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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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これまで無事だったのは

 これは、どういう状況なのだろう?


 誰かに呼ばれた気がして、宿泊施設から外に出たわたしを待っていたのは知らない男性(ヘンタイ)だった。


 いや、あの男性に呼ばれたわけではないと思っているけど。


 わたし特有の「魔気の護り(ぶっぱなし攻撃)」を我慢しているところに現れたのは、いつもの護衛ではなく、人間界で出会った来島(くるしま)だった。


 そして、今、何故か彼に抱き締められているわけだが、どうしてこうなった?


「抱き締めやすくなったな」


 わたしの頭の上でポツリと声が聞こえる。


「それはちっこいと言う意味かな?」


 そう言えば、さっきも「ちっこい」と言われた。


「いや、柔らかくなった」

「セクハラ?」


 つまりは、太ったとかそういう意味かな?

 でも、九十九の話ではわたしは、人間界にいた時より痩せているらしいけど。


「抵抗もせず抱き締められておきながら、今更だろ?」


 頭上で苦笑する気配がある。


「抵抗しても良かったの?」


 この世界の人たちって抱擁が好きみたいだから、そこまで気にしなかったけど。


「数年、会わない間に、すっかり擦れた女になったな」

「擦れたかどうかは分からないけど、それなりにいろいろあったからかな」


 この世界に来てから、もう少しで三年経とうとしている。

 あの頃と同じではいられない。


 もう18歳も目前だしね。


「そうだな。童顔とその見た目に騙されるが、お前ももう18歳になるのか」

「おや? 覚えていてくれたの?」

「お前、あんなに覚えやすい日付に生まれておいて」


 来島は、呆れたようにそう言った。


 確かに人間界ではそうだったたけど……。


「魔界ではごく普通の370日(一年)の中の1日でしかないよ?」


 魔界の暦は、人間界と違って、一年が5日ほど多いのだ。

 そして、国によって記念日も当然ながら違う。


「俺とちょうど10日違いなのを忘れたか?」

「ああ、そうだった。10日ほど、貴方が年下だったね」

「お前という女は……」


 誤解してはいけない。

 別に忘れていたわけではないのだけど、すぐに思い出せなかっただけだ。


 ……と言うか、人間だと思っていた人が、魔界人だってわかっただけでも混乱しているのに、その人の出生日まですぐに思い出せるはずもない。


 何より、生誕の日と誕生日を一致させているとも限らないのだし。


「まあ、良いか」


 そう言って、来島はようやくわたしを解放してくれた。


「『柔らかい』って言ったのは、身体つきの話じゃなくて、緊張しなくなってるなと思っただけだ」

「いや、緊張はしていたよ?」


 流石に久し振りの再会で、見知った人間と言っても、男性から抱き締められて緊張しないほど、わたしは異性慣れしているわけがない。


「前に抱いた時は、もっと硬さがあったんだよ」


 確かに人間界にいた時、彼に一度だけ抱き締められたことはあったけど、なんとなく、こんな場所でそんな風に言われると妙に気恥ずかしく思えるのは何故だろう?


 違う意味にとれるからかな?


「く、来島は、お仕事中じゃなかったの?」


 わたしは誤魔化すように、そう言った。


「俺は今も、仕事してるぞ」


 けろりと来島はそう答える。


「被害者のケアも立派な仕事だ」

「被害者……?」


 はて?


「いや、お前、さっきオッサンに襲われたんだぞ? もっと自覚しろ」

「襲われた? ああ、確かに」


 来島と会った衝撃の方が大きすぎて、あの男性に腕を掴まれたことに対する嫌悪感はほとんどど薄れている。


「お前……」


 だが、何故か肩を落とす来島。


「笹さんは一体、どういう教育してるんだよ?」

「何故に九十九が?」


 そして、どうして一緒にいると分かっている?


「お前、人間界であれだけ堂々とイチャこいていて、何にもないとか言うなよ? 目立っていたからな?」

「付き合っていたフリの話?」


 確かに人間界にいた頃、一ヶ月ほど九十九は「彼氏(仮)」になってくれた。

 その方が傍にいる理由になると言って。


 その時のことを言っているのだろうか?


「フリ……?」


 そこで来島は動きを止める。


「いやいや、人間界で夜、密会をするような関係だっただろ?」

「密会?」


 はて?


 確かに魔界に行くと決めてからは、僅かな期間、九十九たちと一緒に生活していた気がするけど……。


 でも、それは、夜に密会しているとはなんか違う気がする。


「夜に二人で空、飛んでいただろ?」


 それで思い出す。


 人間界、最後の夜。

 確かに、わたしは九十九と一緒に過ごした。


 見ようによっては、あれを密会、逢引きと見る人は見るだろう。


 しかし……。


「あの扱いを密会とは認めん! 腹筋が鍛えられるだけじゃないか!」


 あえて、わたしはこう主張させてもらう!


