違和感を覚える味
前略、母上様。
わたしは今、生まれて初めて、護衛である九十九や雄也先輩以外の男性と二人きりで一晩過ごしています。
草々。
いや、別に一晩、一緒に過ごしていると言っても、普通におしゃべりしているだけなのだけど。
あれから、特に色気のある会話にもならず、普通に話している。
でも、中学時代でも彼とここまで話し込んだことはない気がした。
しかし、趣味の話ってなんでこんなにも盛り上がってしまうのでしょうか?
「人間界から離れて、一番、嫌だったのは、好きだった漫画の完結を見届けられなかったことかな」
始まりはわたしのこんな感じの言葉だった気がする。
「それが一番で良いのか? お前……」
呆れたように言う来島。
「いや、だって、あの新選組の漫画とか……、これまでの新選組ものよりすっごく今までにない視点の話だったから最後どうなるかが気になっていたし、あの剣術ものだって話が佳境に入っていて……」
悔しいけれど、それらは全て完結まで読むことができなかった。
当然の話だけど、わたしの都合に合わせて、連載が終わってくれるはずもないのだ。
人間界に残れば、ちゃんと完結まで読めたかもしれないけれど、それでも、周囲の人間たちの安全性と、自分の趣味とを秤に載せるほど阿呆にはなり切れなかった。
それに、「思い出」と称してこの世界に持ち込むには、少しばかりわたしの蔵書の量も多すぎたし、何より、持ち込めるという事実を知らなかったのだから、仕方ない。
「お前は本当に日本史関係好きだな」
「日本人ですから」
わたしはきっぱりと言い切る。
半分だけでも日本人の血が流れている自分が、自国の歴史好きで何が悪いというのか。
「日本人って……」
でも、そんな事情を知らない来島が苦笑する。
「俺は歴史って、苦手なんだよ。歴史は強者によって創られるものだからな」
「まあ、そんな面はあるね」
その点は否定しない。
「その当時を知る人間がいなくなったことを良いことに、好き勝手都合よくするヤツがいるだろう? あれが、俺は嫌なんだ。記録なら、ちゃんと正確なものを残せ、と」
その気持ちは分からなくもないが、歴史的な資料ではなく、一種の物語として楽しむ分には問題ない。
習った歴史の全てが真実だとはわたしも思っていないし、知られていないだけで、数多くの過大解釈も、誤解も、改変も、隠蔽ですらあったことだろう。
「わたしは歴史の批評家になりたいわけではないから、もしもの話も好きだったよ。ちょっと昔の漫画になるけど、本物が暗殺され、影武者の方が生き残るって頑張るって話も好きだった」
口にすると、その内容まで次々と出てくる。
我ながら、意外と覚えている物だと感心しながら。
そうして、一頻り話し込んだ後……。
「ああ、さっき言っていた剣術ものなら、お前が魔界へ行った後に完結したぞ」
そんなことを来島が口にする。
「え? 本当!?」
「おっとここに偶然、その数冊が……」
そこに取り出されたのは、まさに話題にした漫画作品だった。
なんでこんな所にあるのかという疑問よりも先に……。
「読みたい」
この上なく素直な欲望が口をついていた。
「言うと思ったよ。他にも数作品、最初から完結まで持っているが、どうする? 俺の趣味のやつだったから栞の好みに合うかどうかは分からんが」
「それらも読みたい」
「はいはい、仰せのままに、お嬢様」
そう言いながら、来島は、いくつも漫画を出してくれた。
でも、まさか、この世界に来てまで人間界の漫画が読めるとは思ってもいなかった。
しかも、自分が好きだった作品の数々である。
これで、ときめかなければ「高田栞」ではないでしょう。
いや、「お絵描き同盟」の活動中に、カルセオラリア城でも数冊は見たけど、ここまでわたしの好みに合致はしていなかったのだ。
普通、殿方でここまで漫画の趣味の合う人間はいないと思う。
だが、不思議なことに、少女漫画まであるのは何故だろう?
