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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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【第54章― 手を伸ばした先には ―】掴み切れないもの

この話から54章です。

よろしくお願いいたします。

 ―――― 気持ち悪い……。


 先ほどから、お腹の下の方が、消化不良を起こした時のようにむかむかしていた。


 悪い物を食べた覚えはないのだが、ここの所、まともな食事をとった回数の方が少ない気がする。


 身体を起こそうとすると、視界はぐらぐらと揺れ、そのまま床に倒れ伏す。

 重い音が耳の近くで聞こえ、真っすぐな床が波打つように揺れている気がした。


 なんだろう?

 この状態……。


 どうして、こうなったのか?

 そのきっかけが思い出せない。


 幸い、魔力が枯渇した時のように、酷い頭痛はなかった。


 でも、視界がずっと揺れ続けているために気分が悪く、とにかく落ち着かない。

 目に涙が溜まっているようで、視界は揺れだけでなく、滲んできた。


 ―――― 気持ち悪い。


 先ほどから、思考がうまく纏まらないのに、何故かその意識だけがしっかりしている。

 それがやけに腹が立った。


 いっそのこと、このまま、目を瞑ってしまえば少しは楽になるだろうか?

 いや、目が回っている時に瞼を閉じるとかえって酷くなるんだっけ?


 そんなどこかで覚えた知識が、不意に頭の中に浮かび上がってきた。


 でも、そんなことを「わたし」はどこで知ったのだろう?

 ゆらゆらと揺れ動く景色と戦いながらも、わたしは藻掻き続ける。


 不意に、何かの気配を感じ、同時に瞼が重くなった。


 そのことについて、深く考えることもできず、自分の身体も思うように動かせなくなってきた。


『なんで、また昏睡魔法を使っているんですか!?』

『前にも言ったと思うけど、私は誘眠魔法が苦手だから』


 近くで、聞き覚えがある声がする。


 揺れる床しか見えない状態で、女性の声(アルト)と、男性の声(バス)の心地良い二重唱(デュエット)に、重苦しい気分が少しだけ癒された気がした。


 そのまま深くゆっくりと、奥底に沈んでいく。

 そして、混ざり合う。


 過去、現在、未来。


 魔界人と人間。


 想像と創造。


 手を伸ばしては、掴み切れない形なき自分(モノ)


 ぐるぐると風の渦のように……。


 ぐるぐると旋風を巻き起こし、


 ぐるぐると全てを飲み込む竜巻のように。


 ぐるぐる、ぐるぐると、全てを巻き込む暴風のように。


****


 最初にソレに気付いたのは、意外にもオレではなく、水尾さんだった。


 高田の体内魔気が変化するよりも先に、この周囲の大気魔気があからさまに変化したらしい。


 それは、高田が卵のような結界に包まれた時よりも、肌で感じる違和感が強すぎて、彼女にしては珍しく、身の毛がよだつほどだったそうだ。


 そこで、同じく変化に気付いていた真央さんが指示を出し、万一に備えてトルクスタン王子に建物一帯の結界を張らせたという。


 水尾さんと真央さんがその違和感の起点となっている部屋に駆け付けた時には、開け放たれた部屋の奥で、高田がぶっ倒れていたそうだ。


 オレが気付いたのは、恐らく、高田が意識を飛ばす前。


 この場所にある珍しい食材と調味料を買い漁るために建物から離れていた時だった。


 覚えのある気配と、高田の気配が大きくせめぎ合った気がして、ぼんやりとしていた思考が急速冷蔵されたのだ。


 身の危険があるような予感はなかった。

 だが、高田に何らかの変化が起きていたのは分かる。


 だから、移動魔法を使って、部屋の通路まで飛んだ。


 流石に、今は高田の部屋へ直接飛び込む勇気は持てない。

 分かっていても、何度も拒絶されるのは、心に(こた)えるのだ。


 そして、そこでオレが見たのは、高田に昏睡魔法を使う水尾さんの姿だった。


 大気魔気の変動まで分かってしまう彼女だから、オレ以上に状況はよく分かっているのだと思う。


 だが、昏睡魔法は、かなり危険なものだと兄貴は言っていた。


 女性に優しい(あまい)兄貴が、以前、それを使用した水尾さんに向かって的確に容赦のない報復措置をしてしまうぐらいに。


「なんで、また昏睡魔法を使っているんですか!?」


 オレは思わず叫んでいた。


「前にも言ったと思うけど、私は誘眠魔法が苦手だから」


 けろりと答える水尾さん。


 駄目だ。

 この人、全然、反省してない。


「それに、今の高田は、ちょっと本人が警戒態勢に入っているみたいで、普通の魔法でなんとかできる気がしなかったんだよ。まあ、高田ならこの程度の魔法で意識不明の状態がずっと続くことはないから安心しろ」

