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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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違和感しかない状況

「信じられねえ、この女」


 目の前の青年は、わたしに向かってそう言った。


「ごめん」


 わたしは小さな声で謝罪する。


 ここは小さな店だった。

 夜もかなり遅い時間だったせいか、お客さんはわたしたちだけ。


 そこで、わたしは夕食を来島から奢って貰っているところだった。


「いや、奢ったわけじゃねえぞ。金は貸しただけだからな。近いうちにちゃんと返せよ?」

「せこい」


 思わずそう呟いてしまった。


「巡回警備の安日給、なめるな。俺はあのままお前を見捨てても良かったんだぞ」

「冷たい」

「見捨てた方が良かったようだな」


 そうは言っても、人間界での知り合いでしかない関係だというのに、口調の割に、彼は人が好いと思う。


「ちゃんと返すよ」


 そう言いながら、わたしはもそもそとパンのようなものを口にする。


「あ……、美味しい」


 少し黒糖パンみたいな色をしたパンは、ふんわりとして柔らかく、甘さが口に広がっていく。


 九十九が作った料理ほどじゃないけど、わたしが今、泊っている宿泊先のパンよりは美味しかった。


「だろ? ここの料理はちゃんと食えるだけじゃなくて美味いんだ」


 来島は、まるで自分が褒められたかのように破顔した。


 魔界の料理は特殊なルールになっているみたいで、普通に食べることができる物を作ることが難しい。


 その上、美味しいと思える物を作ることができる人間となると、かなり稀少価値となる。


「これ以外だと、こっちも割と美味いぞ。少なくとも、俺の好みだ」


 そう言って、彼は別の皿を差し出す。


「いや、わたし……、お金を借りる身だから」


 あまり注文するのはどうかと思う。


「俺の皿から取り分けするだけだから、これまで金を出させねえよ。それとも、皿をシェアするのが苦手なタイプか?」

「いや、大丈夫だよ」


 わたしはそう言うと、彼の差し出したお皿から、少しだけ分けてもらう。


 お皿から取り分けるのが苦手なら、九十九の料理は食べられない。

 彼は小皿にも大皿にも料理を盛るような人だから。


「あ、これも本当に美味しい」


 九十九の味とは全然違うけど、これも美味しい。


「お前は料理できないタイプか?」

「できなくはないような……。でも、得意じゃない」


 来島相手に見栄を張っても仕方ないので、正直に答える。


 食べられないことはないものは出来上がるけど、たまに失敗もするのだ。


「まあ、魔界の料理は本当に才能だからな」

「来島は作れる人?」

「ああ、普通に作るぞ。流石にこの店ほど美味くはないけどな」

「それは凄い」


 少なくとも、食べられる料理であればそれだけで十分凄いと思う。


 「普通」と自称できる実力にわたしもなりたい。


「食ってみるか? 俺の手料理」

「うん」


 わたしが迷いなく返事をすると、来島は何故か変な顔をした。


「あ~、こりゃ、笹さん。相当、苦労してるな」

「なんで?」


 確かに九十九にはかなり苦労させているとは思うけど。


「お前、警戒心が全然ないから」

「人並みにはあるつもりだけど……」


 身の危険を感じるような人は、気配で分かるし。


「ねえよ。あれば、まずこの状態がありえねえ」

「なんで?」

「深夜! 人気(ひとけ)のない場所! 既知とは言え男と二人っきり! ソフトボールで言えば、立派な三重殺(トリプルプレー)だよ」


 来島はそう言うが……。


「野球と違って塁間が短いソフトで三重殺(トリプルプレー)ってかなり難しいよ?」


 経験者視点から突っ込ませていただく。


 いや、確かにできなくはないけれど。


「気にすべきはそこじゃねえ!!」


 来島の言いたいことは分かる。


 普通に考えれば、わたしのこの行動は女として迂闊な行動なのだろう。

 目の前にいる人は、わたしと違って「男」なのだから。


 こんな時間に二人っきりと言うのは良くないってことぐらいは分かる。


「来島なら……、大丈夫かと」

「なめとんのか? 俺は一応、お前に惚れてるって言ったよな?」

「好きなら、簡単に手を出さないもんじゃないの?」


 下手に手を出して、振られるのって怖いと思うのだけど。


「目の前に上手そうなメシがあって、それでも平然と我慢できるような聖人なんて、笹さんぐらいだと思うぞ。大抵の男は、苦行の時間をのたうちまわるか、我慢できずに食らうもんだ」

「そんなことして、相手から嫌われるのって怖くない?」


 そして、女性を「メシ」に例えるのはいかがなものだろうか?


