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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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少年は温泉で迷う

 少年がその光に気付いてそこに現れた時、その現状をよく理解できなかったことは間違いないだろう。


 その場にはただ黒い炎が大きく燃え続けているだけだった。


 さらに、その近くにはどこかで見たことがある紅い髪の男が傷だらけになって倒れており、ただ一人、その場に立っていた黒髪の少女は……、タオル一枚を巻き付けただけという何とも無防備な姿だった。


「一体……、何が?」


 少年が、そんな風に呟いたが、少女は顔どころか視線すら向けず、紅い髪の男の方だけを見ている。


「高田!!」


 強い声で呼びかけるが、やはり反応はなかった。

 明らかに様子がおかしい。


 そう言えば……、と彼はその周囲を見渡すが、彼女と一緒に居たはずの友人の姿もどこにもなかった。


「……まさか……」


 最悪のパターンはいくつも考えていたつもりだった。


 でも、何故だろうか。

 現実はいつも少年の予想を飛び越えていく。


 彼女以外の身近な人間が害に遭うことなんて、心の中では考えないようにしていたのだ。

 そうでなければ、この世界で10年も暮らしていくことなんかできなかった。


 周囲に情を移しては駄目だと、兄にあれほど忠告されていたのに。


「高田! 何があった!?」


 彼女に駆け寄って無理矢理、肩を引いて振り向かせる。


 彼女は光のない虚ろな瞳をしていた……。


 しかし、この前、少年自身が受けたような莫大な魔力が暴走した状態とは少し何かが違う気がしている。


 でも、それがどう違うのかがはっきりと断言できない。


 彼には、()()()()()()()()()()()()()、思い出せなくてモヤモヤとした感覚を持て余した。


『何故……、変化も……なしに』


 少年の背後から声が聞こえた。

 その言葉であの時の状況を思い起こす。


 前回、彼女が暴走した時、彼女は髪の色まで変化させたのだ。

 しかし今はいつもの黒髪のままだった。


 ―――― 単に無意識になっただけか?


 いや……、こちらが本来の暴走状態のような気がする。

 前に見た変化の方が異常だっただけだ。


「おい。お前、何をした?」


 少年の問いに紅い髪の男は答えない。


 ただ……。


「ミラ!!」


 一言だけそう叫んだ。


 すると木々の間から、黒い何かが飛び出し、紅い髪の男ごとその場から消えたのだった。


「仲間……か?」


 返事もなく現れたソレや何の事情や説明もなく消えたヤツら。


 しかし……、今はその後を追うどころではなかった。

 もっと大事なものがある。


「高田! どうしたんだよ!?」


 再度、肩を掴んで揺らす。

 それでも彼女は瞬きら見せない。


 少年の姿を映している大きな黒い瞳にも何も変化はなかった。

 いつもは激しいばかりに揺れる喜怒哀楽の面影すらない。


 いや……、今の彼女には、感情そのものがないようにも感じられた。


「高田! 高田!? しっかりしろよ! 高田!」


 しかし、彼の声は虚しく辺りに響くだけだった。


 そのことが酷く恐ろしいことのように思えて、少年は黒髪の少女の両肩を思い切り掴んだ。


「どうしたんだよ? こんなのお前らしくないじゃないか!」


 彼は、尚も彼女の小柄な身体を揺らし続ける。


 ―――― 身体?


 そこで少年は、気付いてはいけない事実に気付いてしまったのだ。

 彼は思わず息を飲んだ。


「あ……」


 少年の身体からは汗が出てきた。

 勿論、周りが蒸し暑いのもある。


 しかし、彼の思考は既に別のことに囚われていた。


 今、この場には少年と少女の2人だけである。


 黒い炎が彼らの横でまだメラメラと燃え続けているが、それ以外の存在は特に見当たらなかった。


 ここは露天風呂ということもあって、彼女の姿は少し湿ったタオルを巻き付けただけの状態だった。


 そのため、普段は意識もしていない曲線がはっきりと現れている。


 確かに彼女の体型は、平均的な同年代の少女と比較すればかなり子どもっぽいだろう。

 しかし、それでもやっぱり彼女は異性なのだ。


 ゴツゴツしている少年の身体とは全く違い、女性特有の滑らかな曲線美を描いているのは嫌でも分かる。


 困ったことに意識するまいとすればするほどそれから目を離せなくなってしまっている自分がいることに少年は気付いていた。


 写真や映像からでは得られない立体感と臨場感。

 そして……、掴んだ肩からも彼の指に伝わる柔らかい感触と温かな体温。


 自分とは違う生き物。


 それを今、目の前の相手に対して彼は実感している。

 再会してから一度も意識しなかったこと。


 いや……、少年は本当に意識したことが一度もなかったのだろうか?


