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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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割り込んでくるモノ

「うぬぅ……」


 わたしは部屋にある鏡に自分の姿を映して、唸るしかなかった。


 来島が言っていた「印付け(マーキング)」。


 それって、全身に今も残っているこの無数の紅い刻印のことではないだろうか?


 あれから結構な時間が経ったというのに、今もくっきりと鮮やかに身体の至る所に刻まれている。


 もし、この紅い印の一つ一つに、僅かながらも魔力が込められていたら?

 それは確かに、全身に「印付け(マーキング)」されたようなものだろう。


 今、確認しているのは首元。


 そっとまだ赤味が残っているその場所に触れてみると、そこにほんの僅かだけど九十九の気配を感じた。


 そのことが酷く恥ずかしく思える。


 いや、された行為はもっと恥ずかしいのだけど、それがいつまでも残っているというのが、もう、ね?


 これっていつ頃まで残っているものだろうか?


 来島は魔気の気配に敏感な人間なら気付くだろうと言っていたから、魔法国家の王女殿下である御二人にはモロバレなのだろう。


 恥ずかしさのあまり、奇声を上げたくなる。


 まったく、本当になんてことをしてくれたのだろう、わたしの護衛は。


 でも、ずっと守ってもらった代償としては、安いものかもしれない。

 彼は人生を賭して仕事をしてくれているのだから。


 いや、安いか?

 自分と引き替えっていろいろおかしくはないか?


 何より、どれぐらい貰っているかは聞いたこともないし、興味もないけど、お給料、貰っているはずだよね?


「ああっ! もうっ!!」


 いっそ、彼の雇用主に密告して、減給してもらうか?


 護衛なのに、その護るべき対象に対して危害を加えたよって。


 その方がわたしの気は晴れそうな気がするけど、結果として良ろしくない方向へ向かいそうな気がする。


 なんとなく、神剣の光とその威力を再び拝むことになりそうな?


 そこまで考えて、あんな目に遭っても、彼を護衛から外すと言う選択肢はないんだなと思った。


 だけど、今後、どう接して良いかは分からない。


 今のわたしは、どこか普通じゃなくて、感情の制御が巧くてできていないような、自分が自分じゃないような、隙あらば何かが分離して身体から飛び出したがっているような、そんな変な状態なのだ。


 来島は、「好きだからじゃないのか? 」などと明らかに他人事の如く言っていたが、本当にそうならこんなに悩んでいない。


 九十九のことが好きなら、多分、もっと嬉しかったはずだ。

 そんな彼から強引に求められたことで幸せすら感じたかもしれない。


 だけど、実際、わたしの心に残っているのは、もうこれ以上、思い出したくないという気持ちだけ。


 ずっと苦痛だったという感情だけ。


 それ以外には、もの凄く恥ずかしかったという思いだけ。


 九十九からされたことはよく覚えている。

 忘れたいのに、何故か、細部まで忘れられない。


 そこに至るまでの部分から、九十九に対して自分が「強制命令服従魔法(めいじゅ)」を使った後まで。


 ―――― なんで、途中で止めたのだろう?


 生まれて初めての男女の触れあいだった。


 いや、触れあってはいないのか。

 一方的だったから。


 ―――― わたしからも何かするべきだった?


 時間は長くも短くもあった。


 されたことを考えれば、かなり長かった気はする。


 最初のキスだって決して短くはなかった。

 その後だって、何度も息苦しくなるぐらいだったし。


 少なくとも、甘酸っぱさとはかけ離れていたことは間違いない。


 ―――― やっぱり、九十九はわたしのことを好きじゃないってことだよね?


 普通は、好きな相手に無理矢理、行為に及ぼうとはしないだろう。

 せめて、同意の意思確認ぐらいはして欲しかった。


 でも、仮に意思を確認されていたら……、わたしはどう答えただろう?

 やっぱり断ったかな?


 ―――― 事前なら?


 分からない。


 ―――― 最中なら?


 迷っていた。


 ―――― 直後なら?


 もしかしたら?


 ―――― 今は?


 絶対に嫌だ!


