盛大な勘違い
この話はR-15内でおさまっていると思いますが、ご注意ください。
初めて聞いた水尾先輩の過去の話。
どれだけの思いを持って、彼女はその傷を話してくれたのだろうか?
それが10年も昔の話だったとしても、それでも、あんな怖い思いを、わたしよりもっと小さな時期にしていたのだ。
勿論、そこには何らかの打算や目的があって、話してくれたのかもしれないけれど、それと引き替えにするには少しばかり重すぎた気がした。
「水尾先輩が聞きたいのは、わたしの方の傷、ですよね?」
わたしは恐る恐る確認する。
「高田の傷をあまり抉りたいわけではないけど、話を聞かないことには、糾弾もできないからな」
「糾弾?」
「普通に考えれば、九十九が高田に対してやったのは、護衛失格の行為だろ?」
確かに護るべき相手を傷つけるような護衛って、大問題だと思う。
実際、わたし自身、何度もそう思った。
―――― いつもは助けてくれる人なのに!
そんな人が、助けを呼ぶ時に、誰よりも真っ先にわたしの頭の中に名前が浮かぶほどの人が、そして、わたしが最も信用していた護衛が、今まで生きてきた短い人生の中で、一番、わたしを脅かす存在になったのだ。
「でも、九十九の糾弾って具体的にはどうするつもりですか?」
「内容によってはぶっ殺す!」
思った以上に過激な言葉が返ってきた。
そして、魔法国家の王女である水尾先輩なら、それも可能だと思う。
九十九が抵抗しなければ、骨も残らないほどのことができるだろう。
彼女にはそれだけの能力があるのだ。
「そう言われては、わたしが話せなくなりますよ」
「じゃあ、高田が言うようにちょん切るか? この『ゆめの郷』では、『ゆめ』以外に合意なく手を出せば、それぐらいのことはされるらしいぞ?」
先ほどのわたしの言葉を引き合いに出されてしまった。
しかも、この場所の法律? もそんな感じだとか……。
道理で、来島は躊躇なくあの人を斬ったわけだ。
いや、確かに水尾先輩の話を聞いていた時は、腹が立って思わずそう言ってしまったのだけれど、いざ、それを身近な人間に対してできるかと言えば、彼は、そこまでの罪を犯してはいない気がした。
―――― なんて、勝手なのだろう。
あれだけのことをされたのに、それでもわたしはそこまでの怒りを彼に感じていないのだ。
「ちょん切るかどうかは、話を聞いてからにしてください」
わたしとしてはそう言うしかなかった。
せめて、彼に情状酌量の余地ってヤツがありますように!
それに、正直なところ、同じ女性である水尾先輩に、いろいろ聞いてみたいこともある。
正直、わたしにはそう言った方向性の知識が足りていないことはよく分かった。
母もその辺については全く教えてくれなかったし。
水尾先輩がその辺りを知っているかどうかはともかく、何も知らなかったわたしよりは知っていると思う。
「実際、九十九からは鋭い痛みを感じることをされました」
わたしがそう言うと、水尾先輩が目を丸くしたことが分かる。
同時に、ちょっと体内魔気の気配が強くなった。
彼女も魔法具で制御しているはずなのに。
「それに、あの時は、九十九が知らない男の人みたいで、凄く怖かったです」
あの時の気持ちをどう表現すれば良いのだろう?
身体が強張って、自分の意思では全く動かせなくなってしまうほど固まって……。
あんなことは初めてだった。
「そうか……」
水尾先輩は一言だけそう言った。
「それに、触れるだけで気持ち良いって聞いていたのに、全然、良くない! 寧ろ、痛かったです!!」
わたしが一番、気になったのはその部分である。
漫画や小説では、多少強引でも、平気なことの方が多い。
そして、あんなに痛いなんて、描いても書いてもいなかった。
思わず「嘘つき! 」と叫びたくなったぐらいだ。
「そ、そうか」
そんなわたしの剣幕に圧されてか、水尾先輩の反応が引き攣ったものに変わる。
「でも、初めては痛いって聞くし」
「痛すぎです!」
漫画や小説が当てにならないってことはよく分かった。
あれはフィクションの世界。
非現実的な話なのだ。
「そ、そんなに?」
「まだ痛いですよ。場所が場所だけに見せられませんが」
「見せられても困るな」
水尾先輩は目を逸らす。
「その、手当とかは?」
「そこまで大袈裟なものではないので大丈夫です」
それに、治癒魔法の使い手が加害者だ。
わたしは自分を癒せないのだから。
「でも、出血とかはあっただろ?」
「出血?」
あ、あれ?
