違和感のある事例
「そこら辺に適当に座れ。茶を淹れてくる」
来島はそう言って、部屋の奥に向かう。
そっちの方に台所があるのだろう。
後は、浴室と洗面所かな?
わたしが泊っている部屋よりもこぢんまりとしている。
もともと人間界で育った身としては、これぐらいの方が落ち着くのだが、どうしても、魔界の建物って広くなることが多いのだ。
それにしても……。
「座れって……言われても……ねえ?」
周囲を見た所、この部屋にはベッドが一つ。
それに、机と椅子が一脚ずつ。
見事なまでの一人部屋である。
扉があるから別の部屋もあるっぽいけど、案内されたのはこっちだから、そちらは客を迎えるような部屋ではないのだろう。
でも、部屋の主を差し置いて、椅子に座るわけにはいかないし、ベッドは流石に問題なのはわたしでも分かる。
少し考えて、わたしはそのまま、床に座った。
わたしが借りている部屋の方が絨毯はふかふかしていると思いながら。
「いや、適当にとは言ったが、なんで床なんだよ?」
茶器を持って戻って来た来島が呆れたようにそう言った。
「それ以外は問題だと判断したから?」
「女を床に座らせる方が大問題だ。椅子使え、椅子」
そう言って、片手で机を動かして椅子とベッドの間に置いた。
そしてどうやら、部屋主はベッドに座ることにしたらしい。
「お前が警戒する方向と気遣う方向がおかしいことはよく分かった」
「男女の違いかな?」
「人間の違いだ。普通、ベッドか椅子の二択だろ?」
「床でも平気な人種なので」
「一応、お貴族さまだよな?」
「貴族生活をしたことはないよ」
「していたら、こんな状況にはなってないな」
そう言いながら、彼は手慣れた様子でお茶の準備を始めた。
「それ、ニルギス?」
見覚えのある黒い茶葉を見て、わたしは確認する。
「お? 分かるか? 薬草茶だが、煎じたものが人間界の緑茶に似ていて、俺は好きなんだよ」
その言葉に誰かが重なる。
「ちょっと学ぶ機会があったから」
「『バッカリス』産だ。品質も保証する」
そりゃ、わたしの護衛が中心国の国王陛下たちにも自信を持って提供できるほどのものだからね。
一緒に出されたお茶請けは、流石に誰かさんが作るように和菓子ではなかったけれど、クッキーのようで美味しかった。
「ふう……」
思わず一息零れる。
夕食の時間が遅かったせいか、あまりお腹には入らなかったけど、落ち着いたことは確かだ。
「もっと驚くと思ったんだがな。これ、緑茶に似てるだろ?」
「わたしでも労なく淹れられるお茶だからね。知っていたよ」
それを教えてくれたのは別の人だけど。
「あ~、確かにこれ、管理も楽だからな。でも、他国の人間なら知らないと思ってた。薬草茶って敬遠されやすいからな」
「他国の人間だけど、スカルウォーク大陸にはそこそこいたからね。薬草の知識も少しあるし」
カルセオラリア城にいた頃、トルクスタン王子に頼まれて、いろいろと薬草の絵を描いてきたのだ。そして、その特徴も少しは覚えている。
そして、その結果、何故か城の崩壊に巻き込まれることになったりもしたけれど。
「あの手配書のせいか?」
「それはあるね。どうしたって、定住できないから。お世話になった人にも迷惑かかっちゃうからね」
わたしは溜息を吐く。
あの手配書がなければ、いろいろ落ち着いた後に、ストレリチアにいることは出来たかもしれないね。
「どれだけの地域を移動した?」
「セントポーリア城下から始まって、ユーチャリスに向かったり、ジギタリスに行ったりしたかな。途中、定期船止まって焦ったけど」
実際、ユーチャリスには行かなかった。
その方向に向かって折り返しただけだ。
「定期船……、ああ、アリッサムが消滅したからな。あの時期か」
「おや、良く知ってるね」
定期船休航期間は、混乱を避けるためにアリッサムの消滅は隠されたらしい。
発表時期もずらされている。
そして、一般的にアリッサムはカルセオラリア城のように「崩壊」したとされ、全てが綺麗さっぱりと「消滅」してしまったということは伏せられている。
知っているのは、世界各国のお偉いさんとか、フレイミアム大陸内に住んでいる人たちぐらいらしい。
例外として、水尾先輩たちのように、アリッサム襲撃から逃げ切った人たちも……かな?
