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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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呆れるぐらいの好待遇

「ツクモさまって……、見た目によらず、現実主義者(リアリスト)だったのね」


 ミラは溜息を吐いた。


「日頃の言動から、もっと夢見がち(ロマンチスト)だと思っていたわ」


 異性に夢を持っていることは否定しない。


 だが、それはそれ、これはこれと言うやつだ。


「金あっての命だからな。生きるために稼ぐのは当然だろ?」

「あら? 愛に殉じる……、と言うのもあるわよ?」


 ミラはどこか挑発的に言う。


「愛が大事ってのを否定しているわけじゃねえよ。だが、職も金もなければ、愛も薄れるからな」


 金がなければ、互いに余裕がなくなる。


 そんな状態に陥ってしまえば、愛を語り合うなんて余裕はないだろう。


 そんなことしている間に働け! となるのが普通じゃねえか?


「まあ、職はともかく、金のない男を選ぶのは難しいわねえ……」


 ミラが自分の頬に手を当てた。


 仮に、見た目で選んだとしても、金のない恋人といつまでも付き合い続けるのは難しいだろう。


 オレの場合、自分に張り付くコバンザメにしか見えなくなる気がする。


 どこかの王妃のように、無駄に消費し続けるだけの女ほど害悪なものはないのだ。


「じゃあ、ツクモさまは自分の恋人から、『仕事と私、どっちを選ぶの?』って言葉を吐かれたら、どうする?」

「そんな阿呆を選ぶ気はないが、その時点で『仕事』と答えるだろうな」


 そう言えば、昔、高田とそんな話をした覚えがある。

 あれは、人間界にいた時だったか。


 ―――― すごく大事な人ができたら、九十九はその人を選んでね


 選べるかよ。

 あの時とは違う意味で、今はそう思う。


 何より、今しばらくは、高田(あの女)より大事な人間ができるとは思えない。


「あの女がそう言ったら?」

「言わねえよ」


 高田は、オレたち兄弟の事情も知っている。


 何より、オレたちから離れて自立を目指しているような女だからな。


「じゃあ、あの『ゆめ』が言ったら?」

「知らん」


 言うはずもないが、深織とはそこまでの関係もない。

 もう関わることもないと思っている。


 まあ、一夜の夢はもらったらしいが、それすらオレは覚えていないのだ。


「ツクモさまは、過去の女に拘らないタイプなのね」


 そうだろうか?


 いつまで経っても高田(シオリ)に拘っている辺り、そうは思えない。


「もともと付き合っていたし、身体も重ねたのだから少しぐらい情が移るものでしょう?」

「覚えてねえ」

「あら、酷い」

「無意識だったからな。本当に覚えてないんだよ」


 実は「強制命令服従魔法」が作用した結果だが、そこまで説明する必要はない。


「あの『ゆめ』……、そんな手段まで……」


 ミラは何やら呟いているが、気にしないでおこう。


 さて、高田たちも移動を始めたようだ。


 あの男に手を引かれている点は気に食わないが、野放しにされるよりは安全だと割り切ろう。


「オレは行くぞ」

「あ、待って!」


 どうやら、ミラも付いて来るようだ。


 断ってもどうせ付いて来るだろうから、止めることはしない。


 見えている木から木へ移動することは、移動魔法が使える魔界人にとっては難しいことではないからな。


「それにしても……」


 人間界にいた時に出会った人間との遭遇率が妙に高い気がする。


 行く先々で、高田やオレの知り合いに会っているのだ。

 それは、確率にしてどれくらいだろうか?


 ただ中心国関係者ならなんとなく分かる。

 魔力が強い人間同士は惹かれやすいのだ。


 だから、同じ人間界へいったなら、出会う確率は上がるだろう。


 だが、ここは「ゆめの郷(トラオメルベ)」だ。

 王族や貴族なんて関係ない。


 それなのに、何故、それぞれの知り合いに会うのだ?

 これをただの偶然と片付けてしまって良いのか?


