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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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ここにいた意味

「それで……、結局、栞はどうする?」


 来島がもう一度確認する。


 外は既に真っ暗で、周囲には街灯がともっている。

 酒場からは陽気な声が聞こえ、供を連れて足早に移動する女性の姿もあった。


「帰る気があるなら、今からでも送るぞ」


 それはまるで、わたしが今から帰ると決めているような口ぶりで、思わず笑ってしまう。


「何だよ?」

「いや、来島は損な性格をしていると思って……」


 引き留めることもできるのに、彼は……、わたしをあるべきところに戻そうとしてくれている。


「知ってるよ」


 わたしの言葉に、彼は笑いながらそう答えた。


「それでも、お前の元気が出たなら、それだけで、俺がここにいた意味があるんだよ」

「大袈裟だね」


 気障だとも思う。


「事実だよ」


 流石に照れくさいのか、少しだけ別方向に視線を向けたが……、不意にわたしに向き直る。


「ただ……、一つだけ言わせてくれ」

「へ?」


 そう言って、手を伸ばした来島は……、そのままわたしを抱き寄せた。


「次、ここに来たら、もう我慢はしない。その意味は分かるな?」

「ふわっ!?」


 腕に込められた力とか。

 来島の体温とか。

 言われた台詞の意味とか。


 いろいろな感情が混ざって……、その結果、変な奇声が口から出た。


「が、我慢って?」


 なんとかそう問い返すのが精いっぱいだった。


 なんで、彼はこんなにも積極的に口説きに来るのか?

 こんなことに、慣れてないわたしは、既にいっぱいいっぱいだ。


 確かにライトとかもこんな感じだけど、これが同級生とかそう言った関係の男性だとまた違った感覚と感情になってしまう。


「聞きたければ、教えてやらなくもない。相応の対価は頂くけどな」


 そして、まだ攻めの手を緩めてくれる様子もない。


「いやいやいや! 結構です! 理解しています!!」

「それなら良かった。何も知らない娘を手籠めにするような趣味は持ち合わせていないからな」

「その言い方だけで、もう十分。お腹、いっぱいです」


 男性に抱き締められながら、わたしは何て会話をさせられているのだ?


「俺は十分、我慢したと思わんか?」

「ね、寝惚けてキスされただけで、十分でしょう?」

「そうなんだよな~。その件に関しては本当に悪かった」


 そう言って、来島はわたしを解放してくれる。


 心底、申し訳ないような顔で謝られると……、許さざるを得ない。


 それに、既にファーストキスというわけでもなかったためか、そこまでのショックもなかった。


 あまりにもあっさりしすぎていたというのもある。

 逃げられない! と、諦めるしかない状況でもなかった。


 何より、かなり驚いたけれど、そこまで嫌でもなかったのだ。


「別に良いよ。犬に噛まれたと思って忘れるから」


 思わずそんな言葉を返してしまった。


 よりによって自ら……、そう言ってしまうとは……。


「犬とは……、嫌な表現だな」


 来島は、そう露骨に嫌な顔を見せる。


「来島()、犬嫌いは治ってないの?」

「その言い方だと栞も治ってないんだな?」

「治らないね~」

「治せないよな~」


 実は、来島も犬嫌いなのだ。


 何の話だったかは忘れたが、人間界にいた時に、嫌いなものを聞かれて、「犬」と答えたら、目を丸くして「俺も」と答えられたことがある。


 何気なくその理由を尋ねたら、可愛がっていた犬の酷い事故現場を見てしまったせいだと蒼い顔をしながら言っていた。


 恐らくはその現場を思い出していたのだろう。

 申し訳ないことを聞いた。


 なんとなくという感覚だけで犬が苦手なわたしと違って、彼には明確な理由があるらしい。


「でも、お前も治っていないってことは、『犬に噛まれた』と言うのは忘れ難いと解釈して良いのか?」

「前向きな解釈だね……」


 思わず呆れてしまう。


 そう考えると、九十九との行為も似たようなもの……、いや、あれはもっと酷かったか。

 「犬に噛まれた」なんて表現では足りないぐらいに。


 もっと良い例えは……、崖から落ちかけていた時に、信じていた相手から無言で手を離されたような感じ?


