【第52章― 殻に閉じこもる ―】違和感が現れた!
この話から52章となります。
一度、削った文章ですが、今後の展開を考えて復活させました。
このまま、後、二話ほど連続で投稿します。
ここまで、読まれていた方には大変、申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
「兄貴、悪いけど、また『ゆめ』の手配を頼んで良いか?」
部屋で通信珠を使用しても何の反応もなかったが、部屋から出てロビーに近い場所にあるラウンジに兄貴はいた。
多分、オレを待っていたのだろう。
優雅にお茶をするその姿は、我が兄ながら、妙に絵になっていて、腹が立つ。
「条件は同じか?」
オレと目を合わせないまま、兄貴は確認してくる。
「いや、もうどんな女でも良い」
寧ろ、あの条件からは、離した方が良いだろう。
あの時は深く考えずに書き連ねたが、いざ、「発情期」の状態から醒めて、冷静になった後から見れば、オレが書いた条件は、どう見ても特定の人物を指しているとしか思えないほどあからさま過ぎた。
自分の分かりやすさに嫌気が刺す。
無意識レベルで既に、瀕死の重症だったわけだ。
「随分、極端な変貌だな」
兄貴はカップを置きながら苦笑する。
「誰かと重ねたくはないからな」
あえて、誰とは言わない。
兄貴のことだから、どうせ、気が付いているのだろう。
そして、オレも今更、弁解するつもりもない。
「分かった。今度は逃げるなよ」
兄貴はわざとらしく大きく息を吐く。
「分かってるよ」
あの時、オレは確かに逃げた。
来た「ゆめ」が知り合いだったことを理由にして。
なんのことはない。
そうして、理由を付けることで、オレは自分が本心に気付くことを避けたのだ。
だが、それを知ってしまった以上、逃げることはできない。
「思ったより、落ち着いているようだな」
「……言われてみれば、そうだな」
それも少し、奇妙だった。
前回、大聖堂で発症した「発情期」を思えば、こんなに早く鎮静化するはずもないのに。
「だから、今のうちにとっとと捨てておく」
もうあんな思いはしたくない。
彼女を護ることができるなら、オレはどんな犠牲も払うと決めていたことを忘れないように。
自分のちっぽけなプライドや半端な意地よりもずっと大事なものだから。
「その決意を数時間前にしておくべきだったな」
それは暗に、オレが何をしたかを知っているかのような言葉だった。
だから、これだけは報告しておく。
そして、今回に限り、それ以上の報告はしない。
「言っておくがヤってねえぞ」
それだけは確かだ。
「ゆめ」をまだ必要としている以上、それは兄貴にも伝わっているとは思うが、これだけはオレの口から伝えておかなければいけないことだから。
「当然だ。無様を晒すなと忠告していたはずだからな」
兄貴は、呆れたようにそう言った。
だが、オレはその言葉で、ふとあの時を思い出す。
オレがあの場で留まった時、頭の中に聞こえてきた声がいくつもあったのだ。
だからこそ、踏み止まれた部分もあっただろう。
様々な要因が絡んで、あの場で最後の一線を越えることがなかったのだ。
しかし、浮かんできた言葉のその全てが何故か野郎の台詞ばかりだったのは、個人的には納得できない部分だったりしている。
いや、あんな状況で他の女の声が出てきても、いろいろ問題しかないのだが。
そして、その中の一つが、さっきの兄貴の言葉だった。
「その忠告のおかげで、止まったぞ」
「ほう?」
「最終的には、命呪だったみたいだけどな」
彼女がどんな命令をオレにしたのかは分からない。
だが、頭を冷やすきっかけになったことは間違いないだろう。
「止まったのなら、彼女にとっては良かった。お前にとっては……、まあ、どうか知らんがな」
「オレにとっても、良かったんだよ。あんな形は望んじゃいねえんだ」
じゃあ、どんな形だったら良かったのか?
