比べる基準がおかしい
「あ~、俺、寝てたか」
しっかり覚醒して、開口一番、来島はそう言った。
「悪い、寝るつもりはなかったんだ」
いや、寝たことは悪くないけれど、あなたが寝惚けてやらかしたことは凄く悪いと言いたかった。
だけど、それを覚えてもいない彼に言ったところで、無意味に終わることだろう。
それなら、今後、彼との関係が気まずくならないように、何も言わない方が良いかもしれない。
あれぐらい、犬に……、いや、虫に刺されたようなものだ。
そう思うことにしよう。
「? どうした?」
「なんでもない」
わたしの様子がおかしいことに気付いた彼が問いかけてくる。
だけど、それに対してわたしは笑顔を貼り付けた。
「なんでもないなら良いんだが……」
そう言いかけて……。
「……俺、何かしたか?」
そんな核心に迫る質問をした。
「なんで?」
下手なことを言うより、その根拠を確認する。
「栞の体内魔気がかなり激しく乱れているから」
表情からではなく、体内魔気で判断されたのか!?
そう言えば、彼は体内魔気や大気魔気について、ちょっと敏感だった気がする。
いつも、魔法具で抑制しているためか、自分の魔気に籠る感情まで、わたしは隠し通すことができていないらしい。
……というか、どうしたら、これって誤魔化せるものなの!?
「悪い。やっぱり俺が何かしたんだな?」
「何かしたというか……」
どこまで体内魔気に感情が籠るのかは分からないけれど、これは隠すことができないと思った。
「さっき寝惚けた来島から、キスされた」
「マジか!? 悪い!!」
意外にも、凄い勢いで謝られた。
「口か? 消毒、いや、洗浄……、いや、思い切って浄化魔法、使うか?」
「そこまでしなくても良いから!!」
消毒、洗浄の魔法は九十九もよく使う。
だけど、浄化魔法は対象者だけではなく、周囲まで浄めてしまう魔法で、まあ、呪われたモノ、行き過ぎた念が籠ったモノに対して使うものだと恭哉兄ちゃんから聞いたことがあった。
誰でも使える単純な魔法ではないらしい。
幸い、わたしには適性があったらしく、ストレリチアで契約は出来たけど、例によって使うことは未だできない。
「それにしても、浄化魔法なんて、変わった魔法が使えるんだね」
わたしが思わずそう言うと、来島は一瞬、動きを止めて……。
「そっか。お前、ストレリチアにいた時期があったって言ってたな」
何故か淋しそうにふっと笑った。
「うん?」
「普通は、『浄化魔法』なんてマイナーな魔法に反応しないぞ?」
「マイナーなの?」
確かに、昔のわたしは契約していなかったみたいだけど。
「メジャーではないな」
「『伐採魔法』とか、『掘削魔法』とかより?」
「それはメジャー、マイナーって話じゃなく、契約すること自体が、物好き、酔狂クラスの魔法だな」
わたしが言った魔法は、その職業に興味を持たない限り契約しない魔法だ。
つまり、一般的ではない。
そして、何故か九十九が契約している魔法でもある。
あの人は、一体、何をしたくてそんな魔法を契約したのかも分からない。
「『浄化魔法』は使い手を選ぶ。法力が使える人間なら契約しやすいらしいけどな」
それで、ストレリチアでは使い手が多かったのか。
「来島は、法力が使えるの?」
「少しな。適性があったらしいから、5歳から10歳の間、ストレリチアに放り込まれた。どの国でも、神官は必要だからな」
「髪の毛伸ばして、見習神官の髪型にして?」
わたしと出会う前の時期だ。
今より可愛らしい顔の来島を想像した。
「悪いかよ」
「いや? 来島は割と似合いそうだね」
「おう。愛らしいと評判だったぞ。時間なくて、茶色までで終わったけどな」
茶色……。
それは神官の服の色だ。
その色は、正神官の下で準神官の上の神位である下神官。
5年でその場所へ上がったなら、そこまで遅くない。
寧ろ、年齢的にはかなり早い部類だろう。
しかも、時間がなくてと言うことは、まだ上に行けるほどの実力があったと言うことか。
20歳で大神官に上り詰めた恭哉兄ちゃんと一般的な人を比較してはいけない。
あの人の早さは異常だから。
5歳で正神官になっているような人だ。
いろいろおかしいと、ストレリチアに滞在した今ならはっきり分かる。
「時間って……?」
「他国滞在期」
「おお」
言われてみれば、来島は小学校が一緒だった。
その頃は話したこともなかったけれど。
なるほど、それで10歳までだったのか。
……と言うことは、来島はやはり身分が高いってことになる。
それなのに……、どうしてこんな所で働いているんだろう?
