離れていても分かる違和感
前に三話ほど追加しました。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
「なに……?」
明らかに、ある場所に大きな違和感があった。
そこだけこの世界から断絶されたように、何かが切り取られたように、そこだけ何も感じられない。
確かにこの建物は、その性質上、他人の気配を感じにくくなっている。
だが、それでも大気魔気の流れがないわけでもないし、完全に空白地帯が存在することはない。
まるで、フレイミアム大陸にあったアリッサム跡地だ。
あの一帯はもともと何もなかったかのように、ごっそりと何もなくなった。
人や建物などの構造物だけではなく、そこで生きていた草木すら。
アリッサムと呼ばれた国があった場所は、穴こそ開いていなかったが、乾いた土だけが風に舞う、平らな大地が広がるだけの土地に変わっている。
あれから三年近く経ったため、流石に他の場所から大気魔気が流れ込んではいるはずだが、それでも、襲撃直後は、そこに強大な国があり、人の営みがあったことも信じられないような場所に変わっていた。
厄介な者たちが自分を含めた魔力の強い人間を探していることを知った今となっては、あの場所にもう一度行きたいとは思わない。
「どうした? マオ」
私に声を掛けてきた長身の男。
あまり信じられないけれど、機械国家カルセオラリアの第二王子であり、今となっては王位継承権第一位の人間。
間違っても、こんな色里でふらふらしていて良い立場にはないし、ましてや、通い慣れているというのはどうかと思うが、今はそんなことはどうでも良い。
「トルクは気付かない? 私たちが泊っている宿の違和感」
「違和感?」
私の言葉に、トルクスタンが首を傾げ、自分が泊っている宿の方へ目を向けるが……、体内魔気や大気魔気に対してそこまで敏感ではない彼は、再度、首を傾げることしかできないようだった。
仮にも中心国の王子のはずだけど……。
「鈍いトルクには、分からないか」
私はそう溜息を吐く。
「本当のことだけど、酷いこと言うな。あと、お前たちに比べたら、ほとんどの人間は鈍いってことだからな」
少しだけ不服そうな顔をして反論するトルクスタン
彼のその言い分は分からなくもない。
トルクスタンが機械国家カルセオラリアの第二王子ならば、私は魔法国家アリッサムの第二王女だったのだ。
一般以上の感知能力があることぐらいは自覚している。
それは、国そのものが全て消滅しても、フレイミアム大陸から遠く離れても失われることはなかった。
この身に流れている血と、他大陸から一線を画す魔力は数少ない私たちの財産と言っても差し支えはないだろう。
まあ、それはともかくとして。
「一部で大気魔気が遮断されている」
それは間違いない。
「本当か?」
「こんなことで嘘を吐いても仕方ないと思うよ。でも、理由が分からない」
大気魔気を遮断するようなものは結界ぐらいしか思い当たらない。
アリッサムの例もあるけど、あの現象は遮断ではなく、消失だから少し違う。
普通に考えれば、遮断より完全消失の方があり得ないのだけど。
「俺たちがあの宿から出て、どれぐらいだ?」
「半日ぐらい……? 主観だけど」
魔界では、時計など時を刻むものなどを持ち歩く習慣はない。
人間界のように分刻みで行動する必要がないからだろう。
私たちは、用を済ませ、一度、リヒトを宿に送り届けた後も暫くあちこちしていた。
トルクスタンはこの「ゆめの郷」に来ることは初めてではないらしいが、私にとっては初めてのことなのだ。
それに、ずっと高田と行動を供にしてきたミオと違って、出歩くという行動自体、新鮮で、ついあちこち行きたくなってしまう。
いや、ミオの場合は、アリッサムにいたころからも出歩いていた気がしなくもないか。
王族に生まれながら、あの豪胆な性格は本当に羨ましいと思う。
だけど、あの娘は王族の自覚がなかったわけではなく、女王や王配、姉の言葉にはある程度、従ってはいた。
「どの辺りだ?」
トルクスタンの問いかけに、私は少し意識を集中する。
やはり建物の中だ。
それは間違いない。
ぽっかりと丸い穴が開いたような不思議な空間を感じる。