「確かに忘れ難いことは否定しないよ」


 自分が望んだものではなくても、交わされた唇の感覚は本物だったのだから。


「栞は本当に素直だよな」

「隠しても得なことはないじゃないか」

「つまり、期待しても良いのか?」

「……本当に前向きだね」


 この強さはわたしにはないものだ。


 彼は、わたしを「強い人間だ」と言ってくれたが、彼の方がずっと強い気がする。

 わたしは強くなんかない。


 だから、知った気配が近づいて来るだけでこんなにも動揺するのだ。


「どうした?」

「ん」


 なんて、返せばいいのだろう?


 彼は、わたしに好意を分かりやすく寄せてくれているのに、わたしは……、別のことに意識を一瞬で持っていかれた。


「わたしの護衛が、迎えに来たみたい」


 そう答えるのが、やっとだった。


 やはり、居場所が分かっていた上で、そのまま放置されていたことは間違いない。


「そうか……、それなら……」


 そう言って、来島は何故かわたしの手を握って……、そのまま、その指を一本だけ口にする。


 口内の生温かく湿った感覚にぞわっとした。


 同時に、思い出された生々しい光景があって……、思わずわたしは、何も言わずに思い切り自分の手を振り払った。


 心臓が破裂しそうなほどバクバクと言っている。


「そんな様子で、()()()()と対峙はできそうか?」


 わたしは俯いたままだったために、来島がどんな顔でそう言ったのかは分からない。


 口にあった指を力任せに引き抜いたために、それなりの痛みがあったとは思う。

 わたしの指先には変な手ごたえがあったのだから。


 でも、そんな様子は見せずにわたしを心配してくれる。


 顔を上げて、その様子を確認したいのに、どんなに胸を押さえても、この激しい動悸は止まってくれなくて、わたしの視線はその胸と抑えた手をから離れなかった。


「む……、無理……」


 なんとかその言葉だけを絞り出す。


「思った以上に、傷が深そうだな」


 これは、傷が深いとか、そんな問題なのだろうか?


 だけど、震えが止まらなくなる。


「俺も……、怖いか?」


 そう問われて、無言で首を横に振る。


 来島が怖いわけじゃない。

 ただ、思い出されたことが怖いだけ。


 そして、脳裏に浮かんだのは別の人だった。


「それなら良かった」


 そう言って、来島はわたしの手をもう一度掴んだ。


「や……」


 反射的に思わず振り払おうとしたけど、そのまま、抱き寄せられた。


「はへ!?」


 来島からの予想外の行動に、思わず頭の中が真っ白に染まる。


 そして、先ほどとは別の意味で、心臓が早鐘のように動いたことが分かった。


 怖さよりも、驚きの方が強い。


「大丈夫だ」


 来島はわたしの背を撫でながらそう耳元で囁く。


「な、何が!?」

「俺がちゃんと守るから」

「ほへ?」


 先ほどからまともな返答ができていない。

 だけど、先ほどから少しずつ全身の力が抜けていくことだけはよく分かる。


 もう何度目になるか分からない抱擁に慣れてしまったのだろうか?


「だから、大丈夫だ」


 力強く言われて、わたしは無言で頷いた。


「でも、本当に……、近くに護衛がいるのか?」

「うん」


 来島はわたしを腕に収めたまま、確認する。


 でも、近くにいることは間違いないのに、それ以上近付いてくる様子はなかった。

 だから、どこかで様子を窺っていることは確かだろう。


 よく知る気配が突き刺さるものに変わったから。


 九十九は、わたしのこんな状態を見て、どう思っただろうか?

 流されやすくて弱い女だって思っているかな?


 だけど、仕方ないじゃないか。

 今は、本当にあなたの顔を見たくないのだ。


 あのことに関しては、九十九が悪いわけじゃないし、いろいろと仕方のない事情はあったことも理解はしている。


 それでも、理屈はともかく、感情は納得できない。


 それに、あんな態度をとってしまった後で、わたしは彼に対してどのツラを下げて会えば良いのか?


 その答えは、今はまだ出せる気はしなかったのである。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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