一度、神導と呼ばれる神官の道を志した神官は、懲罰で神位を剥奪されず、自己都合による還俗なら、復職……、再神導できなくもないらしい。
しかも、その時点の神位から再び始められるのだ。
来島の言うことを信じれば、下神官に戻り、そのまま正神官を目指せば、どこの国でも神官として受け入れられる可能性はある。
今の彼のように、危険な仕事に就くことはしなくてもよさそうなのに。
「それなら、『滞在期』がなければ、もっと高い神位にいたかもね」
彼が人間界に行くことがなければ、そこでわたしと出会っていたかもしれない。
お互いに知らない存在として……。
「大神官になっていたかもな」
「それはないな」
2歳から神官の道に入った恭哉兄ちゃんでもその神位に上がったのは、20歳だったのだ。
来島の法力の才がどれくらいかは知らないけれど、わたしと同じ17歳の彼が、その場所に上がるのは少し難しいと思う。
「じゃあ、青色か?」
「……それはなんとなく嫌だ」
彼が言うのは、高神官である「青羽の神官」のことだ。
高神官に若い人がいないから、かなり目立ったことだろう。
でも、もし彼がその神位にいたら……、「青羽の神官」って言葉がここまで嫌になることもなかったかもしれない。
「それはない……と言うかと思った」
「大神官さまが『青羽の神官』になったのは12歳だから、そっちは可能性もなくはないなと思うよ」
「よりによって大神官猊下が基準かよ」
「基準というか、先例があるなら無理とは思わない」
恭哉兄ちゃんだって、ちゃんと人間から生まれた人間……のはずだ。
話を聞いた限りでは、少しばかり強烈な性格の母親っぽいけれど。
「最年少記録を塗り替えまくったあんな天才と同列に扱うなと言っているんだよ」
「天才かもしれないけど、人の子ですよ?」
「あの大神官猊下を人間扱いできるのは、若宮とお前、それにジギタリスの第二王子殿下ぐらいだ。ほとんどの人は、あの方を同じ人間としてみないからな」
「まあ、近寄りがたいからね」
その中身を知ると、別の意味で近寄りがたい気がするけどね。
実は、ああ見えて、雄也さんと同じ系統の腹黒大神官さまだから、恭哉兄ちゃんは……。
「隠すなら、もっとうまく隠せ」
「へ?」
「俺は先ほどから、一般人では知りえない情報を言っている。普通の神女でも知らないような話をな」
「いや、来島には何故だかバレているっぽかったから今更、隠すのも……と思ってた」
うん、探りを入れられているのは気付いていた。
だけど、隠すほどのことはない。
既に、相手には知られていることなのだから。
「『導きの聖女』……。栞もなかなか、因果だな」
そう言って、どこかで見たことがある姿絵をわたしに見せた。
「美人さんだよね」
藍色の髪、ワカたちのような緑色の瞳、そして、化粧を施されているため、わたしとはかけ離れて見える顔。
でも、わたしを知っている人なら一人ぐらい、そのことに気付く可能性はあるとも思っていた。
ワカだって、一目でわたしだと見抜いたぐらいだ。
それなりの眼があれば分かってしまうことだろう。
姿絵とは言え、雰囲気まで似せているものもあるのだから。
「そこは誤魔化せよ。その術はあっただろう?」
「誤魔化しても、追求してくるでしょう? それに、長く離れていたのに分かってくれたことは純粋に嬉しいからね」
あれから、月日が経って、わたしもそれなりに成長している。
……多分。
それでも、わたしを分かってくれたというのは素直に嬉しいことだろう。
昔からそう願っていたではないか。
―――― どんなに変わっても、わたし自身を見つけて欲しい、と。
それが、いつの、誰の記憶だったのか。
今となっては、もう思い出せないのだけど。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




