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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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呆れるぐらいの直球勝負

 ―――― さて、何から話したら良いものか……。


 いきなり、部屋に来たのに、彼女は笑って招き入れてくれた。


 何も言えずに抱き締めることしかできなかった私に「悪くない」と言ってくれた。

 謝らなくても良いとまで。


 だから、彼女も私が来た理由そのものについては分かっていると思うが、それをどう切り出せば良いのか分からない。


 扉を開けてくれた時、彼女は酷く驚いた顔をしたことだけは覚えている。


 そして、部屋で泣いた様子もなかった。

 目は疲れていたけれど、腫れたり、涙で滲んだりはしていなかったから。


 だけど、彼女の周囲には分かりやすく「印付け(マーキング)」のように、誰かの気配が纏わりついていたから、まあ、その誰かさんと何かあったことだけは間違いないのだろう。


「どうしました? 水尾先輩」


 不思議そうな顔をしているが、その気配に警戒する心が紛れている。


「いや、高田が、魔法具を身に着けていないのは珍しいなと思って」


 私も付けているけれど、彼女も体内魔気から身元が割れないように、いつも抑制する魔法具を付けていたはずだ。


 だけど今は、手首に付いている護符(アミュレット)を除き、何も身に着けていなかった。


「ああ、あれは、この街の警備本部と言う名前の駐在所みたいな所で外されたのです。それなりに魔法力が強い貴族と周囲に分かった方が良いって」

「貴族と分かった方が良い?」


 本当は王族だろ?

 そんな言葉を飲み込む。


 誰が聞いているとも分からない場所で、迂闊な発言は出来ない。


 トルクスタンはこの宿を信用しきっているようだが、私としては、あまり信じていないのだ。


 この「ゆめの郷」は男女が互いに騙し合う場所。


 人間界で言う盗聴器のような設備や魔法が仕掛けられてもおかしくはないのだから。


「中途半端に魔力を抑え込むよりは格の違いを見せつけた方が手出しをしにくくなる、とも言われました」


 普通の貴族ならそうかもしれない。


 だが、彼女は、父親の血が分かりやすくその体内魔気に表れている。


「尤も、助けられた手前、その大本からの提案を断り切れなかっただけで、部屋に戻ったらまた付け直す気でいましたよ」


 そう言えば……。


「高田は、外で厄介ごとに巻き込まれたんだったな」

「水尾先輩の耳にも届いていましたか」


 そう言って、彼女は困ったように笑った。


「先輩に連絡が入ったからな。私やマオも注意するように伝えられた。でも、なんで、魔法を使わなかったんだよ?」


 彼女は、意識して魔法を使うことは得意ではないが、何故か自動防御(魔気の護り)を抑えることも、放出することもできる。


 そして、それは膨大な魔力の塊であるため、ほとんどの人間の意識を刈り取れるはずなのに。


「不快感が先だってしまったので、手加減できる自信がありませんでした」

「……ああ」


 彼女は、意識的に使える魔法は限られている。

 しかも、その全てが無駄に純粋で激しい風属性の魔法ばかりだ。


 さらに厄介なのは、それを加減できないことだった。


 尤も、悪質な男に暴力的な絡まれ方をしたと言うのだから、殺したところで罪には問われないのだが、彼女はそれを納得できない。


 それに、結界も意識的に張れないため、無関係な人間たちを巻き込む恐れもあっただろう。


「助かったから良かったものの……」


 腕を掴まれたと聞いている。

 しかも、引き摺られたとまで……。


 それを私に伝えてくれた先輩はいつも通り穏やかで、少しばかり黒い気配を纏っていた。


 なんとなく彼女の腕を見ると、長袖の口から少しだけ見えたその手首が少しだけ、赤黒く、いや、青い内出血のようなものが見える。


 それが痛々しくて、少しだけ顔を顰めてしまった。


「それ……、その男にやられたのか?」

「へ?」


 彼女が何故か目を丸くした。


「手首……、痣になってる」


 私がそう指差すと……。


「い、いえ……、これは、その人からではなくて……」


 そう言いながら、左手首を隠すように右手で掴んで目を逸らした。

 そして、その掴んだ右手にも似たような痣……。


 ちょっと待て?


 よくよく考えれば、被害者が傷を負って、それも貴族っぽいって分かっているのに、そのまま帰すはずはない。


 ここには、万が一のために治癒魔法を使う人間が数人、常駐しているはずだ。


 えっと……、まさか……?


