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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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違和感が治まった後に

 何も纏わぬ姿で、目が覚めた時、オレの傍には誰もいなかった。


 そのことも、派手に乱れた寝台も、あの時とほとんど同じだが……、明らかに違うものがいくつかあった。


 冷えて重くなった身体の気怠さと、妙にすっきりした思考。

 そして……、()()()()()()()()()()()()()()()()()妙な感覚。


 それはまるで、一度、産まれ直したかのような錯覚すら覚える。


 発情期で乱れた時のように、激しく散らかってはいなかった。

 もしかしたら、片付けられたのかもしれないが、それを判断する術はない。


 だが、オレにとって大事なのは、そんなことではなかった。


 あれほど、渇望したモノのことを考えても、あの時のような衝動は起こらない。


 まるで、凪いだ海のように妙な穏やかさを覚えるが、念のために身体を確認した。


 高田がいなくなった時、オレの心臓部には何故か紅い内出血の跡のようなものがくっきりとあった。


 その意味は分からない。


 もしかしたら、デコピンのように何らかの攻撃をされたのかもしれない。


 だが、今回は何もなかった。


 本来、多少は汚れていてもおかしくない部分ですら、何事もなかったかのように綺麗なものだった。


 それはそれで、少し怖いものを感じるが、そんなことは些細な点だ。


 一番、問題の核となる部分は、オレ自身が()()()()()()()()ことだった。


 ……………………ちょっと待って欲しい。


 いろいろありえないではないか。

 普通、意識朦朧としていても、少しぐらい覚えているもんだろ?


 だが、後に残る感覚すらない。


 だから、それがどんなものだったのかさっぱり分からないのだ。

 つまり、その行為が良かったのか悪かったのかも分からない。


 いや、自分で得る快楽よりはかなり良いはずだが、分からないのだから、それを確認しようもなかった。


「マジかよ~」


 オレは素っ裸のまま、頭を抱える。


 傍から見れば阿呆丸出しだ。

 文字通り過ぎて、笑うこともできない。


 確かにオレは高田が好きだってことは認めた。

 そして、今現在、高田以外に、反応しそうもなかった。


 だけど、その行為に対して、人並みに興味がなかったわけではないのだ。


 だから、「発情期」で、幻だっていろいろ見たし、兄貴が言うマニアックな妄想だって夢に何度も見たさ。


 それでも、肝心の実践内容をまったく覚えていないなんて、そんなのありかよ?


 なんとか思い出そうとするが、「強制命令服従魔法(命呪)」により、完全に催眠状態だったオレの言動など欠片も思い出せるはずがなく、さらには、当然ながらそれに伴う感情や感覚なんてものも記憶の中に寸分たりとも残っちゃいなかった。