「フレイミアム大陸出身者だからな。その情報は知っている」
「ああ、そう言えば、そう言ってたね」
それに、来島の纏う体内魔気は火属性だ。
フレイミアム大陸以外の出身と言われる方が驚きだろう。
「だから、他国なのに知っているお前の方が不思議だ」
「情報収集に長けた護衛がいまして」
「…………笹さんか?」
「いや、その兄」
「……って、雄也さんもいるのかよ!?」
「いるね~、兄弟だから」
そう言えば、雄也さんと来島も面識があったか。
「いや……、なんでいるんだよ?」
「……? 兄弟だから?」
「いや、普通、あの年齢で、人間界にいないだろ? いても、16歳直前までのはずだ」
確か、貴族の他国訪問は10歳から15歳までのはずだ。
そう考えれば、あの人の存在は変だと思う人もいるだろう。
いや、それ以上にわたしの母の方が特殊事例になる気がするのだけど、わたしの母はもともと人間だったから仕方ないね。
「命令による特殊事例らしいよ?」
「命令?」
どこか呆然と呟く来島。
「詳しくはわたしからは言えないので、当人に聞いてね」
尋ねたところで微笑まれて終わる気はするけど。
「来島は、人間界にいたのはお貴族さまだから?」
「いや、その従者として行った。俺が貴族ってガラか?」
しかし、各国の王族を数名ほど見てきた者としては、身分には、その人が持つ品位とか性格とかはあまり関係ない気がする。
「い、いろんなお貴族さまがいるから」
「ああ、お前みたいなのもいるな」
「うぐぅ……」
その点においては、全く否定できない。
「それで? ジギタリスの後は?」
「ストレリチアに行って、一年と少し滞在した」
「ああ、若宮に見つかったのか」
「見つかったって……」
旧友はなかなか酷いことを言う。
だけど、その滞在するきっかけは確かにそんな感じだった気がする。
あの時は、「見習神官」を使ってストレリチア城下を捜索されたっけ。
「それで、若宮の脱走癖が収まったのか。てっきり、兄に婚約者が決まったから落ち着いたのかと思っていたが……」
「来島が詳し過ぎて、怖い」
魔界人って、これぐらいの情報通が普通なのか?
「気にするな。単に情報収集が好きなんだよ」
その言葉に、不意に情報国家の金髪の国王陛下の顔が頭に浮かんだ。
でも、来島は情報国家の住民らしくはない気がする。
雄也先……、さんの方が間違いなくそっちよりだ。
当人は、情報国家には足を踏み入れたことすらないらしいのに。血筋って怖いね。
「ストレリチアと言えば……、『聖女の卵』に会ったことはあるか?」
顔に出さない努力はした。
「王子殿下の婚約者が確かそんな肩書きを背負っていた気がするけど……」
当人は嫌がっていたけど、名実ともに「聖女の卵」はあっちの方だ。
そして、あっちの方が有名だ。
「そっちじゃなくて、『本物』の方だ」
「本物?」
「大神官のお気に入り」
なんだ? その異名。
「藍色の髪、緑の瞳をしたかなりの美人らしい」
誰のことかな?
確かにその色合いに毎回、変装していたし、化粧して印象も変えられていたけど。
「まあ、好きな女の前で、これ以上、他の女の話をするのは無粋だな」
「『美人』と他の女を褒めた時点でいろいろアウトじゃない?」
「それで少しでも意識してくれれば、俺は良いんだよ。もともと、相手に意識されてないのだから」
おっと、そう来ましたか。
多分、前よりもずっと意識はしているのだと思う。
彼が本気だって分かったから。
こうしている今も少し、緊張しているし、先ほどの彼の台詞に、少しだけひっかかりも感じた。
でも、まだよく分からない。
「まあ、今は栞が寛げれば、俺はそれで良い」
「え?」
「このまま、笹さんの所へ帰りたくなくなるのがベストだが、流石にそれは望みすぎだって分かっているからな」
「く、来島?」
「何もしないから、ここで一晩、過ごせ。それだけで……」
そう言って、来島は、誰かに似た笑みを浮かべた。
「真実はどうであっても、笹さんは絶対、阿呆な誤解をしてくれるから」
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