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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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自分を優先した結果

「護りの一種……、隷属契約みたいなものを交わしているってことか。まあ、当然だな」


 どうやら、水尾先輩にも何か思い当たることがあるようで納得してくれた。


 水尾先輩には「強制命令服従魔法(めいじゅ)」のことは言っていない。

 多分……。


 だから、どこまで話して良いか分からないのだ。 


「それで……、九十九が『命呪』って言葉を知っていたのか」

「はい~っ!?」


 思わず、奇妙な声が出た。


「ああ、そうか。あの場に高田はいなかったな。クレスと高田が初めてストレリチア城に行った時、三人で待っていた間にそんな話をした。あの時は……、王族の秘術であるはずの『強制隷属契約魔法』を知っているのかと思ったが……、自分に施されていたわけか」

「『強制隷属契約魔法』?」


 なんだか不穏な響きがする魔法だ。

 しかも、長い。


 いや、「強制命令服従魔法」も、言葉の長さとしては、どっこいどっこいだけど。


「今は、『強制命令服従魔法』と呼ばれている『命呪』のことだな。正式名称は『強制隷属契約魔法』という古代魔法の一種だが……、『隷属』と言う言葉を避けるようになっている。言葉を飾ったところで、意味は同じなのにな」


 確かに「隷属」という言葉の方が、本人の意思をより無視している感はある。


「でもそれなら確実か……。どんな風に叩き込んだ?」

「わたしの場合、『命令』の一言で、彼らが従うようになっているので、特別なことは何もしていません」

「なるほど、本来の雇い主が施したのか。しかも分かりやすい」


 あの時、わたしは「命令」した。

 苦しんでいる九十九に対して、「一晩、ゆっくり休め」と。


 だから、彼はまだ海より深い眠りについているはずだ。

 そして、その命令なら日頃から、あまり眠れていない彼にはちょうど良いだろう。


「だけど、()()()()()()()()()()()()()()()のです」


 水尾先輩に抱き締められているせいだろうか?


 そんな弱音に煮た言葉が零れ落ちた。


「九十九は『発情期』で苦しんで、()()()()()()()()()()()()()()()ほど(つら)かったのに、それでも、ギリギリのところで護ってくれました。それなのに、わたしは我が身可愛さから、彼の意思を無視する『命令』をしてしまった。二度と使わないって決めていたのに!」


 たった一度だけ、使ったのは人間界だった。

 その効果をわたしに分かりやすく伝えるために……だったのだと思う。


 でも、あの時の虚ろな瞳になった九十九が忘れられない。

 雄也さんとは全く違う反応。


 彼はまるで、人形のようにわたしの「命令(言葉)」に従って、その命令を実行したのだった。


「九十九は! あんな状態になってもわたしを護ろうとしてくれたのに!!」


 熱に浮かされたような九十九が、僅かな時間だけ、いつもの彼に戻った。


 その上で、わたしに向かって、苦し気に「『命呪』を使え! 」と叫んでくれたのだ。


 それでも、反射的に嫌がったわたしに対して、さらに吐き捨てるように続けて言葉を口にした。


 それがなければ、わたしも、踏ん切れたかは分からない。


「九十九から……、『わたしを抱きたくない』……、とそう言われて、わたしは彼に『命令』してしまいました」


 彼は、見た目に分かるほど、苦しんでいても、わたしを拒絶したのだ。

 その意味が分からないほど、わたしも鈍くはない。


 そして、そこまで嫌がられて、それでも、彼の治療のためだから、と素直に我が身を差し出せるほど、わたしは九十九のことを好きではなかったのだ。


「わたしは、九十九より自分を護ったのです」


 水尾先輩の腕にまた力が込められる。

 でも、苦しくも痛くもないのも何故だろう?


