん。あの元彼女さんの企みを暴きたくはない?」
さらに笑顔でそんな提案をしたのだった。
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