 米俵のように肩に担がれて飛んだ空は、かなりお腹が痛かった。


「ああ、あの時の笹さん。かなり情緒のねえ抱き上げ方してたもんな」


 それを思えば、最近は随分、マシな扱いになったと言えなくもない。


「でも、フリってことは、付き合っていたわけじゃないのか?」

「ないね」


 少なくとも、わたしに恋人と呼ばれる存在は今も昔もまだいない。


「そんな状況で、よくも人のことを振ってくれたな」


 そう言えば、卒業旅行として行った温泉で、わたしはこの人から告白のようなものをされていたっけ。


「二股宣言された時点で無理と言ったはずだけど」


 少しずつ思い出していく。


「まあ、ワカの方がわたしより良い女だから仕方ないけどね」


 この来島はワカのことが好きだったということも。


「一国の王女相手に懸想できるかよ。しかも、大神官が相手じゃ俺みたいな凡人に勝ち目があると思うか?」

「あれ? そんなことまで知っているの?」


 ワカがストレリチアの王女ってことまでなら分かるかもしれない。


 人間界にいた時と、髪の毛や瞳の色は全く違うけど、口調や性格、雰囲気は人間界にいた時と大差がないから。


 でも、ワカが好きなのは恭哉兄ちゃん、大神官さまってことは、実は、ストレリチア国内でもあまり知られてはいない。


 彼女は好きな男性に対してどうしても憎まれ口を叩いてしまうような、天邪鬼な性格をしているようだから。


「こんな場所にいたら、それなりに他大陸、他国の情報も入って来るんだよ」


 来島は当然のようにそう言う。


 人間界で言う裏社会みたいなものだろうか?


 でもそれならば、彼はセントポーリアの王子が配布している手配書についても知られているかもしれない。


 そうなると、あまりこの場所も長居しない方が良いのだろう。


「情報国家みたいだね」

「ああ、こんな所にはよくヤツらも現れるな。たまに俺のような仕事をしたり、『ゆめ』となったりしている」

「そんなに簡単になれちゃうものなの?」

「俺のような仕事なら、適正を確認して、日雇いも可能だな。この腕章が許可証のようなものだ」


 そう言って、彼は、肩にある藍色の布を見せた。


「『ゆめ』は左手の甲に印がある。お前みたいに手袋をしているのは、一般人、それも貴族級の可能性が高い」

「なるほど、それで『ゆめ』以外の女性が、絡まれているかどうかも分かったわけだ」


 わたしは魔界に来てから、手袋をすることが増えた。


 九十九の話では、この世界にあるものの中には素手で触れると危ない物も、危ない人も多いらしい。


 でも、魔法とは本当に不思議なもので、手袋をしていても何故か使えるのだ。


「で、なんで、お前はここにいるんだ? そこまで男に飢えているわけでもないだろう?」

 なんてことを言うんだ、この男は。


「わたしは、九十九の付き添い」

「あ?」


 来島が変な声を出し……。


「あ、あ~。笹さん、発情期か」


 そして、理由をすぐに理解してくれた。


「その辺はよく分からないのだけど……」


 九十九が発情期になったというのは一回だけ。


 でも、あれから結構な時間が経っているので、そろそろ再び発症しないとも限らない。


「いろいろと複雑だな、お前も……」


 そう言って、来島は何故かわたしの頭を撫でた。


「複雑だけど、仕方ないよ」

「でも、それならお前が相手すれば問題なくないか?」

「涼しい顔でなんてことを言うのだ、あなたという人は……」


 そんなことができていれば苦労はない。


「まあ、処女と童貞は面倒だからな。一回やっちまえば、男の方は楽なんだけど」

「面倒って言うな」


 いろいろ失礼だ。

 そして、わたしの方も経験がないと完全に決めつけられている。


 確かにないんだけど!!


「面倒なんだよ。お子様には分からんだろうが……」

「お子さまで悪かったね」

「別に悪くねえよ。こんな世界でよく貞操を守り切っているなと感心する。安全な人間界と違って、国によっては女が生きにくい所もあるからな」


 来島が素直に感心している。


 確かに、わたしはこれまで、いろいろな目に遭った自覚はあるけれど、それでも無事で生きているのは……。


「わたしがこれまで無事なのは、頼りになる護衛たちに護られているからだと思うよ」


 つまりはそう言うことなのだろうと思った。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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