「これで後、数年は戦える」
宝物たちを前に、わたしは思わず拳を握ってしまう。
「そこは10年じゃないのか? そして、何と戦うつもりだ、お前は……」
呆れたように来島が突っ込んだ。
そんなことはどうでも良い。
今は、目の前にある漫画をただひたすら読みたかった。
ここにないのは、まだ完結していないのだろう。
単純に、来島の趣味ではないだけかもしれないけど。
そんなにいっぱいあっても読み切れないから、この全28巻と思われる作品からありがたく読ませてもらおうかな?
「悪いけど、俺は先に寝るぞ」
「ああ、うん。おやすみ~」
少し時間が経って、そんな会話をした気がするけど、あまりよく覚えていない。
これについては、絶対に来島が悪いと思う。
漫画を与えたら、普段は早寝のわたしだって、うっかり完徹してしまうような人間なのだ。
そんな人種が、ほんの数冊ではなく、完結までセットで準備されていたら、読んだことがあっても最初から読み返しちゃうよね?
時間も忘れて次々読みふける。
それら全てには、いろいろな物語の終わりがあった。
「ああ、この主人公、身を引いたのか」とか。
「あ~、この終わり方、ちょっとだけ納得できない」とか。
「この結末って、幸せになれると思ったのに、それは長く続かないってことだよね」とか。
気付けば、そんな感想を呟いていた。
創作者の意図によって、左右される主人公たち。
幸福な結末が用意された主人公もいるけれど、当然ながら、その全てが幸せに終わるわけではない。
でも、どうせなら、一読者としては、思い入れの深い登場人物たちには、幸福な結末を望みたいのだ。
「それなら、やはり幸福な主人公の話を描くしかないのか」
わたしは自分で漫画を描きたくなったきっかけを思い出した。
幼な心に、自分が納得できる結末のものを読みたくなった。
それが全ての始まりだった気がする。
それでも、物語性を追求すれば、最初から最後まで幸せと言うわけにはいかないだろう。
人生、山あり谷あり。
起伏が無ければ面白くないことは知っている。
最初から最後まで、問題なく、躓きもなく、障害無しで勝ってばかりの人生ではつまらないから。
「まさか、お前……、一晩中、読んでたのか?」
「はへ?」
来島のそんな声で、わたしは顔を上げる。
窓の外から眩しい光が見えた。
どこからどう見ても、朝日が昇る図である。
つまりは、「サンライズ」ってやつだね。
「まだ読んでも良い?」
「駄目だ! 少しぐらい寝ろ!!」
流石に許されなかった。
「え~?」
「そんな可愛く言っても駄目だ。寝ないなら運ぶぞ?」
「でも、まだ眠くないよ?」
まだ後、数十冊はいける気がする。
「それは、徹夜でハイになってるだけだ! 体力を回復させてやれ」
「うぬぅ……」
持ち主の機嫌を損ねても良いことはないだろう。
わたしはあきらめかけ……。
「でも、後一冊ぐらい……」
また本を手に取る。
いよいよ、黒幕が登場して、これから戦うと言う時なのに、我慢しろと?
そんなわたしの心の声が聞こえたのか……。
「分かった。じゃあ、せめて、この茶を飲め。お前、全然、飲んでないだろ?」
来島は、緑色のお茶を差し出してくれた。
夜に淹れてくれた緑茶だろう。
「ああ、うん。ありがとう。ちょうど、喉が渇いていたんだ」
「薬草茶だから、疲れもとれるぞ」
それは、知ってる。
飲んだことがあるお茶だし、九十九からもその効能は聞いていた。
「あれ……?」
でも、今、口にしたのは、夜、飲んだものと味が違った。
そして、わたしはこの味に覚えがある気がする。
この味は確か、エラティオールとカルセオラリアの国境の町で飲んだような?
その効能は確か……。
全身が急激に重くなり、わたしはゆっくりと机に倒れた。
目を開けていられないほどの疲労感。
そして……。
「おやすみなさい、栞」
そんな優しい来島の声が、意識のどこか遠いところで聞こえた気がしたのだった。
作中に出てくる漫画は実在のものですが、この断片的な情報だけでどれだけ分かるものでしょうか?
ここまでお読みいただきありがとうございました。




