鎮座する違和感
何故、こうなったのか?
そんなことは俺にだって分からない。
ただはっきりとしていることは……、この事態を引き起こしたのは、彼女であることは間違いないだろう。
「「ミオ!?」」
背後から、驚愕の声が重なる。
「あ?」
それに対して、どこかチンピラを思い出させるような、低く短い返答をする女性。
「ああ、マオとトルクか。おかえり」
何事もなかったかのような顔で、手を止めて、帰還した2人に言葉をかける。
「な、何、やってるの?」
双子の姉であっても、彼女の状態を理解できなかったらしい。
いや、ある意味、一目で現状を把握できるはずだが、明言を避けたかったのだろう。
「何……って……、見て分かるだろう?」
彼女は再び構える。
「そこの卵を叩き割ろうとしているんだよ!」
そう言いながら、誰の目に見ても破壊魔法にしか見えない魔法を再び繰り出す。
「「卵?」」
トルクスタンと真央さんが声を重ねて、水尾さんの標的とするモノを見た。
そこには、薄い橙色の巨大な卵型のナニかがそこにある。
大きさは1メートルほど。
見た目の幅は80センチぐらい。
それが、この部屋の寝台に鎮座していたのだ。
この世界に存在する魔獣や海獣、魔鳥や魔蟲でも、ここまで大きな卵の生物の記録はないだろう。神獣ならば分からないが。
だが、水尾さんが言うように、これは卵にしか見えないのは間違いない。
「いや……、これは卵じゃないだろう」
トルクスタンが冷静に突っ込む。
どこからどう見ても卵にしか見えないソレは、ヤツにとっては別のモノとして映っているようだ。
そして……、それは間違っていない。
「当たり前だ! それが、分かっているから、叩き割ろうとしているんだよ!!」
本当にナニかの卵であれば、流石に彼女も割ろうとはしないだろう。
仮に危険な生物であっても、いきなり破壊魔法をぶちかますほど考え無しの女性ではない。
「えっと……、なんで、こんなことになってるの?」
真央さんが戸惑いながら尋ねる。
「知らん!」
身もふたもない言葉が、双子の妹の口から飛び出してきた。
実際、俺も、水尾さんもこの場所で何があったのかなど知らない。
変な気配が現れて、気が付いたらこの場所にコレがあっただけの話だ。
何を思ったのか、水尾さんはすぐさま結界を張って、破壊しようと魔法を放つから焦りはしたものの、この卵は皹どころか微動だにしていない。
相手は、魔法国家の王女だというのに……。
「ミオじゃ話にならない。先輩、説明して貰えますか?」
双子の姉は、彼女に問い質すことを諦めたようだ。
その付き合いの長さから、この状態になった彼女は納得するまで、この行動を続けることは間違いないと判断したらしい。
俺も危険がない限り、それを見守る気でいた。
「いつからこの状態ですか?」
「少し前かな」
はっきりと「この時だ」とは言いきれない。
俺たちの前に主人そっくりな姿をしたナニかが現れた前後だとは思うが、それを確かめる術がないのだ。
「……こうなった原因は?」
「不明。でも、その過程は分からないけど、遠因ならばなんとなく」
「直接的な原因は分からないけど、間接的には分かるってことですね」
「推量の範囲だけどね」
だが、当事者から明言されていない以上、それは推測の域を出ない。
この卵型のナニかがこの場に現れた瞬間は、誰も見ていないのだ。
「トルクスタンはそれをどう見る?」
俺は専門家に投げる。
「収納魔法に似ているな」
トルクスタンは目を細めて、前にある破壊系統の魔法をぶつけられ続けている卵を見る。
「大気魔気が完全に遮断され、ここだけ別空間になっているから……。ミオ、どれだけやってもお前の魔法は届かない」
「あぁ!?」
噛みつくような返答をする水尾さん。
それに怯むことなく、トルクスタンは言葉を続ける。
「これは、ただの結界魔法じゃないぞ。収納魔法の収納場所が異空間にあるとされているように、ここだけ切り取られ、別の空間に繋がっている感じがする」
「じゃあ、中身は!?」
「収納魔法のように異空間に収納されているんじゃないのか?」
「クソが!!」
誰に向かって言ったのか……。