 全ては、徒労に終わったわけである。


「せめてもの救いは……」


 もう「発情期」になることはないという一点だけだろうか。


 つまり、本来の目的は果たされたわけだ。

 それだけでも、マシだと思おう。そう思い込むことにする。


 それにしても、護るべき高田を傷つけて、その上、昔の彼女にも誠意のないことをしてしまった。


 冷静になり、気持ちに余裕が出てきた今なら、はっきりと分かる。

 人としてアレはない(最低なヤツだ)、と。


 深織の方は良いのだ。

 彼女は、一応、仕事としてオレに接していたはずだから。


 それも、彼女が「ゆめ」で、ここが「ゆめの郷」だから罷り通る道理だろう。


 個人の感情はともかくとして、対価を支払う以上、ある程度の無体や理不尽は許されてしまうことになる。


 それなりに高くはつくが。


 問題は高田の方だ。

 彼女に関しては、誠意を尽くして謝り倒したところでどうにもならない問題である。


 いや、それも全て「発情期」のせいにして、「オレは悪くない」と、開き直ることは可能なことだ。


 あの状態を個人の意思でどうにかできるものではない。


 あんな(御馳走が皿に)状況(載った状態)でよく踏み留まれたと、自分で称賛したいぐらいだ。


 だが、それは身勝手な(加害者)側の言い分で、心身ともに酷い目にあった(被害者)側としては納得できないものだろう。


 特に、高田の感覚と思考は、今もこの世界の人間よりも、地球人よりだ。


 その気持ちは、一般的な魔界人より遥かに強く大きなものだろう。


 謝っても許されないことをした自覚はある。

 だから、それを「発情期」のせいだと逃げる気もない。


 実際、「発情期」のせいばかりではないのだ。


 あれらは全てオレの意思によるもので、「強制命令服従魔法(命呪)」による、催眠状態とは全く違った。


 自覚した今なら分かる。


 あの時のオレは、心の底から彼女だけを求めたのだ。


 他の女なんか要らないと思い込むほどに。


 ここに来てから、いや、一度「発情期」を経験してから、どうも思考が変な方向に偏っていたことだけはよく分かった。


 考え方がそれしか考えられないと言うか、極論に走る傾向にあった気がする。


 嵐が過ぎ去った今なら、「他の女は無理か?」と問われても、「無理じゃない」と答えることはできる。


 そんな聖人でいられるはずもない。


 想い人とは言っても、一人の女だけに拘るってのもおかしな話だ。

 その唯一がいなくなれば、一生できなくなるってことだからな。


 もし、本当にそんな状態だとすれば、もはや立派に病気の一種だ。


 性機能障害として、人間界へ行き病院の受診をお勧めする。

 具体的には泌尿器科か精神科辺りだろう。


 こんな私事で、人間界へ行く許可が下りるかどうかは分からないが。


 さて、これからどうするか?


 すぐ、高田の所へ行って恥も外聞もなく謝り倒したい気もするが、今は会えない気がしている。


 何故か彼女の気配が二つに分かれている上、その内の一つは、奇妙な状態にある。


 恐らくは、二つに分かれてしまったせいだろう。


 まるで、結界の中にいるように、何かに護られるように静かで落ち着いているため、危険はないと思われる。


 なんでそんな現象が起きているかは分からないが、「高田栞」だからと思えば、納得できなくもない。


 彼女は、この世界の王の一人と地球人の血を引き、さらには「聖女の卵」として、変な方向に才能を開花させている。


 そして、世界の一般常識に囚われず、自由な女。


 そんな彼女を測ることなど神にだってできることではないだろう。


 だから、奇妙なことが起きても、あの「高田栞」だから仕方ないなと飲み込むしかないのだ。


 そして、そんな捉えきれない彼女だから、オレも惹かれてしまったのだろうなと思うしかない。


 大体、あの女の傍に数年いて、気にかけるなと言う方が無理だと言わせて欲しい。


 どこに行ってもトラブルに巻き込まれる才を持っているだけではなく、自ら首を突っ込んで、その上で、何とかしようとする。


 勿論、全てが良い方向へ転がるわけではないことを、彼女自身も自覚している。


 だが、それでもあの「高田栞」と言う女は、全てを見捨てることができない。

 自分の手が届く限りは、護ろうとするだろう。


 それは、「甘さ」と「弱さ」と言う彼女が持つ最大の「弱点(強さ)」である。


 それがあるから、周囲も「高田栞」を放っておけない。

 慟哭を(こら)えて強い瞳で笑える彼女だから。


 ―――― 笑えるほど、オレは高田のことしか考えられていないな。


 不意にそう自嘲したくなった。


 そんなことはずっと前から知っていたのに、これでよくも「恋愛感情などない」と言いきっていたものだな……と、我ながら呆れてしまう。


 控えめに見ても、これらの全てはただの護衛の思考回路ではないのに。


 (はた)からずっと見ていた兄貴は今のオレ以上に笑いたかったことだろう。

 滑稽でしかないのだから。


 オレは、自分が誰かと身体を重ねたことや、その状況のことなど一切、覚えてもいないような薄情な男だ。


 そして、それらを思い出そうとすることも、無駄(不要)なものだと断じて、切り替えている。


 既にそこには何の情動も抱けなかった。


 だから、オレは完全に初心(しょしん)に戻ろう。

 我が身の全ては誰のために在るのかを正しく思い出した今、些事で心を乱されることもない。


 そう心に強く思った直後、オレの心は、訪問者によって激しくかき乱されることとなるのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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