 いや、既に彼は知っていた。

 その身体から生まれる匂いも、その身体の温もりも。


 ずっと近くにいたのだ。

 それを知らないはずはなかった。


 これだけ自分と違うものなのだ。手も足も体つきも。

 まったく意識したことがないなどと言えるはずもない。


 だが、彼はそれを自分の中の奥深くにぐっと封じ込めていた。

 当たり前だ。


 少年にとって、彼女は守るべき人間であって、異性として意識してはいけないのだ。

 それは今も昔も変わらない。


 記憶があってもなくても関係なく、大切で守るべき存在。


 しかし、目の前のこの存在はあまりにも、甘美で彼のそんな理性(どりょく)さえも嘲笑うかのように、その意識を刈り取ろうとしている。


 それは、これまでの長くはない人生の中で経験したこともないほど蠱惑的な誘いだった。


 しかし、それに乗ったとしても気付かれることはないかもしれないが、自分の中には傷として確実に残る。


 そして、少女にも。

 その先を進めば闇しかないのは分かっている。


 だが、それでも……抗えない魔力(みりょく)がここにあった。


 半人前の夢魔の魅了など可愛いものだと思う。

 あれは強い精神力があればなんとか弾くことができるのだから。


 だが、これに逆らうことはできない。


 昔からそうだったではないか。

 彼は、彼女に勝つことなどできない、と。


 少年は掴んでいる両肩をほんの少しだけ自分側に引き寄せてみる。


 そこに何の抵抗もなかった。

 以前あったようにいきなり魔法を連発するような様子もない。


 本当に意識がないのか、彼女はされるがままに動く。


 そのまま、その細い肩を抱き寄せ、自分の腕へと引き寄せる。


 自分に向かって、倒れ込むように思いの外、勢いよく飛び込んできた彼女は温かかった。


 それもいつもよりずっと。


 彼に体重を預けている少女の身体は重さがあるため、しっかりと自分の身体と腕でしっかり固定する。


 密着度があがったためにさらにその柔らかさを感じた。


 少し、いつもとは違うが、ここに彼女がいるだけでかなり安心している自分がいる。

 意識はまだ正常に働いていないようだが、身体が無事ならなんとかなるだろう。


 少年は思わず空を見上げた。

 広がるのは満天の星。


 そして、それを見ながら、大きく一息を吐く。


「参ったな……。ここからどうしようか?」


 ようやく、思考が落ち着いてきたのか、腕の中に彼女を収めたまま、彼は困ったように呟いた。


 だが、深く考えず、まだ意識を取り戻さずに目を開いたままの少女に対して、その頬を撫でてみる。


 やはり、少女から抵抗される様子はない。


 彼は、肩や腕とは違った少女の顔の柔らかさを確認し、そして……。


「笹さ~ん、それ以上はまだ駄目よ~」

「は?」


 そんな朗らかな声で、少年の思考と動きが分かりやすく停止した。


 一秒、二秒……、固まった状態から彼は動くことができない。


 ここには少年と少女以外、誰もいなかったはずだ。

 あの紅い髪の男たちがいなくなった後に、彼は安全のために確認したのだ。

 

 ならば……、この場に聞こえるこの声は一体、誰の声だというのか……?


 いや、答えは分かっている。

 だが、ある意味認めたくはなかった。


「とりあえず、高田を眠らせるか何かして動かしましょうか。風邪引く前にね。いろいろ話はそれからよ」


 そう言って、声の人物は黒い炎の中から少年の前に姿を見せた。


 いつもの含みがある笑顔のままで。

はい、お察しのとおりです。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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