まるで勝利宣言のように
九十九の元彼女であるミオリさんの言葉に、確かに動揺はしたが、顔には出さない努力はした。
人間界で、九十九の同級生と言うことは、どこかでわたしと縁があってもおかしくはないのだ。
……よく考えよう。
人間界で「ミオリ」さん。
九十九がそう呼んでいたということは、もしかしなくても、人間界でそう名乗っていたということだろう。
同じ学校になった覚えは多分、ない。
それ以外の場所で、他校と縁があるとしたら……?
でも、わたしは塾には通わなかった。
中学生ではバイトもできない。
それ以外なら……、部活?
九十九の通っていた中学校は確か……。
「中央中学校の……、二塁手?」
残念ながら、名前までは覚えていない。
わたしは記録係じゃなかったから、毎回、「オーダー表」で選手氏名の確認まではしていなかったし。
でも、わたしの前に立つミオリさんは、どこかあの二塁手に雰囲気は似ている気がした。
もっと髪の毛は短かったし、名前も周囲の呼び方から、「イオリ」だと思っていたのだけど。
「私のことを覚えていてくれて大変光栄です、南中の二塁手」
ごめんなさい。
言われるまで、忘れていました。
「尤も、一年生にして先発出場選手になるような選手だった貴女が、私の名前までは知らなかったと思いますけど……」
地味に突き刺さる攻撃を受けた。
いや、確かにその通りだけど。
「主将のセカンドライナー、そこからの三塁走者刺し」
わたしはふと思い出したことを呟く。
「それは……」
ミオリさんの雰囲気が変わった。
「あの試合、あの時までは、勝ったと思ったんだけど……」
最終回の攻撃。
一死、走者二、三塁。
同点だった場面。
主将が放った痛烈な当たりが二塁手の頭を越えたかのように見えたが……、飛びつかれて捕球。
さらに、飛び出していた三塁走者が戻れずに二重殺となってしまった。
もし、あの当たりが抜けていたら、足が速い二塁走者までホームインできていたと今でも思っている。
中央中学校で行われた練習試合だったので、決着をつけるための判定戦はなく、そのまま引き分けになってしまった。
物覚えが悪いわたしでも、あの試合はよく覚えている。
我ながら会心の当たりができた試合だったので、是非とも勝ちたかったのに。
わたしは相手選手の名前に興味をあまり持たなかったけれど、印象に残るプレイは今でも目に焼き付いているのだ。
「あの試合のことは私もよく覚えています。練習試合とは言え、あんな送りバントを見たのは、初めてでしたから」
「ナントカの一つ覚えですけどね」
それでも、アレを覚えていてくれる人がいたのはちょっと嬉しい。
わたしの人生の中で、一、二位を争えるほどのバントだったから。
自分はアウトだったけど!
打席から一塁まで走るための足が、速さが足りない!!
「それより、敬語は止めてください。その、身分的には恐らく、私の方が下……、ですから」
ミオリさんは困ったように笑いながらそう言った。
「それでは、あなたの方も、敬語を止めてください。同学年の女性に敬語を使われるのは少し慣れていないので」
もともとわたしは敬語を使うことに抵抗はないのだけど、敬語を使われることには抵抗があるのだ。
今でも、九十九や雄也さんがわたしに対して敬語に切り替える瞬間は慣れない。
恭哉兄ちゃんの言葉については、なんとなく自然体過ぎて慣れてしまったけれど……。
でも、立場が上とか下とか関係なく、同学年の、それもソフトボール経験者だと言うのなら、敬語を使う必要性を感じられなかった。
「せめて、この部屋では」
わたしはそう言った。
それでも、魔界人として身分が絶対という感覚も分かる。
こればかりは、生まれた世界の違いだから仕方はないのだろう。
だけど、せめて期間限定で地域限定なら許されないかな?
「でも……」
ミオリさんは分かりやすく戸惑っている。
なんだろう?