「九十九は、いつも護ってくれているのに。わたしは、自分のことだけしか考えられなかった!」


 わたしだって彼を優先させたかったのに……。

 いつだって、わたしのことばかりで、自分を大事にしないあの()()を……。


 それなのに、いざという時に……、それができなかったのだ。


 だけど、そんなわたしに対して……。


「高田……。()()()()()……」


 水尾先輩はそう答えた。


「え……?」


 水尾先輩に抱き締められたまま、顔も上げることができない。


 だから、彼女が今、どんな顔をしているのか……。

 わたしには、分からなかった。


「九十九は、止まりたいと願ったんだろ? それなら、高田が守ったのは、自分の身だけとは、私は思わない」


 小さいけれどはっきりした声で、水尾先輩は断言した。


「でも、それは……」

「『発情期』は生理現象だ。自分の意思で留まることなんてほとんどできない。アリッサムの聖騎士団長のようなヤツでも、かの大神官でさえも。それは、分かるか?」

「なんとなく……」


 先ほどから話題に出ているアリッサムの聖騎士団長さんのことはよく分からないけれど、大神官、恭哉兄ちゃんのことはよく知っている。


 そして、彼もまだ耐え続けていることも……。


「九十九は、本能のまま、高田を抱くことだってできたはずだ。だけど、ギリギリで耐えて、それでも耐えきれそうにないから、止めて欲しいと願ったんだと思う」


 そう言いながら、水尾先輩はわたしの頭を撫でる。


「そのことについて、高田はどう思う?」


 そう問いかけられて、考えてみる。


 どんな強靭な精神の持ち主でも逆らえない「発情期(ほんのう)」。

 それでも、彼が抵抗したかったのは……?


「わたしとのえっちが嫌だったってことでしょうね」


 それ以外、考えられない。


 最近は体型のことは、重さを除いてほとんど言われることはなくなったけれど、わたしにそう言った魅力がないことは、彼自身の口から何度も言われていたから。


「多分、違う」


 違うらしい。


 それ以外?

 それ以外なら……。


「初めての相手が、わたしになることは嫌だった……とか?」


 わたしが女性だからかもしれないけれど、やっぱり「初めて」というのは特別なことだと思う。


 特に、今回、自分自身がいろいろ経験してみてそう思った。


 キスされたのも、身体に紅い跡を付けられたのも、あちこち触れられたことも、それ以上のことも……。


 そして、それらの行為を思い出すだけで、羞恥のあまり、この場で穴を掘りたくなるのだけど。


「それはない」


 ない?

 先ほどと違って、水尾先輩は断定口調だった。


 それ以外、彼が留まる理由……?


「わたしが、護るべき人間だから?」

「それはある」

「……そうですか」


 そうなると、彼が踏みとどまってくれたのは、わたしが「護衛主(王の娘)」だからってことか。


 どこまでも真面目な彼らしいと思ってしまう。


「当人に確認したことはないけど、多分、九十九にとって、高田は唯一、異性として意識しては駄目な存在なんだよ」

「それって、わたしは九十九にとって『女じゃない』ってことですか?」

「なんでそうなる? そして、それだと『発情期』で反応しないからな。あのバカのように」


 あの「バカ」って、この場合……、先ほどから話題になっている聖騎士団長候補……、いや、現聖騎士団長のことだろう。


「家族みたいな関係を望んでいてさ。妹のように大事に思っている娘を女として意識したくないって状態……かな?」

「九十九が兄?」


 少し考えて……。


「いや、彼は弟タイプだと思います」


 どんなにしっかりしていても、どこか抜けない弟属性。


「私もそう思う」


 そして、同意も得られてしまった。


「それでも、家族を想うなら、そう言った考え方もあるってこと。特にヤツらは、両親を亡くすのも早かったんだろ? どこかに家族を求める気持ちはあると思うぞ」


 それは分かる気がした。


 九十九も雄也さんも、淋しがり屋なところがあって、でも、それ意識せず、甘えてくるところがある。


「何より、今の関係を崩したくはないだろうな」


 水尾先輩はそう言うが……。


「でも、それはもう無理ですよ」


 わたしは彼女に体重を預けながら、目を閉じる。


 そして……。


「わたし……、今までのように九十九と接するような自信がありません」


 そんな情けない本音を吐露したのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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