「行動してもしなくても、どうせ手に入らないような相手なら、一か八かの勝負に出ることはそんなに疑問か?」

「勝負になってしまうのか」


 なんとなく釈然としない。


 確かに恋愛って勝負ごとに例えられることも多いけれど……。


「焦がれても手に入らないなら、強引に奪ってでも、一時(ひととき)の夢を見たいもんだよ。確かに嫌われて二度と会えなくなっても、一度は手に入るのだからな」

「相手の気持ちは?」

「それよりこっちの気持ちの方が大事ってことだ。世の中、相手の気持ちを思いやれるような余裕ある人間ばかりじゃねえ」


 確かに気持ちに余裕がなくなると、自分が抑えきれなくて、八つ当たりをしちゃうこともある。


「それで?」

「ん?」


 不意に、来島が小声になる。


「ついに、笹さんにでも、襲われたか?」

「むぐっ!?」


 思わず手にしていた料理を落とすところだった。


「やっぱりか」


 わたしのその反応で、何故か確信させてしまったらしい。


 来島は肩を竦める。


「な、なんで?」

「分かりやすく様子が変なんだよ、今のお前。前に会った時、怖い目に遭ったのに、平気そうな顔をしていたのに、今のお前はあの時より傷ついた顔してる」

「そんなに酷い顔している?」


 思わず自分の両頬を押さえる。


「大体、いくら警戒心が薄くたって、腹減らしているのに、金も持たず着の身着のままで泊ってる場所から飛び出してきている時点で普通じゃないんだよ。それぐらい気付けよ」

「そっか……」


 確かにそんな状況はおかしい。


 それがいつもと違う様子なら何かあったと考え付くのは普通かもしれない。


「い、言っとくけど……」


 それでも、九十九とわたしの互いの名誉のためには言っておかないといけないことがある。


 それを言うのは、すっごく恥ずかしいけど……。


「ん?」

「未遂だから」

「…………は?」


 何故か目を丸くする来島。


「その、いろいろなことはされたけど、それでも……、ギリギリでしてないから」

「なんだ? そのやったのか、やってないのか分からん表現は」


 驚いた顔から訝しげな表情に変わる。


「つまりはやってない」


 なんで、こんなことを友人のそれも異性に報告しないといけないのだろうか。


「なるほど。笹さん、肝心な時に元気がなかったのか」


 何故か来島は同情するような声を出した。


「? 元気?」

「? そんな話じゃなかったのか?」


 わたしの反応に、来島もきょとんとした顔を向ける。


「確かに『発情期』は病気のようなものだけど、それ以外では元気っぽかったよ?」


 微妙に会話がずれている気がするけど、少なくとも、九十九は病気ではなかったと思う。


「は? いや、お前、『発情期』の人間が相手で無事だったのか?」

「? うん」


 かなり危なくはあったけど……。


「ホント、すげえな、笹さん」


 何故か感心したように呟く来島。


「何が凄いの?」

「発情期になった人間で、踏みとどまった例を俺は知らん」

「それって、経験談?」

「馬鹿言え。わざわざ『発情期』なんかに頼らずとも、俺は大丈夫だ」

「『ゆめ』がいっぱいだもんね、ここ……」

「お前、俺が全然モテないって思ってないか?」

「思ってないよ。来島がモテていたのは、中学時代によく見たし」


 会うたびに、割と、いろいろな女の子が横にいたことを覚えている。


「場所を変えるか。食う場所でする話じゃねえな」

「あ、うん」


 来島の言葉に反応して、わたしも席を立つ。


「ん」

「ん?」


 短い言葉と共に来島が左手を差し出した。


「貴族のお嬢様ならエスコートがいるだろ?」

「それ、するならもっと早くするべきじゃないかな?」


 少なくとも、店に入る前にするべきだと思う。


「細かいことは良いんだよ」


 そう言って来島が笑うから……。


「細かいかな?」


 わたしも思わずつられるように笑ってしまったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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