違和感が形を成す
一度、削った文章ですが、今後の展開を考えて復活させました。
後一話ほど連続で投稿します。
ここまで、読まれていた方には大変、申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
目の前にいる「高田栞」の姿によく似た女は、無邪気に笑いながらも残酷なことを口にする。
いや、似ている……ではない。
その気配は本人そのものだった。
ただ違うのは……、その記憶。
それだけなのに、随分、雰囲気までも変わってしまうものだなと、オレは場違いな感想を抱いていた。
『二人とも、あまり驚かないんだね?』
彼女は不思議そうに首を傾げる。
「俺は、キミに会ったことがあるからね」
兄貴がそう口にした。
そんな話は聞いていないが、兄貴がオレに言わなかったのなら、話す必要もないと判断されたのだろう。
「オレは驚いている」
目の前にいる「高田栞」の姿をした女は、だからと言ってオレが覚えている「シオリ」とも少し違う。
長い年月は過ぎていったが、それでも、昔の彼女を見間違えるほどオレは呆けてはいない。
だが、それでも、体内魔気が「高田栞」とも「シオリ」ともほぼ一致している辺り、違和感が集団で襲ってきたとしかオレには思えなかった。
『なるほどね。流石にアナタたちも昔とは違うってことか。情報の修正はしたつもりだけど、「栞」以外の人間に見せる顔までは計算していなかったよ。いきなり、この現状を受け入れてくれるとも思っていなかったからね』
そう言いながら、どこか高田に似た仕草をして見せる女。
「それで、お前はなんなんだ?」
違和感の正体を拭い去りたくて、オレは目の前にいる女に確認する。
高田ともシオリとも違うと分かっているのに、感じる体内魔気が一致するなんて……、そんな経験は人間界で「高田栞」呼ばれていた娘と、再会した時ぐらいだった。
尤も、彼女はオレのことなど欠片も覚えてもいなかったのだが。
『ユーヤには言ったけどね、ワタシは、身体の記憶ってやつらしいよ。不思議だよね。脳と呼ばれる場所以外にも記憶領域があるなんてさ』
今の笑い方は高田より、シオリの方に似ていた。
そして、高田の振りをするよりも、シオリの真似をしている方が、そこまで違和感もない。
尤も、ここまで遠慮なくズケズケと言う辺りは、高田の方によく似ていると思うけれど。
「身体の記憶……ねえ……」
そう言われても、オレにはよく分からない。
記憶と言うのは、普通、脳にある海馬が司っているんだろう?
身体の記憶……、あるはずのない部分の痛みを感じるという「幻肢痛」みたいな現象もあるから、絶対にないとは言えないけれど、だが、その逆にあるとも言い切れない。
『だから、昔のシオリにも、今の栞にも似ているでしょう? ワタシにはどちらの記録もあるから』
記憶ではなく、記録?
なるほど。
目の前の女は、「身体の記憶」だから、通常の意思を伴った記憶ではないと言いたいのか。
分かりにくい。
「シオリと高田……。二人の皮を被っているだけのように見える」
『あははっ! ワタシは、身体の記憶だからね。彼女たちの言動は覚えていても、何故、その言動に至ったのかは分からないんだよ。特に今の栞の行動原理は、いろいろなことを知った後でも、よく分からないね』
笑いながら、自分の行動原理を全否定。
だが、ここまでの言葉に悪意も嘘も感じられなかった。
まあ、高田の身体で浮いている状態と言う見慣れない光景に、オレの眼もおかしくなっている可能性もあるが。
『ツクモは変わったね』
ふと、目の前の女は、オレに優し気な瞳を向けた。
『昔は、あんなに大人しくて、シオリの後を付いて行くような男の子だったのに……、今では栞の前に立っている』
その顔で言われると、いろいろと複雑な心境になるのは何故だろう?
本来なら、聞くことはないはずの話……、だからだろうか?
「仮にも護衛だからな」
その自尊心すら自分自身で踏みにじったが。
『ユーヤも変わったね』
目の前の女は、先ほどから無言だった兄貴にも目を向ける。
「そうかな?」
兄貴は平然と答えた。
「栞ちゃんほどじゃないよ」
いや、それは比べる相手が可笑しいと思うのはオレだけか?
