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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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抑えて隠して

「ああ、久しぶりに語った」


 マオが珍しく心から楽しそうにそう言った。


 それに付き合わされた九十九は、妙にぐったりしている。


 まるで、数年前の、中学校で部活に入った直後にマオの楽器談義に付き合わされた自分と重なって、思わず同情してしまった。


 でも、吹奏楽で使う楽器と聞いて、打楽器しか出てこないのはちょっと問題だろう。


 いや、()()()()とも思ったけど。


「九十九の中学に、吹奏楽部がなかったのか?」

「いや、ありましたけど、ラッパと笛の細かい種類までは分かりません」

「ラッパ……、笛……」


 どれだけ興味がなかったのだろうか?


 私でも、もう少しマシだ。


 少なくとも「トランペット(ペット)」を「ラッパ」とは言わない。

 フルートを横笛とも言わないし、バスドラムを大太鼓とも言わない程度の知識はある。


 いや、バスドラムを大太鼓って言う人は割といる気がするけど。


 この世界に楽器がないわけではないけれど、人間界ほど多彩ではない。

 だから、マオは興味を持ったのだろう。


 何よりも魔法とは関係のない世界で、自分が生み出すことができる音の世界は楽しかったとも言っていた。


 その辺り、私がソフトボールを気に入ったのと似たようなものだと思う。


「マオ、楽器語りをしたかったのか?」

「いや、好きな楽器を尋ねられたので、つい……」


 マオは照れくさそうに笑うが、「つい」で、一時間()ほど興味のない話に付き合わされた九十九は災難だろう。


 それでも、マオの言葉を遮ろうとしないのは、流石に先輩の弟だとも思う。


 何度も助けを求めるような視線を向けられた気がしなくもないが、そこは、「はっきり断らないお前が悪い」としか言いようがない。


 こちらにまで飛び火するのは私だって避けたいのだ。


「まあ、あの真っ赤な髪した高田の友人が、人間界にいた頃から高田を見ていたらしいってことは伝わったと思うのだけど」

「いや、主題がぶれすぎて、その話自体を忘れていた」


 寧ろ、マオはよく覚えていたなってぐらいの話だ。


「で? その巡回警備の野郎が高田と仲良くしていたからってどうなんだよ? この場限りの縁だろ?」


 私たちがここに来たのは、九十九のためで、高田のためではない。


 だから、用が終わった今、残っている理由などどこにもないのだが、何故か、まだ移動の話はない。


「先輩の話では、もう少し、なんか、ここに用があるらしいけど、それが、あの赤い髪の青年にあるのかなと思って」

「はあ!?」


 マオの言葉は私が知らない話だった。


 いや、先輩がまだ移動の話をしないなと思っていたのだけど、ここに用がある?


「真面目な話、九十九くんの懐は大丈夫?」


 どこまで本当か分からないけれど、先輩の話では、私たちのこの場所の滞在費は、九十九持ちらしい。


 ここ「ゆめの郷(トラオメルベ)」の滞在費自体はそこまで高くはないが、この宿泊施設が高いということは私でも分かる。


 部屋のサービスが、その、これまでにないほど充実しているのだ。

 しかも、その気になれば、臨時の使用人も付けられると聞いている。


「大丈夫ですよ」


 だが、マオや私の心配をよそに、お財布様(しはらいやく)は、けろりと口にする。


「用と言うよりは、単純に、不安定な高田が落ち着くまでだと思っています」


 確かに彼の主人である高田が、ここの所、ずっと不安定な状態にあることは誰の目に見ても分かる。


 それは、精神的なものばかりではなく、魔力が落ち着いていないと言うことも。


「それなら、わざわざこの場所に留まらなくても良いとは思わない? 寧ろ、こんな人の多い所よりは、人が少ない場所の方が魔力も安定すると思うのだけど……」

「人の多い所の方が、高田を隠すのに適しているからですよ」

「適している?」


 思わず、私が反応してしまった。


「この建物なら、ある程度、体内魔気の変動が外に伝わらないでしょう? 魔力制御の魔法具が有効なら、完全に隠せます。オレたちの結界では、今の高田を隠しきれないし、魔法国家の王女たちや、機械国家の王子にあまり目立つことはさせられませんから」