 さらに、ミラがこの場に現れた理由も気になっている。


 先ほどからの彼女の言葉に嘘は感じられないが、それでも、どこかでひっかかりを覚えているのだ。


「あの紅い髪の男は来ているのか?」

「兄様? ええ、私より先にここに来たわ」

「『ゆめ』を買いに……ってわけじゃないよな?」


 少なくとも、ヤツは「発情期」になる心配はないはずだ。


「まあ、さっきも言ったけど、その辺りはいろいろとこちらの事情があるから説明はできないわね」


 言葉は濁されたが、否定もされなかった。


「それとも、ツクモさまが私のモノになってくれる? それなら、話してあげなくもないけど?」

「は?」


 意外な提案に、オレは短く問い返した。


「ツクモさまは、もうあの『ゆめ(元彼女)』に未練がないのでしょう? それに、あの(主人)にもこんな形でしか傍にいられないなら、そんな選択肢もあるんじゃない?」

「ないな」


 確かに深織に対する情はあまりない。


 だが、高田に関しては別だ。


「分かっていたけど、バッサリね」

「当然だ。アイツは離れて欲しいかもしれんが、オレは離れる気はない」

「兄様に似てるわ、その考え方」

「一緒にするなよ」


 あれはストーカーの論理だ。


 対して、オレのは、護衛の心理だ、多分。


「雇い主から解雇宣言されない限りは、オレから離れる気はねえ。それに、今更、他の仕事を探せるかよ」

「私がもっと好待遇で雇うっていうなら?」

「それは無理だな」


 そう言って、オレは紙と筆記具を取り出してさらさらと書く。


「これを越える待遇だぞ?」


 そう言って、オレたちの現状を書いた紙を見せると、ミラは分かりやすくその顔色を変えた。


 どうやら、彼女の中でも、この条件は普通の感覚ではないのだろう。


 少なくとも、これまでいろいろな職を見てきたが、オレはこれを越える条件を見たことがない。


 勿論、最初からこんな好待遇ではなかったらしいが、これまでの評価もあって、ここまでとなったと、高田がセントポーリア城に行った際に兄貴から聞いた。


 待遇に不満がないのにそう簡単に変えたいとは思えるはずもない。


 いや、それらは全て建前だな。


 オレは、「高田栞」を他の人間に任せたくもないのだ。


 高田が、誰か別の人間の隣に立ったとしても、そんな彼女を一番近くで護るのはオレでいたいのだ。


「女一人の護衛に対してなんて厚遇。これって、周囲に漏れたら、あの女のことがバレるんじゃないの?」


 彼女が言うように、これだけの優遇措置を女一人のために行っていると国、特にセントポーリア正妃が知れば、確かに高田の存在には莫大な価値があると思われるだろう。


 尤も、これまでのセントポーリア国王陛下にとって、高田は、「王族」としての価値より「千歳さんの娘」としての価値を見出していた。


 だが、高田のセントポーリア城滞在時期を境に、さらにオレたちの給与が上がったことはここだけの話である。


「ミラは周囲に話さないだろ? 精々、あの紅い髪の男に話すぐらいだ」


 そして、あの男は、高田の価値を十分すぎるぐらい知っている。


 このことを知ったところで、そこまで興味、関心を持ちもしないだろうし、これらを周囲に吹聴するほど阿呆な人種でもない。


「……え?」


 ミラはきょとんとした顔を向けた。


 こんな顔を見ると、彼女が年下だと実感するな。


「この条件を知っているのは兄貴と雇用主だけだ。高田本人も、連れである水尾さんにも伝えたことはないよ」

「私、だけ……?」

「おお」


 これまで、具体的な金額を聞かれたこともなかったというのもあるが、あまり自慢げに語れることでもない。


「ず、随分、信用してくれるじゃない」

「ぐだぐだ問答するより、分かりやすいだろ?」

「そうだけど……。でも、確かにこれを越える待遇を約束するのって、王族でも難しいと思うわ」


 オレもそう思う。


 最初はどうか知らないが、今は、城下に住む一般家庭の年間生活費を越えるような月給になっている。


 オレ一人で使い切れず貯まっていったのは道理だろう。


 そして、さらに恐ろしいのは、これが、セントポーリア国王陛下の私費から出ていると言う点だろう。


 あの方も使い切れず貯め込んでいるらしいからな。


 だが、オレは知る。

 どこにだって物好きで酔狂な人種はいるということに。


 この数年後。

 オレはさらなる好待遇を別の国の人間から持ち掛けられることになるのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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