なんで?
確かに暴れたけど、出血するほどのことは……?
……?
…………?
………………!?
そこで、わたしはようやく、水尾先輩が盛大に勘違いしていることに気付いた。
確かに、わたしもその方面の知識は少ないが、それが何を意味しているかは分かる。
「違います!!」
「は?」
わたしの叫びに水尾先輩が驚いた顔を見せる。
「違うんです! 誤解です!!」
「な、何が!?」
「その、わたしたち、最後までしていません!!」
具体的にどの辺りを最後と言うのかは分からないが、少なくとも、一般的に言われている部分だと考えれば、違うとはっきり否定できる。
「九十九は途中で止めてくれました! だから、わたしは、処女のままです!!」
少なくとも、子供を作る行為には至っていない。
「はあ!?」
さらに信じられないとばかりに目を丸くした水尾先輩。
そうですね。
普通は、「発情期」状態の男の人に襲われたら、最後までされたって思っちゃいますよね?
その生理現象は、そういう行為が最終目的なのだから。
だから、この部分については、最初に言っていなかったわたしが悪い。
そして、そう勘違いされていたことも恥ずかしいけれど、こんなことをうっかり叫んでしまった自分はかなり恥ずかしい。
「でも、さっき、痛かったって……」
「胸です! わたし、あまり大きくないのにこう、わしっと鷲掴みされて」
いや、本当のことを言うと、下着の中に手を突っ込まれるところまではされた。
そして、それは、涙が零れ落ちるほど痛かったのだ。
だけど、この状況でそれを口にできない。
恥の上塗りになってしまう。
これ以上、恥ずかしい思いをするのは、避けたい。
「そりゃ、場所に限らず誰だって強く掴まれたら、痛いだろう。実際、高田の両手首だって痣になってるぐらいだし。そっちだって相当痛くないか?」
水尾先輩がどこか呆れたような顔をした。
「両手首については、そこまでは……」
その時は確かに痛かったのだけど、行為が進むにつれて、それどころじゃなくなったと言うか。
「焦って、損した。でも……」
そう言って水尾先輩がわたしに向かって手を伸ばし……。
「未遂だったなら、本当に良かった」
そう言いながら、抱き締めてくれた。
その温かさは、九十九のものとは違って、まるで母みたいだと思った。
わたしの母と水尾先輩は、全然、似ていないのに。
「水尾先輩も、未遂だったんですよね?」
水尾先輩に抱き締められたまま、わたしは確認する。
「そうだな。でも、あれから何年経っても、身体にあの時の怖さが残っている」
ぎゅっとわたしを抱き締める力が強まった気がした。
―――― ああ、そうか。
これから先、ずっと、あの時の怖さは残るのか。
抵抗しても、押さえつけられた手首は動かなくて。
声を出そうにも、声にならなくて。
身体が重くて固まって……。
……でも、少しだけ甘くて苦しくて。
「九十九は、自分で止まったのか」
「はい」
わたしがあまりの痛さに悲鳴を上げた瞬間、彼は一瞬だけ正気を取り戻した。
そして……。
「奥の手を使わせてもらいました」
「奥の手?」
水尾先輩は不思議そうな顔でわたしを見た。
彼女からしてみれば、不思議だろう。
わたしは今の所、まともな魔法を使えないのだから。
「わたしは、彼らに対して、強制的に命令する術を与えられています。護りの一種ですね」
でも、彼がそう言わなければ、わたしは忘れていた。
あれだけ何度も教えてもらったのに。
あんな極限に近い状況で、彼は「強制命令服従魔法」を使えと言ったのだ。
それは、彼らに対して意思に関係なく絶対的に従わせる呪いの言葉。
そして同時に、あんな状態を想定しての措置だったことに、わたしは気付いたのだった。
つまりは、内容的にR-15以上、R-18未満でした。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