「九十九から……です」

「何された!?」


 思わず言葉を選ばずにそう言ってしまった。


 彼女が僅かでも傷つくことを嫌うヤツが……、彼女の身体に傷をつけてそのまま……なんて……。


 いや、確かに九十九が「発情期」なら、ヤツの理性に期待は持てない。


 いつもは不必要なまでに押さえ込んでいるのだから、解放された時は、その反動で、かなりの事態になることは予想されていたが……。


「まさか、九十九にそんな趣味があるとは……」


 そう言うしかない。


 真面目なヤツほど、隠された性癖は恐ろしいと聞いたことがあるけど、まさかアイツもそれに該当するとは……。


「ふわ?」

「いやだって、そんな、痣ができる状態って……、緊縛趣味ってやつだろう?」

「なんでそうなるんですか!? 九十九から両手首をがっちりと掴まえられただけです!!」


 顔を真っ赤にして否定する後輩。

 そして、言った直後に、口を押えて、項垂れている。


 いや、でも、その両手首を拘束されるってのも、相当な事態だと思うのは私だけだろうか?


 でも、話の流れが旨い具合に変わった。

 このまま、確認しよう。


「回りくどいことは嫌だから直球で聞くけど、九十九から……、何された?」

「本当に直球ですね」


 彼女は呆れたようにそう言った。


「九十九が『発情期』になったことは分かったんだよ。通路で、魔気がかなり変質していたからな」


 部屋の中だったら分からなかったかもしれない。


 だけど、九十九は、外に出てしまった。

 あの場でそのまま、倒れてくれたのは、幸いだったとしか言いようがない。


 いや、あの男にとっては最高で最悪な事態か。


 その結果、護るべき人間を傷つけることになったのだから。


「アレに高田が気付かなかったとも思えないのだけど……」


 実際、彼女は九十九の魔気には敏感だ。

 九十九が高田の魔気を感じるほどではないが、そこそこ分かっていると思っている。


 だから、九十九の変調にも気付いていたはずなのに……。


「変な魔気の状態だって分かっていたけれど、通路で倒れていて高熱を発していた九十九を見たら、頭が真っ白になりました」


 どこか気まずそうに言う彼女。


 恐らくは、危険だと思う本能より、倒れて苦しんでいた相手を見捨てられなかった……ということだ。


 その辺りはある意味、予想通りで、彼女が、「発情期」の知識もあまりなかったことも原因の一つではある。


 いや、貴族女性ばかりだけでなく、一般女性だって、発情期の危険やその時に起こる魔気の変調なんて、そう知る機会なんかほとんどない。


 私やマオは()()()()()()()()()けど、本来は「ゆめ」という特殊な職業に就かない限り、知らなくても不思議ではない話だ。


 女性の月の物、生理と同じで、男性にとって「発情期」はある種の秘め事でもある。


 それを発症するのは一種の恥と考える人間も多く、表に出さず、できれば内密にする傾向があるのだ。


 寧ろ、堂々と胸張って公然と「禊」なんかやれる神官たちが変態的なだけなのだろう。


「こんなことなら、教えておけば良かった。『発情期(獣化状態)』の男に、まともな反応なんて期待できないってことに」


 そのことが、酷く悔やまれた。


「『発情期(獣化状態)』?」

「まず、発情期が本格的になったら、まともに会話もできない。そいつらには『本能』を抑制する『理性』も働かなくなるからな。だから女側の制止の声なんか無視されるし、抵抗すればするほど、暴力的になっていく」

「……ああ」


 そう言いながら、目線を横にずらす彼女。


 心当たりがあるらしい。

 ちょっと複雑になる。


「その状態は本当に盛りが付いた雄犬(おすいぬ)だからな。相手を孕ませることしか考えられなくなるそうだ」

「はらっ!?」


 彼女が顔を真っ赤にして驚く。


「いや、子供って……、その行為の果てにあるものの結果だからな」


 まさかそれを知らないわけじゃないだろう?


「そもそも発情期は種族維持本能の一部だ。その目的は子作りであり、体内で製造される、その……、子種も相当量だって聞いたことがあるぞ」


 本当に統計を取って調べたやつがいるかは分からない。


 人間界と違って、この世界にそんな術はないから。


 ただ、大神官のように発情期を乗り切っていたヤツの体験談を聞いたことがあるだけの話だ。


 ―――― アイツはアイツで阿呆だったよな。


 そんなことを思い出して、私は溜息を吐く。


 同性とは言っても、その「痛み」を知らない人間に対して、彼女が本当のことを話してくれるとは思えない。


 だから、私も覚悟を決めよう。


 それは、一部の人間しか知らない話。


「私も昔、『()()()()()()()()()()()()()()()

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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