砂上の楼閣
「今の……、聞き間違い……だよね?」
そうでなければ……、この場合の「助かった」とは何から助かったことを差すのだろう?
「ミラージュ……」
ふと九十九がそんな言葉を口にした。
ミラージュ……?
英語では「MIRAGE」。
確か蜃気楼とかそんな意味だった気がする。
彼が、今、何故、そんなことを言ったのかは分からない。
でも、九十九の言葉を聞いた3人の顔は、先ほどまでとはまったく違った顔つきになっていた。
『てめえ……』
ふるふると肩を震わせる様は怒っているようにも、青ざめているようにも見える。
「その反応だけで十分だ」
「え? ど~ゆ~こと?」
言ってる意味が分からない。
もしかして、「あの御方」とやらの名が「ミラージュ」という名なのだろうか?
そうなると外国の人?
そんなことを考えていた矢先だった。
突然、私の眼前、つまり九十九のいた辺りが眩しい光に包まれる。
眩しすぎてとても目も開けていられなかった。
まるで、真夏の太陽を直接見てしまったかのようで、わたしはまぶたを両手で抑えながら、その場で地面に丸くなる。
少しでもその不思議で目を焼くような光から逃れたくて。
『うわっ!?』
『きゃあっ!?』
『うっ!?』
伏せていたわたしの頭上でそんな声が聞こえた気がした。
間違っていなければ、今の声は怪しげな3人の声だった気がするのだけど、今のはどういうこと?
何?
さっきの光と関係あるの?
幸い、あの激しい光は止んだようなので、恐る恐る目を開けてみると……。
「もう終わったぞ」
九十九だけがその場に立っていた。
そして、先ほどの3人は何故か、地面に寝ている。
「え? 何がどうなったの?」
「その前に……」
そう言うと九十九は宙を睨んだ。
「いるんだろ? そこに……」
「へ?」
九十九の見ていた方をよく見てみる。
でも誰もいない。
「誰もいないよ?」
「いるんだよ。黒い服着たヤローが1人」
「え?そんな人、見えないよ?」
さっきもこんなことがあった気がするんだけど……?
もしかして、九十九はわたしよりもずっと目が良いのだろうか?
そういえば、ここに倒れている3人も葬式帰りのように全身が真っ黒い服だ。
いや、スーツではないので葬式とは違う気もする。
『思ったより勘がいいようだな』
突然、男の人の声がしたかと思うと、先ほどの3人と同じように何も見えなかったところからスゥっと青年……でも通じそうな年代の少年が姿を現す。
その少年は、わたしたちより3つほど上に見えた。
かなり派手派手しい目を引くような鮮やかな紅い髪に、黒っぽいメッシュを入れてあり、それが昆虫の触覚のようにも見える。
そして、やや癖があってやたら長く、髪の感じから後ろで束ねてあるようだ。
整っている顔に表情はないが、その瞳が青……、というか紫っぽいことだけは見て分かる。
「外人?」
思わずそう口にしていた。
でも、日本語は喋れるみたいだし、カラーコンタクトの可能性はあるんだけど。
『それもあながちはずれてはいないがな』
ふっと苦笑しながら彼は言った。
わたしの言葉は否定されなかったが、「あながち」なんて単語は日本人でも使う人はそう多くない気もする。
ますます分からない。
「あんたが、こいつらの言ってた『あの御方』なのか?」
『だったらどうする?』
「こいつとオレを家に帰してもらいたいところだな」
『断る。簡単に帰すつもりならばこんな回りくどいことはしない』
「だろうな」
九十九との問答から、どうやらこの少年が、あの3人が言っていた「あの御方」であることは間違いはないと思う。
「あなた……、どうしてわたしたちを?」
でも、どう見てもこの顔に見覚えはない。
こんな仮装じみた格好をする人に、心当たりは全くなかった。
『「わたしたち」というのは正確ではないな。俺は、あんただけで良かったんだから』
「へ?」
『こいつらからも聞いていただろ? 俺は、こっちの男には用はない。あんたさえ手に入れば問題なかったんだ。それなのに……』
そう言いながら、紅い髪の少年は忌々しそうに九十九を見た。
「悪かったな。邪魔したようで」
九十九は悪びれた様子もなく言う。
『ああ悪かったさ。あんたさえいなければもっと楽に事は運んだだろうに。わざわざ俺が出てくることになろうとは』
「よく言うぜ。ずっとそこで見てたくせに」
「え? 見てたの?」
そのことに驚いてしまう。
「おお。ずっとそこで見てたぞ」
『ほぅ。それも気づいていたか』
「こいつほど鈍くもないんでね」
「失礼な。大体、姿も見えないのに分かるわけ……」
……ってちょっと待って?
「なんで九十九には分かったの?」
あの3人やこの人は間違いなく何も見えないところから現れて……?
