思いもよらぬ言葉
―――――――― また夢を視た。
最近、どうも夢見が良いとは言えない。
今回も出てきたのは、あの二人。
金髪の女性と銀髪の男性だった。
困ったことに、一度見た悲劇をもう一度繰り返して見せられている。
わたしは精神的苦痛を与えられて喜ぶような趣味はない。
加えて、人が不幸になるような悲劇が好きってわけでもないから、この状況はただの苦痛な時間でしかなかった。
「あなたは何が言いたいのですか?」
その人にわたしの声など聞こえるはずはない。
それでも、青年から告げられた言葉で泣き崩れている女性の後ろ姿に尋ねる。
彼女は泣きながらもただただ黙って、銀髪の青年の後ろ姿を見つめていた。
まるで、それだけが全てだとでも言うように。
分かっている。
これは夢だ。
昨日、視たものと同じ夢。
その結果も分かっているような夢。
だから、今、この場で腹を立てても仕方がないのだ。
だけど、何故だか彼女を見ているとイライラしてしまう。
なんだろう、この感覚。
酷く、胸の中に何かがくすぶるような変な気持ち。
そして、この顔もはっきりと分からない女性が、どこかで見たことがある誰かに似ているような気がしてすっごく嫌なのだ。
この気持ちは一体、何なのだろう。
「わたしの声は聞こえませんか?」
聞こえるわけがない。
彼女は彼のことで頭がいっぱいなのだ。
通りすがりの異邦人に過ぎないわたしの声など聞こえているものか、と自分でも分かっている。
もし聞こえているなら、存在に気付いているのなら、もう少しマシな行動を取ることもできるだろう。
彼女はただずっと泣いていた。
好きな人がいなくなるのは哀しい。
それも生きて帰れるかも分からない旅路なら尚のことで。
でも、だからといって彼の前では、ただ泣くだけしかしていない彼女には腹が立つ。
この人はなんとかできる力を持っているのに。
そうわたしは溜息を吐いた。
ここで場面が大きく変わるのだ。
実際、どれだけ彼女があの場所で泣き続けていたかも分からないけれど、ここから先は、そんな悲愴感が漂う女性はいなくなる。
それだけ、その後の彼女の取る行動は、明らかに普通の女性のものとはかなり違ったのだ。
友人の手を借りて、悲劇から一転、ここまでくれば喜劇としか思えないような惨状を引き起こしていく。
それは、当事者たちから見れば、まるで出来の悪い夢だったことだろう。
それを黙って、見続けているわたしにとっては、かなり笑える話でもあるが。
彼女は無理を通して道理を力尽くで引っ込ませる手腕を持っていたのだ。
それだけのことができるなら、何故、今までそうしなかった? ……と小一時間、問い詰めたい。
それは、ただひたすらぶっ飛んでいて、その結果、更なる悲劇に繋がったような気もしないでもないのだけど、それでも、彼女は自分の意思を貫き、その激しくも強い想いを貫き通すのだ。
そして、全てが終わった後、金髪の女性は再び、わたしに背を向けて、そこに腰を下ろした。
だから、その表情は分からない。
彼女が今、何を思っているのかも。
「どうして、あなたはわたしにこの夢を見せるのですか?」
こんな結末が分かりきった話を見せられても腹が立つだけだ。
いや、単に、わたしが勝手に作り出した空想なのかも知れないけど、わたしは当事者に尋ねずにはいられなかった。
その答えはないと分かっていても。
『同じだから』
「え?」
突然、反応があったことに戸惑う。
『この先、アナタに用意されている運命は決して平坦ではないわ。それでも、アナタは耐えられる?』
「え? え?」
混乱するわたしを無視して、彼女は背を向けたまま続ける。
『アナタはまだ幼い。心も身体も。でも……だからこそ知らなければならない。自らの出生以前からの業を』
「出生……以前からの業?」
えっと……つまり、生まれる前からの話ってことだろうか?
それならば、今のわたしにはどうしようもない話となる。
自分が生まれる前の話なんて知りようもない。
母なら分かるのだろうか?
しかも、業って確かあまり良くない話だよね?
それはあまり知りたくはないなあ。
『アナタが望まなくても、時は待ってはくれない。いずれ、真実を知ることになるでしょう。でも全てを知った時、それでもアナタはそのままの自分を貫けるでしょうか?』
さらに、相手は自分の言いたいことだけをズケズケと言ってくれる。
わたしの聞きたい言葉には何も答えてくれないくせに。
それが、余計に腹立たしい。
それに……こんなに近くにいるのだから、ちゃんとわたしを見て、会話をして欲しいと思うのはいけないことなのだろうか?
そして、彼女の言葉が何を意味しているのかは分からない。
それでも何故か、わたしはこれに答えなければならないのだ。
ふと、そんな気がした。
正しいとか間違っているとか分からないけれど、今のわたしの言葉で、彼女に応えなければ、此処に呼ばれた意味がない。
「……正直、大きく首を縦に振ることなんてできません。けれど……前も言ったようにわたしはあなたとは違います。同じ状況になったとしても同じ道は選ばないことでしょう。例え、それであなた以上の悲劇になったとしても」
わたしは彼女とは違う。
そこだけははっきりと言わなければいけない。
彼女がわたしを心配してくれているのは、よく分かっているから。
わたしは彼女の背に向けてそのまま力強く続ける。
「確かにわたしはあなたより子どもで、判断力とかも幼いし、あなたみたいに命を懸けた恋愛なんて経験もありません。だから、単純に比べるのは間違っていることでしょう。でも……それでも絶対あなたと全く同じ道は選ばないと思います」
『……そう。考えは変わらない……か。当然ね。アナタとワタシは基が同じでも、やっぱり違うのだから。その強さはワタシにはなかったものだわ』
少し寂しげな声をした彼女の金色の髪がさらさらと揺れる。
わたしはこんな状況だと言うのに、その髪がキラキラして綺麗だなと思った。
日本で生きていれば、こんなに自然な金髪をここまで間近で見ることはまずない。
絹糸のような髪という表現がよくあうと思った。
『ただ、これだけは覚えておいて。アナタがこれから赴く『魔界』と呼ばれる世界では魔力よりも魔法よりも強い意思を持った者が強い。だから、そのままの強い心を大切になさい。ワタシは……大事なところで弱かったから。そして、その心があの人を……』
そこで、彼女は言葉を止める。
そこにあるのは狂おしいほど激しい後悔の念。
わたしには、その先に続く言葉を予想はすることはできた。
夢で彼女たちの結末を知っていたから。
あまり良い言葉ではないだろう。
でも、それが本当に正しいのかは分からなかったので、黙っていることにする。
彼女たちにとって、他人でしかないわたしが、安易に口にして良いとは思えなかったから。
彼女とわたしは、互いに口を開かなくなった。
必然的にその場に沈黙が続くことになる。
知らない場所、知らない女性と同じ空間で無言状態。
普通ならかなり落ち着かない状況だと言うのに、今のわたしには不思議と居心地が悪いものではなかった。
いや、まるで、自分の部屋に一人でのんびりとくつろいでいるような感覚で、先ほどまでと違って心はすごく穏やかだ。
もしこのまま、ゆっくり眠ることができたなら、気持ち良いかもしれない。
でも、夢の中でもさらに寝ることってできるのかな?
そんなわたしの心の声が聞こえてしまったのか。
彼女はゆっくりと振り向いた。
初めて正面から見る彼女のその顔は……どう見ても『 』にしか見えなかったのだった――――。
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