『そりゃそうだ。元々の『シオリ』と、記憶を消した後の高田栞と……、どちらも見てきたワタシでは、もはや別人だからね』
そう言いながら、彼女たちによく似た女は肩を竦めて続ける。
『でも、身体の奥底に眠る深層魔気は一緒でも、表面上に出てくる表層魔気は環境や感応症で変化する。だから、セントポーリア国王陛下に可愛がられた今の栞が一番、あの方に近しい魔気なんじゃないかな? その辺り、実際に体感できないワタシにはよく分からないけれど』
「身体の記憶なのに体感できないのか?」
『ツクモはテレビの画面の中の気配を感じ取ることができる? ワタシの状態は、そ~ゆ~ことだよ。目に映る、耳に入るものしか感じない。だから……』
そう言って、目の前の女は、オレの手を握る。
そこには確かに触れている感覚はあり、温もりもあったが、少し前の高田に対して抱いたような感情は全く湧き起こらなかった。
まったく同じ顔だというのに、その違いはなんなのだろうか?
『こうしてツクモの手を握っても、昔のシオリが持っていたような感情も、今の栞が抱く怖さもない。ただ見た目で、手が触れていることだけは分かるけど、その触感……、感覚は伴ってない』
この女……、さり気なく釘を刺してきやがったか?
『だから、まあ、懐かしくも甘い夢が形になっただけと考えてくれたら良いよ』
「……昔のシオリと、今の高田……。じゃあ、お前のことはなんと呼べば良い?」
『へ? なんでそんなことを気にするの?』
あ……。
今のちょっと不思議そうな顔は、高田に似ていた。
「呼び名がないと勝手が悪い」
だけど『シオリ』とも、『高田』とも呼びたくはない。
目の前の存在は、彼女たちとは違うのだから。
『どうぞ、お好きに。「身体」でも、「魂」でも、「心」でも、「記憶」でも。ああ、仮名ならギリシャ神話の「運命の女神」でも、この世界の衰退を救った「救いの神子」でも良いかもね』
皮肉でも自嘲でもなく、高田の姿をした別の存在はそう言った。
特に後半の言葉は、ある種、深読みをしろと言わんばかりの名前ばかりだった。
身体の記憶……と言うのは、確かにある程度のことは覚えているみたいだ。
「そうだな……。じゃあ、『ライズ』で」
いろいろ考えて……、なんとなくそう思った。
『……? ツクモってソフトボールやってたっけ?』
何故か、そんなことを聞いてくる女。
「なんでソフトボール?」
前後のつながりがよく分からない。
高田がソフトボール部にいたことは何度か聞いていたから知っているが、この場合、それは関係ない気がする。
「ソフトボールの変化球の一種に『ライズボール』と言う球種があるのだ」
人間界で野球をやっていた兄貴が、そう解説してくれたが、知るかよ、そんなこと!
だが、その知識がある時点で、目の前にいる女には、人間界の知識まであるということはよく分かる。
この世界に、スポーツという娯楽はないのだ。
『ソフトボールが関係ないのなら、なんでその名前を選んだのかを聞いても良い?』
何故か目を輝かせる女。
「特に深い意味はない」
ふと思いついただけだ。
『なんだ……』
途端につまらなそうな表情。
その顔で、そんな表情を見せるんじゃねえ。
「『記憶する』から取ったんだよ。それに『ライズ』だけでも、その身体にピッタリな意味が多い」
例えば、「起き上がる」、「立ち上がる」、「立ち向かう」、「高まる」、「強まる」、「評価が高まる」など……。
しかも「風」に関係する言葉にもなる。
『もっと分かりやすく「記憶」じゃダメだったの?』
「それじゃあ、あまり可愛くねえだろ?」
そう答えると、何故か目の前の女は目を丸くしてオレを見る。
黒く大きな瞳が、オレを映しているのが分かった。
そして……。
『そうだね、可愛い方が良いね』
そう言って、笑った。
『じゃあ、改めて、アナタが考えた名前を呼んでくれる?』
「…………? 『ライズ』?」
『おっけ~、受付、完了!』
まるで、誰かのようなノリで、彼女がそう言う。
「「受付?」」
オレと兄貴の声が重なった。
『そう、これでワタシが形作られる』
まるで、昇る太陽のように、眩しい光を放ちながら、その女は確かにそう言ったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました




