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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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【第53章― この手を伸ばして ―】無防備で無警戒

この話から53章です。

よろしくお願いいたします。

「ふわっ!?」


 目が覚めた時、わたしは思わず奇妙な声を上げてしまった。


 いや、これは叫ぶ。

 ほとんどの女子が叫ぶ。


 こんな奇声ではないにしても、絶対に叫ぶ。


 起き抜けに赤い髪のお顔が整っている殿方のお顔が、どアップで目に入ったのだから。


 そして、何がどうして、こうなったのか。

 本当に記憶にないのだから。


 そして、この役目っていつもは護衛である九十九だった。

 彼なら寝顔を見ることも見せたことも何度もある。


 だから、わたしが別の男性を見ることがあるなんて思いもしなかった。


「く……、来島?」


 思わず彼に呼び掛けて確認するが、反応は全くなかった。

 目を閉じ、規則正しい呼吸をしていることから、どうやら眠っているようだと分かる。


 思わず、自分の身体や服を確認するが、特に痛みもないし、乱れてもいない。


 ()()()とは、はっきりと違う。


 あちこち痛かったし、乱れたなんて可愛らしい表現では済まされないほど激しい状態だったから。


 改めてまじまじと観察する。


 彼の眉の赤さは気付いていたけど、こうしてよく見ると、睫毛の先までしっかり赤いようだ。


 わざわざここまで着色や染色はしないだろうから、彼の髪の毛の色も含めて、本当に天然の赤毛なのだろう。


 紅い髪のライトも、何度か間近で見たが、そうだった気がする。


「もしかして、付いていてくれた……、だけ……?」


 警戒することもなく、わたしの目の前で目を閉じている彼を見て、わたしはそう結論付けた。


 手を出されたかったわけではないので、そのことにホッとする。


 でも、殿方の部屋に単身、赴くということはそうなる可能性もあるということだ。


 どんなに長い付き合いの幼馴染でも友人でも、男の人は簡単に女の信頼を裏切ってくれるのだから。


 いや、九十九の場合は仕方ないと言えなくもないけれど、それでも、わたしのどこかにそんな感情があるのだろう。


 あの人は、信頼を裏切った……と。


「あ……? 俺、寝てた……か?」


 ぼんやりとした視線のまま、目が覚めた来島は顔を上げた。


 そこで、わたしと目が合う。


「…………? まだ夢……か?」


 何故かそんなことを言う来島。


 どうやら、彼はまだ寝惚けているらしい。

 その様子は、いつもと違ってかなり幼く見えて、少し可愛いと思ってしまった。


「…………いや、待て?」


 不意に、いつもの口調に戻る。


「あれ? 何がどうなって?」


 いや、どこか戻り切ってない。


 九十九は目覚めが良いので、こんな反応はどこか新鮮な気がした。


「おはよう、来島」


 わたしは彼の顔を覗き込みながら声を掛けてみる。


「お、おはようございます?」


 何故か疑問形、それも敬語で返答された。


「……栞……?」

「うん」


 まだぼんやりしているらしい。


 だけど、次の瞬間……、伸ばされた手がわたしの頬に触れる。


 その行動の意味を考える前に来島の顔が近づき、わたしの口に柔らかい何かが触れた。


「…………へ?」


 我ながら、間抜けな言葉しか出てこなかった。


 それだけごく自然に口付けされたのだ。


 マシュマロというよりも、水まんじゅうのような不思議な感触が残る唇に、思わず手を触れる。


 せめてもの救いは、これがわたしにとってファーストキスではなかったことか。


 いや、初めてのキスの方がもっと状況は良くなかったけど。


 そして、ごく自然にわたしの唇を奪った男は、そのまま、なんか倒れて再び意識を飛ばしているし。


 わたしにいきなりキスしてくる殿方は、最終的に倒れて意識を失うまでがセットなのだろうか?


 えっと?

 これはつまり、来島から寝惚けてキスされたってことですよね?