 九十九は、既に、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 それが、どんな相手だったのかは分からないけれど、わたしの知らない誰かとより深いところまで結びついたことは間違いない。


 だから、この思考は無駄だね。

 もうこれ以上、考えても仕方ない。全ては終わったことだ。


 九十九の症状は落ち着いて、これ以上、この「ゆめの郷(場所)」にいる理由もなくなった。


 だけど、わたし自身がここから動けないでいる。


 ―――― この臆病者


 ……なんとなく。

 なんとなくだが、先ほどから自分の思考に割り込んでくるナニかがいる気がする。


 自分の心の声かと思ったけれど、かなりの違和感があった。


 ―――― 気付くのが遅い


 自分と同じ声で、頭の中に響く別の意思を持った声……なんて、人格分裂まっしぐらじゃないか。


 ―――― じゃあ、しっかりイメージして


 わたしの話を聞いて?


 ―――― アナタのイメージが足りないと、実体化できないっぽい


 どうやら、話を聞く気はないらしい。

 でも、イメージって、何を考えれば良いのだろう?


 ―――― 鏡から飛び出す自分


 ホラーでしかない。

 そして、成り代わられそう。


 だけど、酷く分かりやすい例えだったためか。

 イメージが掴みやすかったせいか。


 それとも、目の前に鏡があるせいか。


 突然、自分の魔力が眼前の鏡に向かって勢いよく吸い寄せられていく。

 そして、吸い込まれ方が尋常じゃない。


 魔気の護りを放出する時に似ているが、それよりも、もっと激しくわたしから飛び出していく。


「そ、掃除機!?」


 さらにそんな具体的なイメージが加わったせいか、魔力の吸い込みが加速した。


 そして、鏡像がぐにゃりと歪んだかと思うと……。


『呼ばれて飛び出てジャンガリア~ン、だっけ?』


 鏡の中から、わたしそっくりな人間が飛び出てきた。


 しかし、その台詞はどうなのか?


「違う」


 思わず、素で突っ込んでしまった。


 いや、もっと別に突っ込むべきところはあったのだろうけど。


 でも、自分そっくりな人間が、鏡から飛び出して、かなりおかしなことを言ってのけたら、わたしと同じ反応になると思うのですよ?


 いや、わたしのこの考え方もどこか、なんかおかしくないか?


『驚かないんだね』

「いや、すっごく驚いています」


 思わず、敬語になってしまうぐらい。


『ほほう? 例えばどの辺が?』

「登場時の台詞」

『いや、それ、この場で最もどうでも良いと思うよ?』


 なんだ?

 この状況。


 自分と同じ顔した……人?


 え?

 ちょっと待って?


『現実で対面するのは初めてだね、栞』


 そう声を掛けられて……。


「いろいろホラーでしかない」


 やっと捻り出した言葉がこんなものとは……。


『いや、ホラー漫画の見すぎだよ。鏡から出てくるって言ったのは、イメージしやすいかなと思ったけど、まさか一発で成功させるとは……』


 目の前にいる自分は、嬉しそうに笑った。


 ふむ。

 こう客観的に見ると、自分の顔も満更ではないような?


 すっごく、可愛いというわけではないけど、思っていたよりも悪くはない気がしなくもないような感じ。


「と、ところで……、わたしそっくりなあなた様は、何者でしょうか?」

『魔力の塊』

「は?」

『今、自分の魔力……、いや、魂が不安定な自覚はある?』

「あります」


 明らかにおかしいとは思っていた。

 それがいつからなのかよく分からないのだけど。


『セントポーリア国王陛下の魔力に影響されたのだと思うけど、ちょっとばかり、王族でも強めの部類になっちゃってね。セントポーリアから離れると、普通の体内魔気の放出だけじゃ処理できない状態にアナタは今、あるんだよ』

「はあ……」


 えっと、つまり、それは感応症ってやつのせい?


『暫くするとちゃんと馴染むとは思うけど、アナタの場合、分魂の影響もあるから、普通とは違った反応になる可能性は高いということは理解できる?』

「いや、全く」


 そもそも、「ぶんこん」って何ぞや?


 どこかで聞いたことがあるような気もするけど、字が分からないせいか、根分けと言う単語しか出てこない。


『じゃあ、理解しようか』

「そんな無茶な」

『アナタが普通の生まれではない以上、普通ではない反応が現れる。それだけ理解できれば大丈夫!』

「なかなか無茶な理解のさせ方ですね」


 だが、この上ない説得力もあった。


 わたしはこの状態について何も分かっていないのだから、ここで、無駄な論争をするよりも、先に進めたいなら、強引に推し進めた方が絶対的に早い。


 流石はわたしの()()()だ。

 自分のことをよく分かっている。


 わたしは何故かそう思ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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