吸い込まれるように
『まあ、なんとなく理解しているようだから、結論から言っちゃうと、ワタシは、アナタの一部……、なんだよ』
鏡の中から出てきた自分によく似た相手は、そんなことを言った。
「一部?」
それにしては、わたしより事情通っぽい雰囲気だけど……。
「そう。正しくは、アナタの記憶を封印する前と後の一部……かな?」
「それって完璧じゃないですか」
魔界人としての知識も、人間としての経験。
そのどっちも併せ持つ自分。
それって、九十九が望んだ姿ってことじゃないか。
「いやいやいや? ワタシは記憶だけで、肉体も魔力もないからね」
「肉体も魔力もない?」
でも、目の前にいる自分の姿をした人は、存在感もあるし、何より、魔力に満ち溢れている。
それも、分かりやすく純粋な風属性の気配。
これって、わたしの気のせいでなければ、シルヴァーレン大陸の中心国の頂点と言われているセントポーリア国王陛下よりも風属性が強いのではないだろうか?
『そう。この肉体を創り出したのは、アナタだよ。先ほど、いっぱい魔力を送ってくれたでしょう?』
「魔力を……?」
あれって、鏡に吸い取られたと思っていたのだけど、わたしが送ったことになるの?
『明確なイメージと、それを創り上げるための魔力。想像と創造。魔法の基本だね』
「魔……、法……?」
彼女の口から出てきたソレは、知っているはずなのに、これまで聞いたこともないような言葉に聞こえた。
『そう。この状態はアナタが創り上げた魔法と言う名の奇跡だよ』
どこか誇らしげに言う自分に似た姿の人。
それが、魔法と言う名の奇跡?
『ま、今はそれが問題ではないから、置いておこうか』
それでも、彼女にとって、実は大したことではなかったようだ。
なんとなく、複雑な気分になるのは何故だろうか?
『今のアナタの現状はちょっと魔力が暴走しやすい状態って言えば分かる?』
「それはよく分かります」
ちょっとしたことですぐ揺れてしまう感情と、必死で押さえ込まなければ、身体から食い破って出てきそうな風の気配がずっとある。
『ストレリチアでは、神力すら抑えられると言われる結界で護られていたけど、そこから出てしまったでしょう? そうなると、自力で押さえるしかないわけだ』
「……ってことは、わたしはストレリチアから出ない方が良かった、と?」
わたしは、またも、選択を誤った?
『いや? 出て正解だったよ。あのまま、無理に閉じ込めると、大神官でも抑えきれないほどの暴走が起きる可能性も極小ながらあったからね。結界から出て、自然にその身体に馴染ませた方が良かったとワタシは思っている』
「そ、そうなのですか?」
『それが分かっていたから、大神官も、ストレリチアから出るのは止めなかったでしょう?』
言われてみれば、恭哉兄ちゃんも、ワカも前回ほど心配そうな顔をしてなかったし、どちらかと言えば、出て行くことをホッとしていたようにも見えた。
「あれって、単純に居候が出て行くことを喜んでいたのかと思っていたよ」
手配書のこともあったし、それ以外の理由も含めてわたしは厄介ごとを持ち込む性質があるみたいだから。
『アナタって、時々妙に鋭いけど、基本的には鈍いよね』
「失敬な」
同じ顔している人から馬鹿にされるとは……。
そう。
目の前にいる人は、わたしと同じ顔をしている。
いや、正しくは、身長も、体型も、そして恐らく体重も……。
『まあ、そんなに時間があるわけではないから、サクサク本題に入ろうか』
「本題?」
それに、時間がないとは一体?
『その不安定な魔力を少しでも早く安定させるためには、魔法を使うことが一番なんだよ』
「でも、わたしは魔法をほとんど使えませんよ?」
わたしと同じ顔で、簡単に言ってくれる。
魔法を使いたいと思うだけで、簡単に使えるようになるならば、これまでの苦労はないのに。
『アナタが魔法を使えるようになった理由って分かる?』
「はい?」
わたしが魔法を使えるようになった理由?
それは確か、迷いの森で……?