 思考の中で戸惑いを纏った疑問符だけがぐるぐる回り続けている。


 これまでに彼をそう言った対象として見ていなかったことも、わたしにとっては衝撃的だった。


 いや、確かに彼からは好意も、そう言った感情もそれとなく伝えられていたけれど、どこかわたしは、それらを本気にとらえていなかったのだ。


 それにしても、「ゆめの郷(ここ)」に来てから、いきなり大人の階段を数段飛ばしながら駆け上がっている気がする。


 そんなこと、わたしは全然望んでいないのに。

 ここがそう言うことをしたりする場所だからだろうか?


 それにしても、恋人でもない異性たちからキスされるって、どれだけわたしはいい加減な女なのか?


 せめて、特定の一人だけだというのなら辛うじて許されなくもないだろうけど、初めてのキスから一週間と経たないうちに別の男性が相手である。


 どれだけ、浮気性なの?


 これって、九十九と来島の間接的なナニかってことにも?

 いや、あの後、ちゃんと顔を洗っているのだからその辺は大丈夫ってこと?


 もしかして、魔界人では口付けって、欧米のように挨拶みたいなもの?


 でも、これまでに様々な殿方たちから抱擁はあるけど、口同士はここに来るまで本当に経験はなかった。


 但し、記憶がある部分に限る。

 幼い頃など、自分が覚えていない時代までは断言できない。


 ああ、でも、来島は確か、本場の英語を学ぶために中学生の時、短期ホームステイ経験があったはずだ。


 だからセーフ?


 いや、待て。

 その結論は可笑しい。


 ここは魔界だ。

 ホームステイってレベルじゃなく、異文化交流しているのだ。


 いや、恋人でもない、複数の異性に、抵抗もなく、唇を許してしまった時点で、十分、女性としては、野球でも稀少な第4アウト(fourth out)と同じだよ!


 来島はわたしのことを好きだと言ってくれていたのだから、先ほどの行為は挨拶ではなく、好意から来るものと判断して良いの?


 凄く手慣れていたとも思った。


 手を伸ばして、顎や頬に触れるではなく、後頭部を掴んで逃がさないやり方。

 でも、素早い動きではなく、流れるような動きで、警戒することも忘れたぐらいだ。


 逆に九十九の時は、強く引かれ、その動きも早かった。

 あれはあれで、躱しにくい。


 だけど、今回の相手は完全に寝惚けていた。

 その時点で、彼から真意を問い質そうとしても無駄だろう。


 彼自身が全く覚えていない可能性が高い。


 自分の気持ちがはっきりしていないにも関わらず、このような行為を覚えていないことについては妙に腹立たしく感じるのは何故だろうか?


 そう言えば、九十九に対してもそんな感情を抱くことが多々ある。


 自分はそこまで好きじゃないけど、相手には自分だけを好きでいて欲しい。

 いい加減な気持ちで接して欲しくないってことだろうか?


 それって少しばかり我が儘すぎません?

 お前(わたし)は一体、何様だ?


 動揺からか、混乱する頭に統一性、一貫性はない。

 いろいろな感情だけが巡り、回り続けている。


 冷静に考えてみれば、(さき)のキスも、今回のキスもわたしに非があるとすれば、異性に対して無防備、無警戒だったことぐらいしかない。


 どちらも自分が望んだ結果ではないのだ。


 それに、わたしはこの時点で誰とも肉体関係になったわけではない。


 いや、九十九との行為に関しては、その辺りがちょっと微妙ではあるけれど、「発情期」が原因のために判定としてはグレーゾーンというやつということにしたい。


 少なくとも、わたし自身は、まだ「清い身体」と呼ばれる状態にあることは間違いないと言えるだろう。


 だが、そう言った経験に不慣れな人間としては、一方的にされたとは言え、キスはキスなのである。


 ふしだらで、身持ちが悪い人間になってしまった気がして、自分と言う人間が気持ち悪い存在にしか思えなかった。


 そして、何故か自分は異性と関わってはいけないのではないかと言う……そんな極論に行きつく。


 だが、人類の半分は異性である以上、それが叶うはずもない。


 何よりも、今の自分の生活の基盤そのものがその「異性」という存在に支えられ、頼っている以上、それは不可能だということに、わたしが気付くまで、5分ほどの時間がかかることになるのだけど。


 そして、その5分は、彼が覚醒するまでには十分な時間だった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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