【第51章― すれ違い、行き違い ―】悪夢のような時間
この話から、51章に入ります。
そして、暫くR-15に近い話が続きますが、よろしくお願いいたします。
―――― それは、まるで、悪夢のような時間だった。
長かったのか短かったのか分からないあの苦痛の時間は、過ぎてしまえばあっという間だったのだろう。
わたしは、すぐ横で裸に近い姿のまま、眠りこけている黒髪の青年を見る。
あまり男性の裸体を見慣れてはいるわけではないのだけれど、今更、頬を染めるようなこともない。
それに、今の自分の状態だって似たようなものだ。
先ほどまでの彼の行為によって、わたしが着ていた服は無残なほどズタズタに裂かれている。
これでは、一部を除いて、この部屋に入った時と同じ物を身に纏って自分の部屋に戻ることもできなかった。
しかし、困ったことにわたしの荷物を管理してくれている青年は、落ち着いた寝息を立てている。
そして、さっきの今で起こしてあげる気にもなれない。
それだけのことを彼にされたのだから。
だけど、その寝ている彼に対して、何かする気にもならなかった。
それだけのことをされたはずなのに。
疲労で重くなっている身体をゆっくりと動かすと、わたしが座っていた寝台がギシリと音を鳴らした。
その揺れで彼を起こしてしまうのではないかと思ったけど、全く起きる様子もなかったことに少しだけホッとする。
わたしは立ち上がって、唯一召喚できる黒い耐火マントを召喚した。
そして、それを自分の身体に巻き付けた。
こんな時、小柄で良かったと思う。
ちゃんと全身を隠す程度に覆ってくれるから。
素肌に直接当たるし、下半身は妙にスースーするが、贅沢を言っているような余裕はなかった。
でも、胸の辺りがかなり、落ち着かない。
風呂場でタオルを巻きつけている状態と全く違う感触がある。
だけど、全裸に近い状態で、外の通路を歩く気にもなれなかった。
誰にも見つからなかったとしても、それではただの痴女だ。
身体は、いろいろなモノでベタベタしていたけど、ここのバスルームを勝手に借りる気にもなれない。
何より、この部屋にいつまでも残っていたくなかった。
さっさと部屋に戻って、全てを水に流そう。
それが、多分、一番、良いはずだ。
少しでも動かすと、身体のあちこちが痛い。
それなりに抵抗もしたからだろう。
その抵抗も、あまり意味はなかったけど。
この身体には筋肉痛に似た痛みと、彼から与えられた痛みがいくつもあった。
でも、その中でも一番痛いのは……。
目線を下に落とす。
少し前まで、何も知らなかったはずのこの身体。
だけど……、今は……もう戻らない。
子供だったわたしは、先に大人になってしまった青年によって、無理矢理、大人への扉を開かれたから。
だから、もう……、何も知らなかった頃に、戻れる気はしなかった。
足音を忍ばせて、部屋の出入り口に向かう。
だが、出る前になんとなく、振り返った。
わたしと一ヶ月違いで、先に18歳になっている青年。
そんな彼が、寝台の上で無防備なその姿を晒している。
先ほどまでの彼とは違ったどこか穏やかで満足げな表情で。
そのことが妙に腹立たしい。
それでも、彼は護衛だ。
僅かでも、敵意や殺意を向ければ、すぐに目を覚ますことだろう。
それが、わたしからのものであっても。
彼に対して、敵意を向ける気はない。
でも、このまま、何もせずに引きさがることは少しだけ癪に障る。
わたしはかなり傷ついたのだ。
だから、ちょっとくらい、この寝顔に仕返ししても良いよね?
そう思って、わたしは彼の胸元に手を伸ばし、軽く撫でる。
くすぐったかったのか、彼は少しだけ身じろぎしたが、起きる様子はなかった。
彼にしては珍しく、熟睡しているようだ。
まあ、それも無理もないのだけど。
そのまま、彼の胸元……心臓部に口を付けて軽く吸った。
あまり力を入れて吸引してはいないのだけど、結構、紅くなるものだね。
―――― 後で、見て焦るが良い。
そんな悪戯心より、少しだけあくどい気持ちがあった。
もっとも、自分にはもっと大量に紅い印があちこちに刻まれていることは知っているのだけど。
さて、戻ろう。
重い身体と気分のまま、部屋の入口に向かう。
ふらりと、扉に向かって手を伸ばすと、触れる直前で、ゆっくりと開かれた。
まるで、もう「用済み」だと言わんばかりに。
わたしのこの部屋の役目は終わったということかもしれない。
でも、この部屋に閉じ込められるよりはマシだろう。部屋の構造上、その可能性もあっただろうし。
入る時は酷く焦った気持ちだったが、出て行くときは、こんな穏やか? いや、妙に冷めた気持ちになるとは思っていなかった。
彼が重い病気……、ではなかったことは本当に幸いだったけど、治療が困難な重い症状だったことに気付かなかったわたしも悪い。
事前にその知識は与えられていたのに。
わたしも悪いかもしれないけど、それでも、失ったものの大きさを考えれば、十分すぎるくらいだろう。
彼が目を覚ました時、どんな気持ちになるのだろうか?
