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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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頭の中に浮かぶのは

 オレは呆然とするしかなかった。


 この部屋の扉を叩いた人間がいたから、あまり深く考えずに扉を開けたのだ。


 その時には、自分の思考がやや乱れており、トルクスタンに渡していた注文書のことを完全に失念していた。


 そして、ここが「ゆめの郷」だということも。


「タイミング的にそうかなと思っていたら……、やっぱりそうだった」


 扉を開けた先にいた女は、オレに向かって艶然と微笑む。


「み、深織みおり!? どうして、ここに?」


 そこにいたのは、オレが人間界で出会った時、岩上(いわがみ)深織みおりと名乗っていた女だった。


 黒い髪、黒い瞳の彼女は、先ほど会った時とは違った服に着替えており、どことなく甘い香りが漂っている気がする。


「どうしてって、()()()()()()()()()に決まってるでしょう?」


 明らかに怪訝そうな顔をして彼女はオレにそう言った。


「ご……?」


 思考が纏まらない。


 なんだか頭がぐらぐらして、脳が沸騰しそうだった。


「九十九の細かすぎる指定に該当したのは、私ぐらいだったもの。もしかして、かなり遠回しに私が指名されたって思って良いのかな?」


 そう言いながら、目の前にいる黒髪の娘は悪戯っぽく笑う。


「な~んてね。分かってるよ、九十九」

「な、何が?」

「さっき倒れた女性がいたでしょう? あの人ってもしかして、九十九のご主人様だったりする?」


 混乱している頭の中でも、何故か、しっかりと拾われる音がある。


「そうだ」


 黒髪の主人を思い出す。


 青い顔色をしてぶっ倒れたあの女を見た時、オレがどれだけゾッとしたことか。


「なるほどね。自分が仕えるべきご主人様を好きになっちゃったら、ここに来るしかないものね」


 深織は何かを悟ったようにうんうんと頷いた。


 だけど、「そんなのじゃない」、「そんな感情は持ってない」と、いつもなら簡単に口から出てくる言葉も、今は出てこない。


 ただ身体が、不思議なくらい熱を持っていることだけが分かった。


 ()()()()


 大神官に調合法を教わって以来、薬湯(ヴィタデス)と呼ばれる薬を毎晩のように飲用していた。


 それを飲むことで、心と身体が落ち着く、つまり、「発情期」を遅らせることが可能だったはずだ。


 それでも、「発情期」を完全に回避することはできないことは分かっていた。


 だけど、よりによって、このタイミングでかよ!?


「とりあえず、中にいれてもらえる?」

「な、中って……?」


 言われた言葉の意味を測りかねて、そのまま問い返す。


「このままじゃ、目立つでしょう? 受け入れてくれるにしても、断るにしても、まずは部屋で話をさせて欲しいの」


 確かに、部屋の入り口で話すことではないようだ。


 オレは深織を部屋に入れることにした。


 なんだろう?

 妙に緊張している気がする。


 彼女と二人きりになること自体は初めてではないことなのに。

 学校帰りとか、ちょっと出かけたりとか、図書館とか、教室に残ったりとか。


 人間界にいた頃は、互いの家に行ったことすらなかったが、仮にも男女交際をしていたのだから。


 ああ、だけど、こんなに狭い部屋で二人きりになったことはなかったか。


「小柄で可愛らしい方ね、九十九のご主人様」

「そうか?」


 全否定をする気はないが、全肯定する気もない。


「黒髪でセミロング、黒く大きな瞳、垂れ目、垂れ眉、睫毛は長め、白い肌、丸顔、小柄、あまりふくよかではない方でしょう?」

「…………」


 そう言われては閉口するしかない。

 それらの点について、否定ができないのだ。


 いや、確かにトルクスタンから注文書を受け取った時、そう書いた気はしたが、特にあの女を意識して書いた覚えはなかった。


「私は貴方の御眼鏡に適ったかしら?」


 そう言いながら、深織は、微笑んだ。


 ―――― ()()()()()()


