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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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違和感が薄れる

 オレから「ライズ」と名付けられた女は、オレの手が頭に触れた瞬間、その大きな瞳をさらに大きくしたが、オレが撫で始めると目を閉じて穏やかな笑みを浮かべた。


 その表情に一瞬だけ、ドキリとしたが、今はもう大丈夫だ。


『ありがとう、ツクモ』


 そう言って、オレの手を取る。


『生まれて初めて「なでなで」されちゃった。こんなに気持ちが良いんだね』


 照れくさそうに笑う彼女は、「高田栞」以上に幼く見えた。


 「シオリ」や「高田栞」は、誰かから撫でられたことはあるだろう。

 オレも何度か、高田の頭を軽く撫でたことはある。


 だが、目の前の彼女は、それをどんな気持ちで見ていたのだろうか?


 いや、そんなことを言ったところで、どうしようもない話ではあるのだが……。


『でも、まさか、()()()()()()()殿()()()()されるとは思ってもなかったけど……』


 そう言いながら、彼女の視線が下に降りる。


 そう。

 実はここまでオレはずっと服を着ていなかったのだ。


 着替える前に、彼女が飛び込んできた上、床に倒されたことが原因である。


 いや、流石にそのまま全てを曝け出しているわけにはいかないので、その場ですぐに薄布ぐらいは巻き付けたけど、防御としては大変、頼りない状態であった。


 だから、下手に動くこともできない。


「オレが着替える前にいきなり現れたのはお前だからな」

『いや、ツクモって一瞬で早着替えできたよね?』

「この部屋、物質召喚はできても、何故か更衣魔法系はできないようになっているんだよ」


 先ほどから何度も試してはいるものの、全く魔法が作用する様子がなかった。

 それが使えても全裸のままなら、本格的にただの変態だ。


『そうなのか。まあ、すぐに服を着ちゃうと、いろいろと余韻が無くなるからだろうね……』


 意味深な呟きを零しながらも、彼女の視線は一部に固定されていた。

 主にオレの下半身に対して。


 そして、その好奇を含んだ視線は、誰かを思い出させる。


「まさか、この状況で絵を描きたいとか思ってねえだろうな?」


 思わずそんなことを口にしていた。


 そんなはずはないのに……。


『うわっ!? なんで分かったの!?』

「マジかよ」


 この女は「高田栞」に似ているだけではない。

 やはり、「高田栞」と同じモノが流れている。


『いや、高田栞が本当に楽しそうに描くから、つい……』


 その口ぶりから、描いたことはないらしい。


 そして、「高田栞」の顔でそんなことを言われてしまえば……。


「やる」


 そう言って、紙と筆記具を渡す以外の選択肢などオレになかった。


『え……?』

「但し、10分だけだ。それ以上は、待たん」


 流石にそろそろ彼女を元の場所に返すべきだろう。


 あれから結構な時間が経っている。

 だが、どうせ戻るなら、満足して貰ってからの方が良い。


『10分、ああ、それぐらいの方が良いね。そろそろ、水尾先輩やそれを抑える人たちも限界っぽいし』


 今、何かかなり不穏な言葉が聞こえた気がする。


 10分は長かったか?


 いや、彼女がこれまで見ているだけだった時間に比べれば、かなり短い。


 後で、怒られたとしても、これぐらいは何とかしてやりたかった。


『モデルは?』

「あ?」

『「高田栞」の時は、ツクモがモデルしてくれたでしょう? あれ、やってみたい』


 オレは、モデルはこりごりだと何度思ったことだろう。


 だが、そのたびに黒髪の女のキラキラした眼差しから逃げ切れたことがない。


 だから今回も……。


「指定は?」

『お?』

「立つか? 座るか?」

『おおっ!!』


 なんだろう?


 彼女の反応の一つ一つが、もう「高田栞」にしか見えなくなってきた。


 元が同じだから簡単に引きずられていくってことか?


『じゃあ、全裸で仁王立ち!』

「待て、痴女!!」


 躊躇(ちゅうちょ)逡巡(しゅんじゅん)もない言葉に流石に突っ込む。


 それはいろいろ問題だ。

 そして、それをやったらオレの方がただの変態だ!!


