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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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不機嫌な理由

「分かりやすく不機嫌な顔になっているな」


 わたしの手を引きながら、来島はそう言った。


「俺のことが嫌いか?」

「違うよ。この顔は別の要因」


 宿泊先に近づくたび、気が重くなってきていると言うのに、さらに重くなる原因が少し離れた場所にいる。


「まあ、笹さんに会いたくはないよな」


 ええ、その通りです。


 だけど、彼は、その気になれば部屋に突然、現れることも可能な男だ。


 もう「発情期」の危険はないと分かっているけれど、それでも、やっぱりいきなり部屋に入って来るのは勘弁してほしい。


「高田は、笹さんが嫌いなのか?」


 不意に、来島がそんなことを聞いてきた。


「嫌いじゃないよ」


 九十九のことが嫌いだったらこんなに迷わない。


「どの程度か分からないけれど、それなりに酷い目に遭ったんだろ? それでもか?」

「アレは九十九の意思じゃなかったから」


 そうでなければ、彼がわたしに手を出す理由はない。


 それに、あの時、僅かな時間だけ正気に返った彼自身の口から聞いたのだ。


 彼は、「わたしだけは抱きたくない」と。


 それだけ、女性として「範囲外」扱いされているということだろう。


「そうか? 『発情期』って結局ただの本能の解放だぞ?」

「本能の解放?」

「そ。全く意識していない相手にいちいち反応するかよ」

「でも、あの時、周囲に誰もいなかったし……」

「じゃあ、もし他に誰かいたら、お前じゃなくて、他の女が犠牲になっていたってことだな。そっちの方が良かったか?」

「良くはない」


 寧ろ、悪い。

 巻き込まれた相手の方に申し訳ないと思うぐらいに。


 それなら、あの形に治まったのは、ある意味良かった?

 それでも、やっぱりスッキリはしない。


「素直に喜んどきゃ良いんだよ。笹さんに選ばれたって……」

「いや、喜べないから」

「笹さんのこと、嫌いじゃないんだろ?」

「でも、九十九のことは、そこまで好きでもないんだよ」

「それだけ、気にかけているのに?」

「……うん」


 あの時、これまでにないほど至近距離で、わたしは九十九を見て、そして知ったのだ。


 あの黒い髪が乱れるのを。


 あの黒い瞳が苦しそうな色に染まるのを。


 あの紅い唇から洩れる熱い息を。


 あの素肌に流れる汗が落ちるのを。


 あの九十九が、わたしに男性として触れるのを。


 そのことを、嬉しいと思うよりも先に、怖いと思ってしまったのだ。

 それは、相手のことが好きだって思う感覚ではないだろう。


 昔、抱き締められた時も怖いと思ったけれど、「発情期」中の九十九は本当に、別の人間のようで……。


「あの状態が本能の解放、つまり本当の九十九の姿だというのなら、わたしは怖くて彼の近くにいられないよ」


 わたしはそう思ったのだ。


「俺としてはその方が好都合ではあるが……」


 来島は溜息を吐く。


「どれだけのことをされたら、そこまで思い込めるんだ?」

「ど、どれだけ……って……?」

「はっきり言うと、栞の全身はかなり笹さんに印付け(マーキング)された跡があるんだよ」

「ま、印付け(マーキング)?」


 なんとなく自分の身体を両腕で抱き締める。


 印付け(マーキング)って、確か、自分の所有物に魔力を通すとかいうやつではないっけ?


「わたし、知らないうちに九十九の所有物になっちゃった?」

「おいおいおい? お前、人間だよな? なんでその発想になった?」

「え? でも、印付け(マーキング)ってそう言うことじゃないの?」

「あ~、そっか。魔界の常識が少し欠けてるんだったな、栞は……」


 来島はわたしの頭に手を置いた。


「ちゃんと調べてみたわけじゃないから、分からんが、残り香みたいに笹さんの気配がするんだよ。多分、相当、キスされただろ」

「んなっ!?」


 思わず顔が発火したことが分かる。


 い、いや確かにあの時、数えられないほどキスされましたよ?


 軽いのから、初心者向きじゃないものまでしっかり、じっくり、たっぷりと。


「それも全身に」

「うぎゃあっ!!」


 羞恥のあまり、この場に穴を掘りたくなった。


 男女関係なく、友人から自分のそう言ったことを指摘されるってどんな羞恥プレイなんですかね?!


「そ、そんなことも分かるの!?」

「そこまではっきりくっきりと残っていたらな。ある程度、栞や笹さんのことを知っている人間には分かっちまうと思うぞ」

「ふわあああっ!?」


 つまり、雄也さんや水尾先輩、真央先輩にも分かっているってことですね?

 もしかしたら、あまり鋭くないトルクスタン王子にも?