 そう言いかけて首を振る。


 今、無意識に目の前の女と()()()()()()()()()()自分に嫌気がさす。


 比べた所で、どうにもならないのに。


「割と」


 オレはそう答えた。


 少なくとも、近いことは間違いない。


 だけど、少しでも似ているから嫌だった。

 どうしても何かを探そうとしてしまう。


 先ほどから、心臓の音がうるさい。


 このまま突き破るんじゃねえか? と錯覚してしまうぐらい強く、激しく胸の内から叩かれている。


「じゃあ、どうする? もし、このまま九十九に選んでもらえたなら光栄なのだけど……」


 少しだけ、顔を赤らめて深織はそう言った。


 分かっている。


「ぐっ!?」


 思わず胸を押さえた。


 痛くて、苦しくて……、熱い……。


「九十九!?」


 オレの異常を感じ取ったのか、深織が駆け寄る。


「よ、寄るな……」


 今、寄られたら……。


「九十九? もしかして……?」


 深織が確認する。

 その言葉が何の確認しているのか、よく分かった。


 だから、頷くだけにする。

 今は言葉を発することも難しかった。

 

「そっか~、それだけ頑張って()()()()()()んだね」


 そう言って、深織がオレの頭を撫でた。


 ―――― ああ、これも全然違う。


 深織から何を言われても、何をされても、熱が籠った頭の中に浮かぶのは()()()()


 オレはなんて、不誠実な人間なのだろうか。


「九十九のご主人様は素敵な人?」


 頷く。


「九十九のご主人様は魅力的な人?」


 頷く。


「九十九のご主人様は可愛い人?」


 頷く。


 ほとんど反射のように。


「九十九はご主人様が好き?」


 深織の問いかけに無言のまま首を横に振った。


 それはない。

 それだけはない。


 どんなに素敵で、魅力的で、可愛いと思っていたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 ―――― ああ、熱い。


 顔が熱で上気してきた。

 そこにひんやりとした手が両頬に触れる。


 熱気が奪われ、少しだけ心臓が落ち着く気がした。


()()()()()()()()


 目の前にいる女は残酷に言い切った。


 分かっている。

 そこに選択肢などあるはずもない。


「このままでは貴方が無駄に苦しむだけだよ」


 艶めいた唇が動く。


「だから、私が相手をしてあげる」


 そう言って、頬を掴んだ両手で、自分の顔が引き寄せられ、目の前の珊瑚色(コーラルピンク)の唇が、近づいてきた。


 それが分かっていたのに、こんな甘い誘惑から逃げることなどできない。


 そのまま、自分の唇に柔らかい感触がして、深織は離れた。


「――っ!?」


 一瞬、唇を重ねるだけの単純な行為だったと言うのに、それだけで意識が遠のきそうになる。


 彼女の持つ不思議な香りが、一度は落ち着いた気がした脳がさらに沸騰させ、さらに警鐘を鳴らしている。


 だが、それが何の知らせかは、今の自分に判断することができない。


 ―――― 甘い。


 思わず、自分の唇を舌で舐めてみるが、そこにはもう味はなかった。

 先ほどの甘さは既に失われ、いつもの乾いた唇しかない。


 ―――― もっと味わいたい。


 そこにあるのは、純粋な雄としての欲望。

 熱に浮かされるようにどろりとした何かが溢れそうになる。


 そんなオレの豹変に気付いたのか。

 それでも、慌てることなく、深織は笑いながら、右手を差し伸べて、こう言った。


「私を選んで貰える?」


 それは蠱惑的な微笑み。

 黒髪、黒い瞳を持った誰かに似た女。


 どれだけ求めても手に入らない彼女に似た誰か。


 ―――― ああ、熱い。


 だが、それでも、オレは……()()()()()


「すぐに、決められないみたいだから、私、シャワーをお借りしても良い? その間に、決めて貰える? 駄目なら駄目だとはっきり九十九の口から言って欲しいからね」


 そう言って、深織はその場を立つ。


 反射的に、その手を伸ばそうとして……。


「私は嫌じゃないから。その……、ずっと好きだった貴方に、また会えて嬉しい」


 その瞬間、思わず、手が止まってしまった。


「……九十九?」


 オレの様子に気付いた深織は不思議そうな顔で覗き込む。


「深織、悪い」

「え? 何が?」

「ちょっと急用ができた。だから、今は無理だ」

「え? どう言うこと?」


 オレの言葉に、彼女の顔に焦りが表れるが、オレにとってはそれどころではない事態が発生した。


「暫くは戻らん。だから、帰れ」

「え? ど、どうして……、私、何か……?」

「お前が悪いわけじゃない。ただ……」


 そう、彼女に非はない。


 悪いのは、こんな時にでも……。


「オレにとって、()()()()……、()()()()()()んだよ」


 体内魔気を激しく動揺させるような事態に巻き込まれているあの女だ。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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