違和感が押しかけてくる
この52章に3話ほど追加しました。
その話をお読みになった後、本話をお読みください。
オレは突然のことに、驚くしかなかった。
ほんの数分前、移動魔法独特の気配が部屋にあり、頭上で空間の歪む気配がして、顔を上げた。
訪問者の正体は分かっている。
この建物は、様々な魔法にほとんど制限はないが、その性質上、移動系の魔法のみ、使えないことになっていた。
だが、移動魔法が使えないはずの空間に現れる気配。
そんな非常識なことができる存在はそう多くない。
だが……。
「うわっ!?」
その移動魔法を使った主が、真上から落ちてきたら、ほとんどの人間は叫ぶと思う。
「高田栞」の顔をした類似品は、突然、オレの頭上から現れ、そのまま重力に従って落ちてきた。
まさか、自然落下するとは思っていなかったから、受け止めることもできず、そのままの勢いでオレを床に転がしたのだ。
『あ、ごめん!』
類似品だと分かっていても、落ち着く呑気な声。
「本当に悪いと思うなら、そこをどけ」
それでも、ついそんな口調をしてしまう。
だが、背中に彼女の重量を感じているのだ。
それだけでも、いろいろマズい。
「発情期」とはまた違った意味で、心臓が破裂しそうになっている。
『空中から可愛い女の子が降って来たら、殿方にとってはご褒美ってやつじゃない?』
何事もなかったかのように、無邪気な顔で笑う女に向かって……。
「自分で『可愛い』って言うな。そして、女にもよる」
オレはそう返事した。
今のオレにとっては過剰なご褒美だよ!
チクショーっ!!
本物ではなくとも、限りなく本物に近い存在だ。
そのためか、彼女への感情を理解した今、胸の動悸は治まることを忘れてしまったようだ。
「類似品」でも十分に心臓が仕事するようになっている。
オレは、今までどうやって、どんな顔で「高田栞」と接していた?
そして、類似品でこんな反応ならば、本物に会った時、オレの心臓は壊れてしまうんじゃないか?
「とりあえず、どいてくれ。重い」
『あら、酷い』
そう言いながらも、彼女はオレの上から降りてくれた。
「もう用は済んだのか?」
オレも立ち上がりながら、目の前の女に声を掛けた。
『おや? なんで、ワタシが何かの用で離れていたって分かったの?』
「この建物から移動しただろ? オレたちが目の前にいたのに、『シオリ』も『高田栞』も何も言わずに何も言わずに離れることはあまりない」
目の前にいなければ、こっそりと離れようとすることは多いけどな。
『何の用かは聞かないの?』
「始めから言う気があれば、わざわざ移動する時に光って目晦ましなんかしないだろう?」
本当はかなり気になるが、ある意味、彼女のしていることは「高田栞」自身の意思による行動ではない。
問い質したところで、煙に巻かれる可能性の方が高いだろう。
『あれ? 目晦ましをした気はないのだけど、移動魔法の効果かな? ワタシ、あまり慣れてないから』
「移動魔法で光るって聞いたことねえぞ」
『ほほう? つまりワタシは先駆者だね』
「若宮みたいな返し方するなよ」
皮肉に対して、本気かどうか分からない前向きな返しをする。
『若宮……? ああ、「ワカ」のことか』
少し考えて、彼女はそう言った。
『彼女と「高瀬」には本当に感謝しているよ。「高田栞」が大きく変わったのは、あの2人との出会いだから』
彼女はそう言うが、オレは素直に感謝できない。
いや、今の「高田栞」が悪いわけでもない。
寧ろ、良い。
そして、ここで名前を出されたその2人が悪いわけでもなく、単純にオレの気分的な問題なのだ。
『ああ、勿論、ツクモとユーヤにも感謝しているよ。アナタたちとの出会いも「シオリ」を変えているから』
「取ってつけたように言うなよ」
『事実なんだけどな~』
悪戯が成功した若宮のような表情をしながら、彼女はそう言った。
『何より、ツクモはワタシに名前をくれた。それは本当に感謝感激雨霰ってやつだよ』
「大袈裟だな」
そして、表現が古いな。
『分かってないな~。名前ってそれだけ大事なのですよ? そんなこと、魔名を持つ魔界人であるアナタは百も承知の事実でしょう?』
その言葉で、オレは気付く。
目の前にいる彼女が本当に「シオリ」の記憶も持っているのなら、あの出来事だって覚えているはずだ。
『どうしたの?』
「なんでもない」
オレは首を振る。
まだ何の確証もないのに、それを彼女に確認することは出来ない。
当人が「身体の記録」と言っているのも、本当かどうか確かめてもいないことなのだ。
『面倒なことにならないよう、ちゃんと言っておくけど、ワタシが離れたのは、知人の気配を感じたからなんだよ』
「知人?」
しかも気配……、だと?