 確かに、どこで、誰が嗅ぎつけるかは分からない。


 特にカルセオラリアの王位継承権第一位に上がったトルクスタンは、スカルウォーク大陸で目立つ行動はとれないだろう。


 それでなくても、カルセオラリアは中心国としてかなり危うい位置にいるのだ。


 マオに結界は期待できない。

 私は、抑える結界はともかく、隠す結界にはあまりむいていない。


 そして、九十九や先輩では、風属性最上位が持つ不安定な魔力を隠しきれないのだろう。


「ああ、なるほどね」


 マオも同じ結論に至ったようだ。


「それならそうと言ってくれれば……」


 あの人は、本当に理由を言わない。

 腹立たしいほどに。


 少しぐらいは素直なトルクスタンを見習ってほしい。

 いや、アレはアレで、将来が不安でしかないのだけど。


「先輩が素直に言う人だと思う? あの人、身内にも隠し事するタイプでしょう?」


 マオに言葉に、私は思わず「お前もな」と言いたくなったが黙っている。


「分かってるけど……」


 何年も行動を供にしているというのに、全く信用されてないみたいで嫌なのだ。


 だから、少しぐらいムカつくぐらいは良いじゃないか。


「でも、私はもう一つ、理由があると思っているのだけど……」

「「え?」」


 九十九と私の声が重なる。


「もう一つ?」


 九十九はさらに首を傾げた。

 マオはにっこりと笑って答えを口にする。


「九十九くんの元彼女」

「いや、それ、関係なくねえ?」


 私は思わずそう言っていた。


 黒髪の……、どこか高田に似た雰囲気を持つ女。

 しかも、風属性という辺りが徹底している。


「仮に、九十九があの『ゆめ』に心を移したとしても、そんなことを考慮する人か?」

「移してませんよ」


 九十九は、即、否定する。


 どうやら、そこは彼にとって重要な部分らしい。


「分かっている。だから、『仮に』と言ったんだ」

「ここで大事なのが、九十九くんとの関係性より、高田との関係性なんだよ」

「「は?」」


 再度、私と九十九の声が重なる。


「いや、なんで、あの『ゆめ』と高田が関係するんだ?」


 しかも、九十九の元彼女ってことは、学校も違うはずだ。


 だが、九十九は何故か押し黙った。

 何か、知っている?


「なるほど……。九十九くんの反応を見た限り、私の記憶違いとか他人の空似でもないってことか」

「は?」


 真央の独り言に今度は私だけが反応した。


「真央さんも……、見たことがあるんですね」

「うん。そりゃ、ミオと同じ守備位置の選手だったからね」

「は!?」


 ちょっと待て?

 守備位置ってことは……。


「あの女、まさかソフトボール経験者?」


 九十九と同じ中学の二塁手(セカンド)を思い出そうとするが、記憶に残るのは、もっと雰囲気が違った気がする。


「うん。中央中学(ちゅうおう)二塁手(セカンド)。中央は、南中より選手が少なかったからね。高田と同じく、一年生からレギュラーだった子だよ。髪の毛の長さと雰囲気が違ったからすぐには気付かなかったけどね」

「あのちっこいヤツか」


 中央の二塁手(セカンド)は、かなり背が低かった。

 多分、一年生時には高田より低かったんじゃないか?


 私が引退した後までは知らんけど。


「だけど、そいつ、かなり髪、短かったよな?」

「うん。私が知っている限り、ミオより短かったよ」

「そうなんですか?」


 九十九がとぼけたことを言う。


 元彼女……、なんだよな?


「いや、オレが知る頃には、肩まで長さがあったので……」


 私とマオの突き刺すような視線を同時に受けた九十九は、戸惑いながらそう弁解した。


 部活を引退した後なら、邪魔だった長い髪でも問題ないから、それ自体は変な話ではないのだけど、何か、引っかかった?


「雰囲気も随分、変わっていたとは思わない?」

「そうですか?」


 九十九は首を捻るが……。


「確かに、あそこまで高田に似ていたら、私が覚えていないのも変なんだよな」


 身長を含めた外見だけではなく、漂う雰囲気、具体的には体内魔気までどこか似通っていた。


 人間界にいた時、高田と同じように封印していたなら気付かないのも仕方ないだろうけど、それでも、あそこまで風属性が強い人間が、大神官に封印されたわけでもないのに、完璧に隠しきれるだろうか?


「九十九くん。キミが彼女と付き合っていた期間を聞いても良い?」

「別に大丈夫ですよ。確か、12月ぐらいに(こく)られて……、3月には別れました」

「12月……? 余裕だな、受験生」


 思わずそう呟いていた。


 12月……、冬休み頃って、一般受験予定なら、追い込み時期だよな?


「ミオ、茶々を入れないの。受験生だから、独り身が辛かったかもしれないでしょう?」

「まあ、人間界ならクリスマスとかは辛いよな」


 妙に恋人たちと共に過ごせと言わんばかりの雰囲気になる季節だった覚えがある。


「もっと貴女を集中させるようなことを言ってあげましょうか?」


 マオが溜息を吐き、大きく肩を落としながら……。


「その九十九くんの元彼女さん。この部屋に来た気配があるよ」


 そんなとんでもないことを口にしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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