そんなの答えられるはずもない。
今も、自分の中にだって明確な答えはないのだ。
「最初で最後の機会だとしても……か?」
嫌なことを言いやがる。
実際、兄貴の言う通りだろう。
あんな機会はもう二度と起こらない。
起こるはずがないのだ。
全ては、少しだけ何かがずれてくれたことによる幸運。
そして、そんな巡り合わせはそう起きない。
だが、その点について、オレの答えは既に出ていた。
「オレは、これ以上、泣かしたくねえ」
結局のところ、そこに行きつく。
彼女には、どんな時でも笑っていて欲しい。
それが、オレに向けられたものじゃなかったとしても。
「だから……」
『相変わらず、真面目だね~』
不意に、そんな鈴が鳴るように無邪気な声が聞こえた。
その聞き覚えがある声にオレの背筋が凍った気がする。
『そこがツクモの良いところなのだろうけど』
だが、声の主は、構わず続ける。
なんで、今、現れたのだ!?
状況は、分かっているんじゃないのか!?
分かってくれたんじゃないのか!?
混乱するオレの頭。
だが、おかしなことがある。
それでも、オレの身体が、その聞き覚えのある声に反応しない。
少し前まで、あれだけ欲していたと言うのに。
「キミは……」
オレがその方向に顔を向けるよりも先に、その人物を見た兄貴の方が驚愕の表情を隠さなかった。
『久しぶりだね、ユーヤ。ツクモとは年単位で久し振りだけど、アナタとは数ヶ月ぶりかな?』
その言葉で、違和感に気付く。
同時にさらなる違和感も上乗せされたが……。
思わず、オレはその正体をこの眼で確かめようとした。
そこには黒髪、黒い瞳の見知った少女が笑っていて……。
「……シオリ……?」
オレの瞳がその姿を捉えた時、情けないことに呆然と呟くしかなかった。
似ているようで、似ていない気配。
同じだけど、全く違う存在。
だけど、間違いなく同じ人間が持っているはずの魔気だった。
ずっと会いたかったはずの存在。
だけど、何故、今……?
先ほどとは同じ言葉で、別の意味合いとなってしまう。
何故、このタイミングで、彼女の方が表れたのか?
それも、宙に浮くような形で。
「なるほど、九十九が言うなら、やはり本物か……」
オレの反応を確認した後、兄貴が言った。
偽者であるはずはないが、本物かと言われたら、どこかに違和感はある。
何よりも……。
「高田は……?」
そちらの方が気になった。
少し前のオレだったらどうだっただろうか?
だが、今は、そちらが気になってしょうがない。
『ああ、栞の方?』
彼女と同じ姿かたちをした存在が、彼女と少しだけ異なる表情で笑った。
あの頃とよく似た笑顔が、今となっては、彼女との差異しか感じない。
どこか造られたようにも見える笑みは、オレがよく知る「高田栞」とは全く別のものだった。
『閉じこもっちゃったよ? 誰のせいだろうね?』
どこか無邪気に見えるその顔のまま、容赦なく言葉で殴りにきやがった。
「オレのせいだよ」
自覚はある。
「閉じこもった……とは?」
兄貴が冷静に確認する。
『視れば分かるよ。栞は、文字通り「殻に閉じこもった」から』
「……ふざけるな」
その言葉を額面通りに受け止めることはできない。
目の前にいる彼女によく似た存在は、どこか不完全で、本物と言い切れないものがあるからだ。
『「ふざけるな」は、こっちの台詞だよ、ツクモ。アナタ、自分が何をしたか分かっていて、ワタシに敵意を向けているのかな?』
そう言いながら、彼女に似た存在は、オレに鋭い視線を向けた。
その震えがくるほどの瞳の強さに見覚えはあるが、今となっては、そこまで怖くも感じなくなっていた。
もっと強い瞳を知っているからだろう。
鋭くはあるが、虚勢を張ったような瞳で、今更、このオレが怯むと思うなよ?
『可哀そうに……、栞は怯えているし、混乱もしている』
オレに向かって彼女は言葉を続ける。
『ずっと信頼していた護衛に裏切られたから』
恐らくそれはある意味、自分を慰めるような言葉。
『ワタシはあの娘にも言ってあげたのに……』
そう言って、彼女はオレたち兄弟に言い切る。
『母様以外を信用するなって』
ここまでお読みいただきありがとうございました