結界にしては奇妙な形だ。
しかもかなり範囲が狭い。
はっきりと言いきれないけれど、人一人が収まるには窮屈そうだ。
それでも、その大気魔気が遮断されたそこに、何かの気配があった。
「もっと近付けば、分かるかも」
そう言って、宿に向かおうとした私の肩をトルクスタンが掴んだ。
「危険は?」
「危険があったら、あの場所にいるはずの先輩……、ユーヤが真っ先に反応していると思うよ」
あの護衛兄弟は、過保護なまでに主人を護っている。
少し前までは、護衛弟の方がその傾向が強かったのだけど、今では、兄の方が激しい気がしている。
私たちがいない間に何かあったことは間違いないだろう。
その彼が、何もしていないと言うのなら、危険はないのだと思う。
少なくとも、彼の主人には……。
「目立つことが嫌いな人だから、シオリの周囲で発生する異常は封じ込めようとするだろうし」
「あれだけ目立つ容姿を持っていて、目立つのが嫌いなのは勿体ないよな」
私の言葉にトルクスタンはそう解釈したらしい。
だけど、私の考え方は少し違った。
あの人は、自分より主人が目立つことを酷く嫌っている。
本当なら、ずっと自分の主をその懐に隠したいはずだ。
それはあの弟くんも同じような考えのようで……。
だが、兄弟で多少の温度差があるため、それがどんな感情から来ているのかは読みにくかった。
「トルクも、自分の宿泊先に違和感があるのって嫌じゃない?」
私としては、微かでも「違和感」と言うのは、大小の違いはあっても、「異常事態」ということに等しい。
少なくともその理由が分からないような状態では、落ち着けないと言うのが私の持論である。
「俺は全く感じないからな~」
危険がないと分かったためか、トルクスタンの緊張感は明らかになくなった。
そう考えると、逆に「危険があるかも」と言った方が良かった?
いや、一応、私たちの庇護者のつもりでもあるこの青年に下手なことを言えば、原因の確認すら許してくれないかもしれない。
ある意味、どこかの護衛兄弟以上に過保護なのだ。
あの笹ヶ谷兄弟は、過剰な護りを見せる反面、ある程度は、主人を自由にさせている部分もある。
だが、トルクスタンにそんな相手を思いやるような心はない。
自分の気持ちを優先する男なのだ。
いや、この辺りに関しては、自分の心を必要以上に制御し続けているあの兄弟の方が異常だとも言えるのだけど。
「個人の部屋だと困るけど……」
この「ゆめの郷」と言う場所の用途を考えれば……、どんなに違和感を覚えても、他人の部屋に入ることなどできない。
「そうだな~。真っ最中ならズカズカと割り込むこともできん」
その言い方では、「真っ最中」でなければ入れると言っているようにも聞こえる。
いくら、カルセオラリアの王子と言っても、そんなことが可能だとは思えない。
私は溜息を吐きながら、建物に入った。
奇妙な空気が肌を撫でた気がして、一瞬、震えが走る。
「マオ……?」
ここまで不思議な気配がこの建物内にあると言うのに、気付かないなんて本当に羨ましい。
……心配そうに私を覗き込む青年は、記憶違いでなければ、空間魔法に強い空属性の王族だったはずなのだけど……。
「トルクは……、本当に気付かない?」
「……マオが感じている気配かどうかは分からんが、上の方に結界がいくつかある」
トルクスタンは上の階に上がる階段がある方向へ顔を向けた。
「結界?」
この気配は結界だというのだろうか?
私にはそこまで感知ができない。
これは、建物自体の結界の気配が邪魔をしている気がする。
「よく知った結界もある。ミオとユーヤがそれぞれ近い場所に張っているな、これ。だけど、その近くによく分からん結界がある」
同じ建物内に入ったことで、ようやく彼が感じる程度にはなったらしい。
「よく分からない結界?」
私は、その言葉が気になって、その方向にトルクスタンと共に足を進めた。
トルクスタンの方が、急ぎ気味になっている辺り、彼も無視できないほどのものだということは理解できる。
だが、足早にその場所へ向かった私たちの眼前に広がった光景は……、違和感の塊しかなかったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




