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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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注文の多い理想屋さん

「どう思う?」


 目の前の琥珀色の瞳をした男が俺に向かって笑いながら一枚の紙を差し出す。


 そこには見慣れた、決して上手いとは言えない筆跡で書かれているものがあった。


「分かり切っていることだが、ここまで露骨だとどうかと思う」


 俺はそれを見ながら溜息を吐いた。


 これは、うっかり他人の目に触れると面倒なことになる……とも。


()()()()本当に()()()()()()()

「本当に無自覚だな」


 俺としてはそう答えるしかない。

 ヤツが自覚していたら、もっと状況は変わっていたことだろう。


 そこに書かれているのは注文書だった。


 とある男の理想の異性……に近いものが書かれている。


 よくもまあ、他者の容姿についてこんな詳細に注文を付けられるものだと感心するが、トルクスタンの話では、これぐらい細かく書いてくれた方が、()()()()()()()()()らしい。


 抽象的で曖昧な方が変更の申し出も多くて困るそうだ。


 個人的には選べる立場か? と言いたくもあるが、同じ金額を出すなら、好みに合致する方を選びたくもなる気持ちも分からなくはない。


 「ゆめ」は決して安い買い物ではないのだから。


 だが、勿論、ここの支払いは当事者に払わせる予定だった。

 だから、俺の懐は痛まない。


「黒檀のような黒髪、直毛ではなくやや癖のある膨らみ方をしたセミロング、黒く大きな瞳、垂れ目、垂れ眉、睫毛は長め、白い肌、桜色の唇、丸顔、小柄、凹凸には拘らないけどあまりふくよかではない方。読めば読むほど、近くに該当する人間がいるのだが……」


 読みながら、トルクスタンは苦笑する。


「手を出せない相手だからな」


 その該当者については多くを語るまい。


 何より、あの男が、まだそんな自覚も薄いのだから仕方ない。


 無意識に理想の相手として当てはめてしまうほど重症だと言うのに。


「その反面、性格は拘らないんだな」


 確かに性格については、指定された場所にチェックが入っているだけで、自由形式の場所は空白だった。


 容姿には異常なまでに拘っていると言うのに。


「ヤツは外見が似ていればどうでも良いのだろう。要は経験すれば良いわけだからな」


 寧ろ、性格は本当なら真逆の方が良いのだろう。


 彼女と完全に重ねたくもないはずだ。


「その割に、経験が少ない方という指定がある」


 トルクスタンは妙に目ざとい。


「知らない男とは言え、過去の人間たちと比べられたくはないのだろう。小心者の初心者だからな」

「女の過去に拘っていたら、生娘しか相手できなくなるぞ」


 そこは同感なのだが……。


「童貞だからな。まだ夢を見たいのだろう」


 その気持ちは、男として分からなくはないので、なんとも言い難い。


「最初だからこそ熟練の方が良いと思うが……」


 トルクスタンは持っている紙を指先で摘まんでひらひらとさせた。


 それを見て、なんとなく嫌な予感がしたのは俺の考えすぎだろうか?