「おいおい、あまり叫ぶな。今、夜中だぞ? 念のため、この会話をする前に静音の結界を周囲に張っておいて良かった」


 来島は、何においても用意周到な男だと思う。

 雄也さんタイプだよね。


「ううっ」


 幸い、会話は誰にも聞かれていないってことだろうけど、それでもこんな辱めを食らうなんて……。


「そこまでされているのに、自信がないもんかね?」

「自信?」


 なんのことでしょうか?


「笹さんから愛されているって自信」

「そんなもの……ない」


 そんな自信があれば、もう少し違っただろうか?


 だけど、「シオリ(昔のわたし)」ならともかく、「高田栞(今のわたし)」にそこまでの思い入れを持っていないと思うんだ。


「『発情期』って、目的達成することしか考えられないヤツの方が多いらしいぞ」

「目的?」

「何の前準備もせずにいきなりコトに及ぶってこと」

「前準備?」

「そこも聞き返すか、この女。まあ、キスとか、身体を撫でまわしたりとか、指を……、いや、そんなことだよ」

「……ああ」


 そう言えば、しつこいぐらいにキスされたし、身体のあちこちを撫で回されたっけ。


「少なくとも、笹さんがそんなヤツじゃなかっただけマシじゃね?」

「それはそうなのかもしれないけど……」


 その間、凄く怖かったわけだから、マシかと言われたら首を捻りたくなる。


「まあ、栞は処女だからどんなに準備しても、足りないのだろうけど……」


 穴を掘って埋めたくなってきた。

 目の前の男を……。


 花も恥じらう乙女の前で、なんてことを口にするんだ?


「笹さんもその辺、分かっていたから、最後までしなかったかもな。処女は本当に面倒だから」


 さらに重ねて辱めてくる。


「知らん! 当人に聞いて」

「ほほう。聞いても良いのか?」

「……い、いや、やっぱり聞かないで欲しい」


 反射的に返答したけど、来島と九十九は面識がある。

 だから、会話自体出来なくもないのだ。


 そして、確かに聞かれて事細かに説明されても困る。


「俺も流石に、好きな女が別の男にいじくられる様を聞くのは嫌だな」

「い、いじくるって……」


 本当になんてことを言うの?


「そこまではしてないか?」


 そう聞かれて、思わず閉口してしまう。


 ええ、いろいろされましたよ。

 そして、確かにアレは「触れる」というよりも、「いじくる」という表現が当てはまる気がする。


「ごめん。この会話、もう止めて」


 これ以上は何を口走ってしまうか分からない。


「ああ、悪い。可愛くてつい……」

「か?」


 耳慣れない単語に思わず聞き返す。


「顔を真っ赤にしている栞は、新鮮ですっげ~可愛い」


 その言葉は自然で、でも、あまりにも嬉しそうに言うものだから、わたしは思わず……。


「そろそろ埋めて良い?」


 そう口にしていた。


 わたしの「風魔法(ウィンド)」を地面に向かって使えば、この辺りに穴を開けるぐらいは出来そうな気がする。


 そう言えば、わたし、魔法で人間以外を狙ったことってないかも。


「待て! 照れ隠しにしても、なんでそんな発想になった!?」

「いや、もうどうなっても良いかなって……」

「そこに至った経緯はともかく、俺を巻き込むな!!」

「半分は来島が悪いから、仕方ないね」

「待て待て! 分かったから、その風、しまえ! 俺の結界魔法じゃ無理だ!」


 おっと、既に風が出ていたようだ。


「ふう……」

「ふう、はこっちの台詞だよ、全く……」


 そう言いながら、来島はわたしの乱れた髪を直してくれる。


「お前が男に無縁な生活を送ってきたことはよく分かったよ」

「無縁ってわけじゃなかったのだけど……」

「その辺りは笹さんの功罪だな。栞の操は護られてきたけど、同時に、その辺りの知識が乏しい。お前、かなり漫画読んでいた割に、知識ねえのな」

「わたしが読むような本は、そう言った行為は描かれていなかったものばかりだから」


 精々あっても、キスぐらいまでで、後は暗転して朝を迎える感じだった。

 想像しろということらしい。


「その辺のもあるぞ? 初心者向けのソフトなやつから上級者も退くハードなのまで。貸すか?」

「そんなの貸されても、困るなあ。すぐに返せないし、見つかるとかなり気まずいし」


 興味がないわけではないのだ。


 でも、物質召喚ができないわたしにはそれらを隠す術がない。

 うっかり部屋の隅で見つかったら、周囲からどんな目で見られることやら……。


 しかし、上級者も退くってどんなものを勧めているんですかね?


「ああ、漫画より、実地が良いか? 俺で良ければ付き合うぞ?」

「いや、それも結構」


 その意味が分からないはずもない。

 そして、流石にそれはない。


「その辺りの返しは、十分、すれた女の反応なんだけどな」


 わたしから、きっぱり断られたのに、来島はどこか嬉しそうに笑うのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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