吐き捨てるように、魔法国家の王女は叫び、再び卵に向き合う。
「届かないなら、届くまでやってやる」
水尾さんの気配が変わる。
どうやら、さらに魔法の威力を上げるつもりになってしまったようだ。
「トルクスタン……、結界の強化を。ここから先は、俺の結界では外に影響が出る」
これまでの破壊魔法でも、割とギリギリだったのだ。
魔法国家の王女が本気で放つ極大魔法ともなれば、一般的な結界魔法では耐えられないだろう。
「いや、止めろよ!」
「俺の言葉で止まると思うか?」
水尾さんの魔法を抑えるだけなら、「魔法制限魔法」の結界を使うと言う手もあるが、それでは、彼女自身が納得できないはずだ。
どうせならば、当人の気が済むまで存分にやっていただこう。
それに、今後のためにも出来る限り確認はしておきたい。
「マオ!」
俺では埒が明かないと判断したのか、トルクスタンは真央さんにも言葉をかける。
「私にミオが止められると思う?」
双子の姉もあっさりと拒否した。
「今度こそ……」
魔法国家の第三王女が構える。
それだけで、焼けつくような空気が肌をひりつかせていく。
「トルクスタン……、諦めて結界を頼む」
「分かってるよ!」
トルクスタンは素早く、結界を展開する。
この部屋には、水尾さん自身が張った結界の上に、さらに俺の結界が張られているが、その中に、重ねられてもっと強力な結界が彼女の周囲を包み込んだ。
その結界の範囲は狭い。
広さより、効果を重視したためだろう。
「先輩たちは、どうしてこの部屋に? 部屋主の許可がないと入れないはずですよね?」
この建物は、その特性上、部屋を使っている人間の許可がなければ鍵が開かないようになっている。
「部屋主が、あらかじめ扉を開けていたらしい。俺が来た時には、既に水尾さんが魔法を使っていた」
但し、もともと部屋の扉が開いていれば、当然ながら鍵の意味はない。
鍵は扉を閉めてこそ、その効果が表れるのだ。
「呑気に会話していないで、お前らも手伝え!」
「「無理」」
トルクスタンの叫びは、同時に拒絶される。
俺はもともと、結界を張っているし、真央さんは諸事情により、結界を張ることができない人なのだ。
何より、空属性の王族を越えるほどの結界を張ることなど、この場にいる誰にもできるはずがなかった。
「食らえ! ウルトラスーパースペシャルファイアーボンバー!!」
「なんだ!! その頭悪そうな魔法は!?」
そんなトルクスタンの叫びとともに、凄まじい威力の魔法が繰り出される。
純粋な火属性魔気の塊が、灼熱の空気を纏うだけではなく、高熱を帯び、どろどろと岩をも溶かすマグマのような何かへと変化し、その全てを飲み込むように卵に向かって行く。
だが、トルクスタンの結界により、俺と真央さんのところにはその威力は全く伝わらなかった。
見た限りではあるが、これまでの彼女が見せたいくつかの魔法を上回るものだったのは、間違いない。
「なんとなく高田の……魔気の護りに似ていたね」
それを見ていた真央さんがポツリと呟いた。
何も考えず、自分の純粋な魔力だけをぶつける行為。
「ちっ! 高田のノリを真似すればいけるかと思ったが……、無理か」
その発言は少し頂けない。
例え、多少、見た目やノリを真似たところで、あの主人の領域に、常識人が辿り着けるはずがないのだ。
「多少、真似たところで、思い込みと羞恥心はなかなか捨てられないからねえ……」
真央さんが呆れたようにそう言った。
「結局、コレは私には壊せないってことか」
「始めからそう言ってただろう?」
彼らがここの辿り着くまでに、水尾さんは散々、普通の魔法は試していたのだ。
その中には、かなりの威力を持った魔法も少なくなかった。
どこかの誰かが使いそうな今の魔法は、ある意味、最後の手段だったのだろう。
それでも、彼女はどこか諦めきれず、その強い瞳を卵に向けていた。
「ところで、先輩」
真央さんが俺に向き直る。
「あの中に、高田がいることはよく分かったけど……、それなら、貴方の弟はどこでしょうか?」
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