 あそこまで限定された容姿の人間がそう多いとは思えない。

 逆に悪い籤を引き当てなければ良いのだが……。


「それにしても、ここは本当に防音なんだろうな」

「当たり前だ。この手の宿はほとんどそうなっている。尤も、声を聞かせるのが趣味なら、それ用に防音魔法が施されていない部屋もあるが、お前はそっちが良かったか?」


 そんな趣味がある人間もいるが、俺は同意できない。


 尤も、それが命令だというのなら、やむを得ないが。


「阿呆。それならリヒトはどうなるのだろうか? と思っただけだ」

「あ~、なんとも言えん。試してみろ」


 だが、多分、防音魔法でも防げないだろう。


 彼は、ある程度離れた場所にいる人間の心の声まで聞こえると聞いている。

 根本的な能力が違うのだろう。


 今更ながら、大神官に感謝するしかない。


「お前は本当に買わないのか?」

「いちいち買う必要もない」

「……お前」


 俺の物言いで何かを理解したのか、やや敵意を含んだ目を俺に向ける。


「文句を言うなよ。今後のために小金を稼ぐだけだ」


 せっかく来たのだ。


 勿論、この「ゆめの郷」の「男娼(ゆな)」のように、自分の身体を売る気などないが、こんな場所だからな。


 それなりに面白い情報(噂話)が手に入ることだろう。


「その間、リヒトはどうするんだ?」

「付き合わせる。聾唖(ろうあ)者とでも言っておけば、言語障害も気にされないことだろう。アイツも見目は良いからな。同情心を引けるのは間違いない」

「お前……」


 トルクスタンは絶句する。


「稼がせ方を教えるだけだ。俺たちがいつまでも面倒を見続けることができるわけではないのだからな」


 その上で、何をしたいか選ばせる。

 勿論、危険なことをさせる気はない。


 そんな障害を持った人間の弱みに付け込んで悪さを企むようなヤツがいれば、それなりの報復をさせてはもらうがな。


 そして、それをリヒトも事前に了承済みだ。

 ()()を守るための力はいくつあっても良い、と。


 流石に当人に無許可で危ない橋を渡らせる気などなかった。


「お前たちの間では合意の上でも、それをシオリが知ったら泣くぞ」


 どこか呆れながらも、トルクスタンは痛い所を突く。


「知らせる気はない」


 気付かせる気もない。


 それでなくても、彼女は既に泣いているだろうから。


「それにしても、九十九ほどではないが、お前も分かりやすい男だな」

「おい、見るなよ」

「いや、俺の目の前で書いておいて何を抜かす」


 トルクスタンの描いた注文書には九十九ほど外見についての記載はなく、ただ「成人(15歳)以上、低身長、凹凸無し」の3点セット。


 本当に分かりやすいが、受け取った人間も困ることだろう。


「しかし、わざわざ指定したと言うことは、成人(15歳)未満もいるのか?」

「たまにいるな。生活の困窮に年齢は関係ない。聖堂に保護される知識もなければ、悪い大人に騙されることもある。幼い年齢の少年少女にしか反応しない特殊な性癖もあるからな」


 そこまで来れば病気としか言いようがない。


 幼い年代に見える異性が好きだと言うならともかく、その年代にのみ反応すると言うのはかなり重度だろう。


「まあ、ここは『ゆめの郷』。『ゆめ』以外に手を出さなければ何も問題のない場所だ」

「『ゆめ』以外に手を出したらどうなる?」

「発情期の発症時ならば、ある程度、見逃される。合意なら勿論、問題ない。だが、強制や欺瞞などの行為によるものならば、最高で、切り落とされては治癒され、また切り落とされるという刑があるそうだ」

「腕や足を……、か?」


 拷問のようにエグい刑だが……、効果的ではある。


 中には腕や足を切り落とされた瞬間、程度によってはショック死しかねない。


「いや、こんな場所でアホなことやるやつに、男の象徴はいらんだろ? 目の前で根本(こんぽん)から切り落とすと聞いている。相当な恐怖だろうな」

「理解した」


 万が一、冤罪があったらどうするのだろうか?


 それ以上に、それは治癒魔法でなんとかできるものなのだろうか?


「大半、一回目で改心するらしいが、被害者が多ければ多いほど、当然ながらその回数が増えるそうだ」

「容赦ないな」


 そんな刑があると分かっていて、被害者を増やす度胸は並じゃない。


 いや、自分だけは絶対に捕まらないという人間特有の慢心から来るものだろうか?


「当然だろ? だから、お前も気を付けろよ?」

「俺は一度だって、強制的にしたことはない」


 相手の意思を無視した行為などできるものか。


「それでも、被害者が泣き寝入りを選ぶこともあるらしいからな。現場を押さえたいらしいが、巡回の手も足りんと聞いている」

「お前は、随分、詳しいな」


 こんな所を常連になるほど利用しなくても、声一つでどうとでもなる立場にいたはずなのに。


「この場所では何の意味もないが、一応、それなりに情報を得られる立場にある。ティアレラから巡回兵の要請もあるし、ここの運営資金の一部は、各国が出している」

「カルセオラリア国内にも『ゆめの郷』はあるだろう?」

「あるけど……、やはり規模が違うな。ここはスカルウォーク大陸連合国営扱いだ」

「つまり、王族、貴族の利用者も多いと」


 目の前にもいるが……。


「良い所だからな。仕方ない」


 トルクスタンは笑ってそう言った。


 その良さについて、俺にはよく分からないが、他国の需要と供給の話に口を出しても仕方ないよな、と納得するしかなかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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