キョロキョロと何かを探すかのように目を泳がされている辺り、「ゆめ」には、盗聴器みたいなのが付いているのかな?
「ゆめ」の逃亡防止措置みたいに。
「それでは、あなたが敬語を止めなければ、わたしも敬語を止めませんが、よろしいですか?」
そこがわたしの妥協点だ。
互いに敬語なら問題ない。
だが、ミオリさんにとっては苦渋の選択だったのか、少しだけ、天井を見て……。
「分かった。但し、この部屋限定で」
と頷いてくれた。
「呼び方は『シオリ』さんで良い?」
「うん。わたしも『ミオリ』さんと呼ばせてもらうから」
ほぼ初対面に近い相手に、気安い口調はわたしも慣れないが、同じ年齢の相手から敬語を使われるというむず痒さよりはマシだろう。
「シオリさんは、その、九十九から私のことを聞いていたりする?」
どうやら、本題に入るらしい。
だけど……。
「同じ中学校出身としか聞いてないよ」
わたしは首を横に振りながらそう口にする。
九十九に「彼女だった人? 」と尋ねたのは、わたしの方だった。
「ミオリ」と言う名も、九十九が口を滑らせた時だったはず……。
多分、あの時、尋ねていなければ、今も九十九とミオリさんの関係は知らないままだったと思う。
「そっか、何も話してないのか……」
どこか淋しそうにポツリと呟く。
「主人と言っても、彼の全てを知っているわけではないから」
いや、どちらかと言えば、知らないことの方が多いと思っている。
いろいろ事情がありそうな兄弟だから、あまり、深く知りたくもないけど……。
「え? そうなの?」
でも、何故か意外そうに言うミオリさん。
え?
この世界のご主人さまって、自分の従者の全てを把握する必要があるの?
そうなると、王さまたちって大変そうだなと思ってしまう。
いや、イースターカクタス国王陛下は知っていても不思議じゃない気がするけど、あの方は例外すぎるだろう。
「わたしが聞きたがらないと言うのもあるかも」
「それって、シオリさんは九十九に……、興味がないってこと?」
興味がない?
それとはなんか違う気がする。
なんと言えば伝わるだろうか?
「興味がないと言うより、九十九の方が知って欲しくなさそうだから」
彼ら兄弟の背景は複雑すぎて、そして、恐らく、暗く重い。
だから、雄也さんが意図的に、弟である九十九にも情報を伏せているところがある。
具体的には情報国家関連。
雄也さんが九十九に全て伝えていれば、イースターカクタス国王陛下と九十九の対面は、もっと違う形になっていたことだろう。
「つまり、貴女は九十九の気持ち優先ってこと?」
「基本的にはそのつもり。だから、『わたしより大切な人ができたらそっちを優先して』とも伝えてあるよ」
尤も彼にそう言った時、かなり不機嫌になった覚えがあるけど……。
九十九の気持ちは分からなくもないけれど、わたしの気持ちは今もそのままだ。
「九十九に恋人ができた時も?」
その言葉にはどこか期待が込められているような気がした。
だから、この人は、まだ九十九が好きなのだろうと思った。
「うん。不思議と、まだいないみたいだけどね」
あ……。
今のは、ちょっと嫌味っぽくなってしまったかな?
「やっぱり不思議だよね。九十九はモテそうなのに……」
ぬ?
賛同されましたよ?
「でも、そのおかげで、私は九十九に会えたから良いけど……」
そう頬を赤らめながら話すミオリさんは、女のわたしから見ても、とても可愛らしかった。
……と言うか、新鮮だと思ってしまった。
わたしの周りにこんな女性はいないから。
そして、やっぱり九十九って当人が気付かない所でモテていたじゃないかと言いたかった。
「ああ、そんなことより、ちゃんとお話しなきゃ」
ミオリさんは顔を上げる。
「それでは、僭越ながら、話をさせてもらうね」
そう言う目の前の女性は、どこか勝利宣言をするかのように誇らしげに笑いながら、そう言ったのだった。
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