『うん。「紅くて長い髪の美形」』
「待て! ここに、あの男がいるのか!?」
『一発で誰のことか分かるから凄いよね』
あの紅い髪の男がここに……?
あの男がわざわざこんな場所に出向いてまで、「ゆめ」を買いに来たとは思えない。
そうなると狙いは……。
『言っておくけど、ライトの狙いは「高田栞」ではないからね』
「は?」
オレの考えを読んだかのような言葉。
「なんでそう言い切れるんだよ?」
『ミラージュが一枚岩じゃないことは知っている?』
「あ?」
この女は唐突に何を言い出すのか?
『正しくは、ミラージュは絶対王政による頂点集権主義なんだよ』
「頂点集権? 中央集権ではなくて?」
絶対王政は本来、主君を中心とした命令系統だったはずだ。
『この世界のほとんどは王族による中央集権だけど、ミラージュはその極端な例だね。全ての命令権が国王陛下にあり、王の決定には誰も異を唱えられない』
「割とどの国もそうじゃないか?」
『全然、違うよ。どの国も賢人や身内からの諫言を聞く耳ぐらいは持っているでしょう。でも、ミラージュは違う。頂点に立つ王には、助言すら許されない。それが、王族であっても、血を分けた実の息子であっても、反論を含めた反抗を許さない』
「詳しいな」
ミラージュと言えば、謎の国と言う印象が強い。
地図にもなく、対外的にも知られていなくて、その存在すら知らない人間たちも多いことだろう。
それにしてもそれが本当なら、かなり無茶苦茶な支配構造である。
そんな状態で、よく国として成り立っているな。
同年代である紅い髪の男がどこか老けて見えるのも、捻くれた性格なのも、そんな背景があるためということか。
『幼少期に当事者から聞いたからね。当時のあの人は、今よりも隠し事ができない子だったから』
確か、あの紅い髪の男とシオリが出会ったのは、オレたち兄弟と出会う前だったと聞いている。
そうなると、3歳よりも幼い可能性があった。
今のように隠し事ができる年齢であるはずもない。
「なんであの男に会いに行ったんだよ?」
ミラージュの事情なんか知ったことではない。
オレが気になったのはその一点だけだった。
『今のライトが、このワタシに手を出せると思う?』
「思う」
少なくとも高田に対して分かりやすく感情を向けている男だ。
そうなれば男として、性的な意味を含めて手を出す可能性が高い。
『でも、少なくとも彼は、少し前のツクモより、ずっと安全だと思うけど?』
「ぐっ!!」
そう返されては何も反論できない。
しかも当事者だ。
当事者……、だよな?
『ライトはあんな口調だけど、それなりに自分の意思を持って動いている。そして、この状況でワタシに手を出すリスクも分かっているんだよ。勿論、それは「高田栞」に対しても同じ。この場所で手を出せば、面倒ごとにしかならないから』
「ここが『ゆめの郷』だから、か?」
確かにこの場所は独自のルールがあると聞いているが、あの男がそんなことを気にするだろうか?
『いいや、目的を果たせなくなるから』
「あ?」
彼女の言葉に変な声が出た。
『言ったでしょう? 彼は「高田栞」に会いに来たわけではない。あの人は、ここに「生きていると都合の悪い人間」を消しに来たんだよ』
「どういうことだ? 都合が悪いって、オレのことか?」
物騒な話ではあるが、確かにアイツから見れば、高田栞に張り付いているオレは都合が悪い存在なのだろう。
それならば、引き剥がすために始末しようという極端な結論に……。
『いいや、全然』
だけど、彼女はあっさりと否定する。
『単純に彼のお国の事情ってやつだから、ツクモも高田栞も関係ない話だよ』
「じゃあ、ヤツがこの場所にいるのは偶然ってことか?」
だが、そんな偶然があるだろうか?
『それは微妙だね。彼にとって「生きていると都合が悪い人間」は、「高田栞」と会っているのだから』
「は?」
偶然ではないらしいが、もっと変な方向に話が転がった気がする。
『そして、彼にとって「生きていると都合が悪い人間」は、人間界での生活経験がある人です』
「ちょっと待て」
また知り合いか?
しかも、高田の知り合いって結構、多くないか?
『ここでは、「ソウ」って名乗っていたけど……』
「いや、誰だよ、それ」
そんな名前に覚えはない。
単純にオレが知らないだけか、魔名と人間界での仮名が掠りもしない名前ということか。
『ツクモも知っている人だよ。ああ、そうか。人間界での呼び名じゃないと分からないよね。ごめん、ごめん。その人の名前はね……』
そう言って、彼女はオレの知っている人物の名前を口にしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