『明確にイメージできた時だよ』
「明確に……?」
わたしが疑問を返すと、目の前のそっくりさんは、ニッと笑って続ける。
『迷いの森は分かりやすかったね。自分の眼を通して、その身体で魔法を使うところを見たのだから。いや、見ただけではなく魔力の流れや本来は伝わりにくい感覚的なものまでしっかりと理解できたでしょう?』
わたしと、昔のわたしを見て、記憶し続けている以上、それを知っているのは当然の話だが、これまで、周囲の誰も深く突っ込まなかったことに、わたしと同じ顔した人は遠慮なく切り込んできた。
「セントポーリア国王陛下は、アナタと近しい魔力を持つ上、風魔法の使い手としては魅了されてしまうのは仕方ないね。あんな魔法を使いたいって思ったでしょう?」
確かに思った。
お手本のような綺麗な風属性の魔法。
そして、同時に、本当にあの方と同じ血が流れているなら、自分にも使えるのでは? とあの時のわたしは考えたのだ。
『何よりも、アナタが使う魔気の塊をぶつける「魔気の護り乱れ撃ち」は、立派に独自魔法の一種だからね。非効率すぎて、誰も真似は出来ないだろうけど……』
「独自……、魔法?」
『あ~、自分で造り出した……、え~っと。あ! オリジナル魔法! これなら、伝わるかな?』
わたしにも分かりやすい言葉を選んでくれたのは分かるけど……。
「あれのどこが魔法?」
そこに疑問があった。
少なくとも、魔法国家の王女である水尾先輩は認めたくないと言っているし。
『溢れんばかりの風属性を詰め込んだ力技だよね~。アナタのアホみたいな魔力の強さと量から発生した自動防御がなければ、考えられなかった魔法だろうけど』
確かにアレは、わたしが身を護るためとはいえ、無意識に誰かを攻撃してしまう状態を見て、「これ、攻撃に集中させたら怖いよね?」と思ったことが最初だった。
『ミオルカ王女殿下、ミオ先輩が認めないって言うのは、そこにアナタの意思を感じないからだと思うよ。創造力が形になる前の状態。え~っと、刀を鍛える前の鉄の棒で殴っている感じ?』
「それは酷い」
そして、どちらにしても痛そうだ。
『マント限定の召喚魔法は、「ここにアレがあったら大丈夫かも」って気持ちからだったでしょう?』
言われてみれば、そんな気持ちから、あのライトのマントを召喚した気がする。
『もし、手近に金属バットがあったら、間違いなくアナタは召喚していたはずだよ。マントなんかより手に馴染むだろうし。ああ、ボールとグローブもありかな』
「ソフトボールじゃないんだから」
そう言いつつも、それなら確かに扱い慣れている気がしてしまった。
そして、容易に想像もできてしまう。
『それだけの自信が、アナタにはソフトボールと言うスポーツ限定しかないんだよ。ソフトに関することなら、ある程度の自信がある。でも、それ以外は平凡な暮らしだったから、仕方ないのかもしれないのだけど』
「普通の人間は、そんなものではないですか?」
『アナタのその思い込みは結構、邪魔なんだよね』
「はい?」
意外なことを言われた気がして、聞き返す。
『決めつけ。思い込み。その割に、ちょっと外れた発想と感覚。アナタは本当にアンバランス過ぎて、いろいろ楽しい存在なんだよ』
よく分からないけど、褒められた気がしない。
『でも、アナタ自身、このままで良いとは思っていないでしょう? 』
目の前の人は悪戯っぽく笑う。
その姿は何故か、母を思い出させた。
『少なくとも、ワタシを二度も存在させただけでも、相当、魔力を使っただろうからね。これだけで、大分、落ち着くとは思う。まあ、その前に安定化させるために「名付け」をさせて、存在しやすくしたのだけど』
「に、二度?」
今回が初めてだと思っているのだけど……。
『ああ、詳しくはツクモに聞いて』
まるで、ハートマークが語尾に付きそうな調子で、とんでもない発言をかますわたしと同じ顔をした誰か。
しかも、この台詞は聞くのは、初めてではない気がした。
だけど、その言葉の意味を確かめる前に、部屋の扉から、ノックの音が聞こえた。
『お客さんか。仕方ない。少し早いけど戻るね』
不意に、わたしを抱き締め……。
『La fortuna aiuta gli audaci.』
耳元でそう囁いて、わたしの身体へ吸い込まれるかのように消えてしまった。
実際は、その姿がぼやけて、輪郭が薄れ、そのまま透けて消えていったのだが、同時に、自分の中に大量の魔力が一気に流れ込んできたことが分かる。
「うっ!?」
少し気分が悪くなり、頭がぐらぐらっとした。
これは、わたしの中から出て行ったものが返却された、のかな?
その姿が消える直前だったためか、彼女の言葉に対して自動翻訳が仕事をしなかったが、その意味は分かる。
先ほどの言葉は、シルヴァーレン大陸言語だった。
英語なら、「Fortune favors the brave.」
そして、日本語なら……。
「運命の女神は勇者に味方する」
久しく呟いていなかった言葉を口にしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




