助けてくれたヒーローにドキドキ?
「着いたぞ。ここで間違いないか?」
「うん、ありがとう。本当に助かったよ」
わたしは、宿泊先の名前とその部屋番号は覚えていたけど、ふらふらと出てきたために、その道順については自信がなかったので、本当に助かった。
「お前、方向音痴は魔界に来ても健在か?」
「うん。しかも方向音痴に磨きがかかった気がする」
「そこは磨きをかけちゃいかん部分だと思うぞ」
確かに方向音痴は治っていないようだ。
これだけ大きな建物だと言うのに、一人で辿り着けたかどうかは怪しいと思う。
尤も、魔力の封印を解呪された後のわたしなら、この中にいる九十九の気配だけははっきりと辿ることができるようになっている。
だから、集中して彼の気配を掴めば、気配遮断の結界が張られているっぽいこの場所も分からなくもないのだろうけど、なんとなく、今はそれをしたくなかった。
余計な気配まで分かってしまいそうな気がして……。
「入り口までは、付き合うからな」
「いや、そこまで来島に迷惑はかけられないよ」
少し前に会ったばかりの、それもただの昔馴染みという縁しかないのに、これ以上、彼の手を煩わせるのは申し訳ない。
「宿泊先には既に、お前が巻き込まれたことについて、連絡が行ってるんだ。だから、その補足として、本部の使者が改めて事情を説明する必要があるんだよ。ま、これも、仕事の一貫だな」
「そうなのか」
仕事と言われたら断るのは逆に良くないのか。
「安心しろ。俺がお前に付き添えるのは、受付までだ。ああ、お前が部屋まで招待してくれるなら別だけどな」
「なんでやねん」
思わず関西弁で突っ込んだ。
「この街で、『ゆめ』や『ゆな』じゃない人間の部屋に行くのは互いの了承がいるんだよ。だから、招待される必要があるんだ」
「いや、わたしが言いたいのはそこじゃないからね? 何故に部屋に招待する話になっている?」
「良いじゃないか。少しぐらい夢を見せろ」
「その言葉、好きだね」
わたしは思わず笑ってしまった。
彼だって、本心から言っているわけではないのだろう。
いくらなんでも、露骨すぎて、警戒してしまう。
実際、彼は受付にいた人たちに、先ほどあったことを簡潔に説明するだけで、あっさりと引き上げた。
まあ、帰り際に、「淋しくなったら呼べよ」と冗談めかしたことを口にしてはいたが、それも含めて本気ではないのだろう。
だけど……。
『あの時も、今も、俺の一番はお前のままだよ』
彼が口にしたあの言葉が今も耳に残って離れない。
確かに彼は、ワカのことが好きだって言っていたけど、わたしよりワカの方が好きとは言ってなかった。
しかも、あの頃はともかく、今も……って、彼は何年、想ってくれていたのだろうか?
それも、人間界にいた時は、わたしのことを人間だと思っていたはずなのに?
いやいやいや、待て待て。
落ち着け、わたし。
また来島から揶揄われているだけかもしれない。
彼は人間界にいた時から、軽いところがあったし。
それに女の子にも不自由していなかったはずだ。
ワカはともかく、わたしなんて、そこまで目立つタイプでもなかったのに……、ねえ?
『お前は十分、綺麗だからな』
不意に再び蘇った言葉に、思わず、通路で悲鳴に近い絶叫をあげるところだった。
いやいやいやいや!
綺麗って!
それもギャグじゃなく、真顔で言われるとか!
そんな風にいちいち、来島との会話を思い出して激しい高熱を伴う猛烈な照れに襲われている状態。
はっきり言って、ただの阿呆である。
いや、その点については、自分でも分かっているのです。
どれだけ、わたしは異性に免疫がないのでしょうか?