「できませんって!」


 本当に「この程度の魔法」というほどのものなら、兄貴はあそこまで怒ることはなかっただろう。


「とりあえず、落ち着こうか、九十九くん」


 すぐ傍の低い位置から声がした。


「高田の護衛であるキミの役目は何? 外敵の排除? それとも」


 真央さんが高田の状態を確認しながら、オレに鋭い目を向けた。


「がっ!?」


 同じ顔した人間からの辛辣な言葉に水尾さんは驚愕したが、オレはそこで意識を戻す。


「勿論、高田の安全確保です!」


 そう言って、跪き、倒れている高田を抱き抱える。


 ―――― 軽い!?


 暫くぶりに触れた高田の身体に緊張するよりも先に、その重量に愕然とする。


 オレが食事の世話をしなくて、まだ数日しか経っていないのに、なんで、こんなに軽くなっているんだ?


「少なくとも、2キロは減ってる」


 よく見ると、肌の状態もかなり悪い。


 目の下にクマもできている。


 綺麗な黒髪だって、少し元気がないように感じた。


「2キロ? 何の話だ?」

「体重じゃないかな。今の高田、少しやつれてるからね」

「げ!? まさか九十九って、体重も分かるのか?」

「それは知らないけど、それぐらいできてもこの兄弟なら驚かないかな」

「抱えられたくねえな」

「それは同感だけど、そんな状況はまずないと思うよ」


 すぐ近くで、そんな声が聞こえる。


 でも、オレは既に昔、水尾さんを抱えたことはあった。

 その時の重量は、身長差もあるため、高田よりは重かった気がする。


 だが、それを口にするような勇気はなかった。


 それを言葉にしてしまえば、待っているのは確実なる終焉。

 オレだって、命は惜しいのだ。


 オレは高田を抱えたまま、寝台へ向かう。


「昏睡魔法がかかっているからって、悪さ、するなよ?」


 どこか棘のある水尾さんの言葉。


 昏睡魔法は、誘眠魔法と違って、完全に相手の意識を奪う魔法だ。

 だから、多少の刺激では目が覚めることもないと聞いている。


「しませんよ」


 そんなこと、できるはずがない。


 あの甘美な刺激をもう一度、欲しくないと言えば嘘になるが、その代償はあまりにも大きすぎる。


「まあ、今の九十九くんほど安全な存在もないだろうけどね」


 真央さんが苦笑する。


「分かるかよ」


 水尾さんの言葉には明らかに険があった。


 どうやら、オレは完全に彼女からの信頼も失ったらしい。


 いや、完全ではないのか。

 本当に信頼を失っていたなら、奢りとは言え、一緒に酒を飲むことなどしないだろう。


 それに、この状況になる前に、排除されている気がした。


 つまり、彼女は定期的に釘を刺しているだけなのだ。

 可愛い後輩を泣かせた不埒な男に対して。


 いろいろ落ち込みたくなるが、それだけのことはやったのだ。

 甘んじて受け入れるしかないのだろう。


 この針の筵のような状態を。


 ゆっくりと高田を下ろした。


 ここまで間近で彼女を見るのは、あの時以来だ。

 少し前、この部屋に押しかけた時は、顔もまともに合わせてもらえなかったから。


「ところでさ、九十九くん」


 真央さんがオレに声を掛けてきた。


「いろいろ、高田が目を覚ますまでの時間。私たち『(から)』『付き合う(真綿で首を絞められる)』気はある?


 奇妙な「副音声(おどし)」が聞こえた気がするが……。


「ありますよ」


 そんなことで怯むぐらいなら、これから先、高田を護ることなどできない。


「良い覚悟だね」


 真央さんは不敵に笑い。


「本当にマゾとしか言いようがないよな、青年」


 水尾さんは呆れたようにそう言ったのだった。


 この時点で既に不吉な予感しかないのは気のせいか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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