「お前ほど鈍くないからだろ」
と、九十九は言ったがそ~ゆ~ことじゃない気がする。
もっと何か大事なことをわたしは忘れてしまっているような……?
『おいおい。あんたはどこまでとぼける気だ?』
紅い髪の人がどこか呆れたようにそう言った。
「何のことだよ。」
『確かにその娘はこちらも呆れるほど鈍いが、そうそう誤魔化しきれるもんでもないだろ? 俺が一言でも答えを言えば、それで先ほどから不自然なまでにあんたが隠そうとしていることは全部バレちまうぞ?』
……答え?
九十九が何かを隠そうとしているのはなんとなく分かるけど、その答えについては、検討もつかない。
「オレは何も……」
『いいや。あんたは隠そうとしてるね。そうでなければわざわざ目くらましを使う必要もないだろ?』
「目くらましってなんですか?」
その言葉が気になって、わたしは思わず尋ねていた。
『あんたは不思議に思わなかったのか? あの光を』
「光……? そういえば……、さっき九十九の近くで光ったような気はするけど……」
『「光ったような気がする」? あんた、本当にのんきだな』
「のんきって?」
『発光源はそいつだぞ』
「え?」
そいつって……。
「九十九が発光源?」
でも九十九は何も言わない。
思わず、彼を見たが、その口は固く閉じたままだった。
「どういう意味ですか?」
『俺の言ってる意味分からねえ?そいつが光ったんだよ』
「光った?」
『さっきの強い光はこいつが出したって言ってるんだ。あんたに見せたくなかったから』
「何を……ですか?」
九十九は沈黙を保っている。
この紅い髪の人を睨みながら。
『黙ってるけど言っていいのか? 第三者の口から』
少年は九十九を挑発するように言った。
でも、九十九は黙ってる。
でも、その顔はちょっとだけ困っているように見えた。
「あの……、九十九が何かを隠していて、それを言いたくないならそれで良いです。でも……、あなたがわたしたちをここに連れてこさせた理由。それを聞く権利に関しては、わたしたちにはあると思います」
わたしがそう言うと、紅い髪の人は意外そうな顔をした。
『へぇ、聞きたくないんだ?』
「聞きたいけど聞きたくないです。九十九が隠すなら聞かないでいるのも友人の役目だと思います。言いたくなれば、自分から言ってくれると信じてますから」
『……あんたはのんきなのか。それとも俺が思っている以上に大物なのか。まぁ、いい。俺の目的はあんたを手に入れることだ。それさえ果たせれば問題はない』
「その点に関しては問題大ありです! なんで見ず知らずのあなたに……」
そんなわたしの言葉にその紅い髪の人の肩が微かに震えた気がした。
そして、少しだけ切なそうな顔をしたように見えたが、また先ほどまでの表情の読めない顔に戻る。
『あんたはその「見ず知らずの者」からすれば、大変価値のある人間なんだよ。尤も……』
ちらりと九十九を横目で見ながら続けた。
『「見知った者」からしても価値があることには変わりないんだがな。だからこそ、『護衛』が付いたわけだろ?』
「『護衛』って……、九十九のことですか? それは違うと思いますよ。彼は偶然巻き込まれただけですから。」
『へ~、偶然ねぇ……。偶然で魔界人がかかるとは思えないんだが?』
―――― 魔界人?
さっきもその言葉を聞いた気がする。
あれは確か……、そこに倒れている3人の中の誰かが言ったのだ。
『なぁ、あんたも魔界人だろ? そうじゃないとおかしいよな』
そう九十九に言った。
「さぁな」
『あくまでとぼける気か。いいだろう。この状況だけで十分なんだが、だがその化けの皮。この娘の前で剥がしてやるのも一興だ』
そう言うと紅い髪の人は、黒いグローブをはめた左手を上に掲げた。
すると、不思議なことに、その左手がぼやけだしたかと思うと……、。
「黒い……、炎?」
そんなの見たこともない。
見たことないけど、目の前に現れたのは紛れもなく黒い炎だって分かる。
「何……、これ?」
ここに来てから……、いや、多分、九十九に会ってからわたしの頭はどうかなってしまったようだ。
もしかしたら、本当にあの夢の続きをまだ見ているのかもしれない。
そういえばあの声は……、九十九に似てたっけ。
あの毎日わたしを呼ぶ夢。
はっきりしない靄の中にいるような感じがして……。
でも、今日は何かいろんなものが鮮明だな~。
いつもは周りも人の顔も声もはっきりしないのに。
だけど、いつ目覚めるのだろう?
今日は誰も起こしてくれないのかな?
わたしの脳が目の前の光景から逃避を始めたその時だった。
『闇炎魔法』
そんな声がして、その炎が爆ぜた――――。
―――― そこから先のことはよく覚えていない。
ただ、炎の熱気を感じた瞬間、「ああ、これは死ぬな」と思ったことと、九十九の叫び声が聞こえた気がしたのだった。
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