『え~?』

「いやいやいやいや! そんな顔をしても駄目だからな!」


 少しだけ困ったように眉を顰めるその姿に思わず抱きしめたくなった。


 これはいかん。


 「高田栞」への感情を自覚してから、体内魔気は異なるものの、彼女によく似たこの女の表情や動きの一つ一つがいちいちオレの琴線に触れていく。


 だから、オレはそのまま寝台に腰かけた。


「さあ、描け」

『折角、「高田栞」も描いたことがない絵を描けるって思ったのに……』


 そんな絵を残させてたまるかよ。


 少し膨れた顔をしているところを見ると、不平不満はあるようだけど、どうやら、描き始めることにしたようだ。


 彼女に残された時間もあまりないのだろう。

 実際、彼女が纏っている魔気が少しだけ薄れている。


 まるで、ストレリチアであったクソガキのような現象だった。


「高田の方にお前の記憶は残るのか?」

『それはちょっと分からないかな。元々、意識は分かれていたみたいだけれど、流石に肉体に近いモノを持って分離したのは初めてだから』


 手を動かしながらも、オレ言葉に答える。


「肉体に近いモノ持って……?」


 上から降ってきた彼女はそれなりに質量があった。


 だから、オレは身体の記憶が肉体を乗っ取り、本来の意識だけを自室に置いてきたのだと思っていたのだ。


 この二つに分かれた気配はそういうことだと思い込んだのだ。

 だが、違ったらしい。


『うん。肉体の原材料は「高田栞」の魔力の塊かな。だから、ワタシはかなり濃密な風属性の魔力しかないはずだよ』


 それで、纏う魔気に違和感があるのか。


 高田の魔気は確かに純粋な風属性に近いが、ここまでしっかりと風属性しか感じないわけでもない。


 しかし、さらりと言っているが、これってかなりの魔法なのではないだろうか?


「つまり、高田の肉体は、別にあるってことか?」

『そうだね。そして、そっちが本体だよ。流石に「高田栞」には勝てない』


 彼女は、その表情を変えながらも、手を動かし続けている。


 それはまるで「高田栞」にしか見えなかった。


『彼女から抜け出したいと願ったワタシを、肉体に近いモノに込めて押し出したのも「高田栞」の意思で、そこから出たくないと留まったのも「高田栞」の意思だからね』

「つまりはオレのせいだな」


 それだけの衝撃を彼女に与えたと言うことだろう。


 それは、自我崩壊を起こし、多重人格化してしまったようなものだ。


 しかし、そのために別の肉体まで魔力で創り出してしてしまったのは、魔界人だったからだろうか?


『それは否定しないよ。最初に言ったけど、「高田栞」に対して、それだけのことをした自覚はあるでしょう?』

「あるよ」


 それは当然だ。


『まあ、アナタのせいばかりではないのだろうけど……。それに、かなり「高田栞」を気遣ってくれていたことも分かっているし』

「アレは気遣いじゃなく、単なるオレの欲だよ」


 少しでも長くゆっくりとあの時間を味わいたかっただけだ。


『本当にツクモは正直だよね。「発情期」のせいにもしないし、何度か差し出した助け舟にも乗ろうとしない』

「それだけのことをしてしまった自覚があって、逃げられるかよ」


 本当に無意識だったら良かったのに……。

 いや、無意識な状態だったらもっとヤバかったのか。


 そして、それこそ悔やんでも悔やみきれない結果になっていたことだろう。


「アイツに対して、不誠実でいたくないんだ」

『我慾に呑まれた時点で十分、不誠実だと思うのだけど?』

「……分かってるよ」


 そんなこと、言われなくても。


『描けた!』

「早いな」


 思っていた以上に、早く描き上がった。


 10分と区切ったものの、慣れていなければそんなに早く絵など描けない。


 実際、オレはそんな短時間で絵を描ける気がしなかった。


『見てくれる?』


 そう言って差し出した絵は、「高田栞」がいつも描いているような絵とは少し違ったけど、どこか似ている気がした。


「巧いな」


 オレは素直に感想を言う。


『絵柄の違いは許してね。頑張って近付けようとはしたんだよ? ツクモが「高田栞」の絵が好きって知っているからね。でも、いつも描いている彼女に届くはずはないみたいだ』


 流石に記憶だけでは描ききれないのだろう。


「いや、これも好きだよ」


 そう言って、いつものように収容する。


『そっか。ありがとう、ツクモ……』


 彼女はそう言いながら、儚げに笑ったかと思うと……、その場から消えていた。


「……ライズ?」


 オレはこの場から消えた相手の名を呟く。


「戻った……か?」


 その声に応える者はない。

 

 薄暗い部屋の中、オレは再び一人、残される形になったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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