「少しはマシになったと思っていたのだけど……」
なんとなく、独り言ちる。
魔界に来てから、正直なところ、かなり異性と接する機会が増えていると自分では思っていた。
物理的な意味でも。
人間界にいた時は、本当に縁がなかったのに。
しかも出会う人は、ほとんど羨ましいくらいにお顔が整っていらっしゃる方が多い。
だから、以前に比べれば、本当に異性にも慣れたと思っていた。
少しぐらい揶揄われたぐらいじゃ動揺を見せないと……。
でも、全然ダメだった。
これは性質的なものなのか、単純な経験不足によるものかは分からないけど、久しぶりに会った同級生の言葉に、こんな簡単に振り回されるなんて、どれだけ、わたしは単純なのだろうか?
一般的な視点からだと、来島も顔が良い方だって分かっているのだけど!
「いや、待て。これはもしかしたら、俗に言う『吊り橋効果』……というやつかも?」
心理学の実験か何かで、普通の橋の上で声を掛けるより、ぐらぐらと揺れている吊り橋の上で声を掛ける方が、渡した連絡先に、後日、連絡してくる確率が高いとか言うやつだ。
吊り橋の揺れによるドキドキする緊張感が、恋のトキメキと勘違いするという……、ある意味、思い込みを利用した効果である。
つまり、変な人に絡まれているところに現れ、自分を助けてくれたヒーローにドキドキ……って、ヒーロー? 来島が?
いやいや、ないない。
自分の例えで、逆に冷静になってしまった。
彼はヒーローではなく、悪役を好むタイプだったのだ。
悪い人間というわけではない。
自分から悪ぶった役所をわざわざ選んでしまう損な役回りの人。
悪い人じゃないのに、わざわざ嫌われ役を演じながら笑うような人だと思っている。
本当に彼が悪人なら、「詰らないのか? 」なんて、あんな表情でわたしに確認なんてしないと思う。
どこか不安そうな、何かを恐れるような顔で。
あれが、もし、計算されたお芝居だとしたら……、本物の悪人だとも思うけど。
それに、危険から助けてくれた人にドキドキするというのなら、わたしはもっと心ときめくはずの人がいる。
あの人はこれまでにどれだけ、わたしを助けてくれている?
でも、そんな彼に対しても、「吊り橋効果」は、多分、発生していない。
寧ろ、彼に関しては、助けてくれる回数が多すぎて、「申し訳ない」という気持ちが日々、強まっているぐらいだ。
つまり、わたしに「吊り橋効果」と呼ばれる現象は、ほぼ無効化されていると考えるべきだろう。
それに、「以前も今も、変わらず一番」と言う言葉を、再会した直後に言われても、全てを信じられるほど、わたしも夢見がちではない。
彼は、今のわたしのことをほとんど知らないのだ。
まあ、外見はそこまで変わっていないので、この容姿こそが、好みだと言われているのなら、自分で言うのもあれだけど、彼の「趣味が悪い」と言わざるを得ない。
わたしは一般的な男性が喜ぶような顔でも、体型でもないという自覚だけはしっかりあるから。
だけど、来島が本気で言ってくれたなら、わたしもちゃんとした答えを用意して、彼に返すべきだとは思う。
この「ゆめの郷」にいつまでいられるかも分からない。
場所が場所だけに用が済んだら、とっとと立ち去る可能性の方が高いのだ。
「……用が……、済んだら……」
わたしはそう呟きながら、自分の身体を抱き込むように両腕を組んだ。
ここに来た本来の目的を忘れてはいない。
だけど、そのことを考えると、不思議とお腹や胸の辺りが酷く気持ちが悪くなってしまうのだ。
この感覚をなんと言ったら良いのだろうか?
生理中の時に付き纏う不快感に、少しだけ似ているような、全然違うような変な感じがずっと続いている。
予定はまだ先なのに……。
「考えても仕方ないか」
時間が解決することだろう。
そう思って、さっさと部屋に戻ることにした。
この先で、何が起こるかも分からないまま……。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