それだけが心に引っかかりつつ、彼の部屋から出た。
****
幸い、誰にも見つかることなく、部屋に戻ることができた。
部屋に置いてある荷物から、自分の着替えを取り出す。
なんとなく、スカートに履き替えたくなくて、ズボンを選ぶ。
替えの下着は、少し、悩んで少しだけいつもと違った雰囲気の種類を選んだ。
そこに特に意味はない。
ただ、ちょっといつも身に着けている下着がシンプル過ぎたかな~と思っていただけだ。
そこに他意はない。
絶対!
お風呂に入るため、纏っていたマントを脱ぐ。
わたしにこれをくれたあの人も、よもや、こんな使い方をされているなんて思いもしないことだろう。
少しだけ申し訳ない気分になる。
しかし、ここのお風呂って大きい。
個室にこんな大きな浴槽って必要なのだろうか?
しかも少し変わった形だし。
ボディソープや、シャンプーとリンスと思われる瓶だけではなく、他にも何種類かの液体が詰められた瓶がある。
洗面台の方にも化粧水や乳液、それ以外にもいろいろあった。
人間界の修学旅行で泊まったホテルより、アメニティが充実している。
流石、高級宿泊施設だ。
ちょっと大きすぎる鏡が浴室や洗面台、部屋にもある点が気になるけど。
浴室の床はちょっとマットみたいにクッションが入っている気がする。
お湯を入れる前の、湿気がない状態なら、このままこの上で寝てしまうかもしれない。
まるでトランポリンみたいに、歩くたびにぶわぶわと凹んでは跳ね返る弾力性がある床ってなんか不思議だね。
照明石に照らされて、鏡に映された自分の身体が目に入る。
自分が想像していた以上に紅い刻印は多かった。
まるで、紅い花びらが散ったように、鮮やかにくっきりと。
「うわぁ……」
思わず、そんな声が漏れる。
ぱっと目に見えるだけでここまであるのだ。
自分では確認できないような部分……、背中とか首の後ろとかももっといっぱいあるのだろう。
胸部……、心臓に近い部分ほど、紅い印は、はっきりと刻み込まれていた。
これって、痛々しい見た目と違って、触っても痛みはないけれど、どれぐらい期間で消えるのだろうか?
痛くもなかったけど、思ったより気持ち良くもなかった。
どちらかと言えば、その直後に舐められた方が……、そう思い出しかけて、首を振る。
思い出してはいけない。
忘れなきゃいけないことだ。
掴まれて押さえつけられた両手首は、思っていた通り青あざになっていた。
血が止まったかと思うほど、痛かったのだ。
自分で治癒できればそれが一番良かったのだけど、わたしの治癒魔法は、何故か自分には効果がない。
そして、治癒魔法の使い手は多分、まだ夢の中にいるだった。
いろいろな意味で、腹立たしくなる。
ベタベタしている身体をお湯で洗い流す。
この紅い刻印はお湯では消えない。
いや、温まった分だけ、はっきりとその存在を主張して、さらには、目立たなかった場所まで浮きだたせる。
一体、どれだけ付けられたのだ?
あの時は、逃げようとして……、それでも逃がしては貰えなくて……、唇を何度も重ねられた。
唇が、腫れ上がっていないのが不思議なくらいに……。
「わたしは、初めて……、だったのに……」
そう言って零れ落ちる言葉と、顔を伝う雫は……、柔らかな床に落ち、お湯と共に流れていくのだった。
実は、間に7話ほど入るのですが、内容的に(自分基準で)R-15を超えてしまいました。
どんな内容だったかは、徐々に明らかにする予定ですが、その詳細については各自ご想像にお任せする形となります。
申し訳ありませんが、ご了承ください。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。




