売り言葉に買い言葉
世の中には「売り言葉に買い言葉」という諺がある。
今、眼前で行われた対話はまさにそれに一致するだろう。
迷惑な話だ。
「は?」
先に言ったトルクスタンの方が戸惑っている。
それなら始めから言うなよ。
「九十九が望むなら、応えてやるよ。これまで世話になっているからな。ある意味安いぐらいだ」
全然、安くない。
寧ろ、アリッサムの女王陛下より、直々に制裁を科せられるような話をしている。
王族を保護した以上、一般的な考えとして非礼なく、出来る限りの待遇を与えるのは当然の話だ。
「いやいやいやいや! お前、自分の立場考えろよ」
「考えた上での発言だが?」
「考えてない!!」
トルクスタンに一票。
「亡国の王女だからな。こちらが、相手を選べると思うか?」
「確かにアリッサムは消滅した。だが……、そんな『ゆめ』のようなことをお前がする必要もない」
「クリサンセマム国王陛下に奪われるよりは九十九の方がずっとマシだ」
そう言えば、マオリア王女殿下も似たようなことを口にしていたな。
俺はあの会合と事前情報でしかあの方のことは存じてないが、彼女たちは同じ大陸内にいたから俺以上に知っていることもあるだろう。
「既婚者の女王陛下に色目を使うようなヤツは信用できん」
ああ、うん。
それはいろいろ駄目な話だな。
「落ち着け、ミオ。別にツクモの相手をすることが必須というわけでもない」
「確かに、私相手では九十九の方が無理か。私はあまり女性らしい体型ではないからな」
話が妙な方向に行き出した。
茶でも飲んで、落ち着くのを待つか。
もしかしたら、面白いモノが見れるかもしれん。
「はあ!? お前は体型だけなら、俺の好みだぞ!?」
「は!?」
空気が凍り付いた。
いや、時が止まったというべきか。
うん、この茶は美味いな。
後で、九十九に淹れさせよう。
「と、トルク? 今、なんて……?」
「体型だけなら、好みと言った。俺は十分、反応する!」
もっとこの男は言葉を選べと言いたいが、構わず茶を飲み続けることにした。
こんな茶番に巻き込まれたくはない。
そして、やっぱり、こいつを連れて行くのはあらゆる意味で危険だと思う。
そう言えば、栞ちゃんが好みのサイズ。
このミオルカ王女殿下とその双子であるマオリア王女殿下は好みの体型だと前に言っていたな。
まあ、曲がりなりにも機械国家カルセオラリアの王子だ。
元々、兄王子が婚約していたのだから、弟王子をその後釜にしても問題はないが、自分の主人がその対象なのは少しばかり問題だな。
「と、トルクのアホ~~~~~~~~~っ!!」
大声でそう叫びながら、ミオルカ王女殿下は顔を真っ赤にして部屋から飛び出して行ってしまった。
以前のように、感情に振り回されて、魔法をぶちかまさなかっただけマシだろう。
「ゆ、ユーヤ? ミオはどうして怒ったのか分かるか?」
「知らん。自分で考えろ」
怒ったというより、どう見ても恥じらいに耐えかねて、といった様子だが、それをわざわざ口にしてやる気はなかった。
俺は馬に蹴られて死ぬような死に方は御免だ。
「まあ、城内から出ることはないから大丈夫だと思うが……。まさか、勢い余って、九十九の所にいったのか!?」
「今の九十九は主人しか見ていない。そのためにマオリア王女殿下も同じ部屋にいてくれるのだろう?」
それでも、何故か不安そうなトルクスタン。
心配ならその勢いのまま、追いかければ良いのに、そこまではできないらしい。
確かに、手を伸ばした相手から拒絶されると思えば、怖くて手を出せなくなる気持ちは分かるけどな。
「彼女がいなければ、ちょうど良い。先ほど言ったティアレラ国の『ゆめの郷』とやらの話を聞かせろ」
流石に女性の前でする話ではないからな。
「お前も好きだな」
「そこの常連であるお前ほどではない」
「常連ってほど、行ってないぞ」
俺の言葉にトルクスタンは反論するが……。
「利用する偽名に、『俺の名』を使うな」
「……何故、知ってる?」
決定的なことを口にすれば、大人しくなった。
「情報の出所は極秘だ」
その手の場所を利用するためには、本名ではなく偽名を使うこと自体は珍しくない。
寧ろ、必然だろう。
中心国の王子と呼ばれる立場にいるようなやつが、そんな施設を使っていると公言はできない。
「ゆめ」を城へ呼べと騒ぎになるだろう。
こいつが使ったのが、俺の「セカンドネーム」であり、「ファーストネーム」の方を使わなかっただけマシだが、それでもあまり良い気分ではない。
尤も、俺の名はシルヴァーレン大陸でもよく使われていた。
阿呆な私兵どもにとっては使いやすかったのだろう。
だから、その辺りは気にしても仕方ない。
それに手続き上はともかく、秘め事の際はちゃんと自分の本名を相手に言って欲しいようで、結局、最中には本当のファーストネームを名乗っているらしいからな。
男という生き物は本当に阿呆だと思う。
この男は最後まで偽名を通しているようだがな。
ある意味、見上げたものだ。
「それなら、お前は知っているってことじゃないか? 改めて、わざわざ説明する必要はないだろう?」
「俺はそこの施設を利用したことがない。確かに外部からの情報はある程度入れているが、施設内部については、実際の利用者の方が詳しいだろう?」
「逆に、利用してないやつがなんでその情報を持っているのかが気になるが……」
「気にするな」
「まあ、良いけど……」
そこで無駄に食い下がらず、素直に引きさがるのが、この男らしい。
聞かれたところで、のらりくらりと躱すだけなのだが。
「ティアレラにある『トラオメルベ』はこのスカルウォーク大陸で一番大きな『ゆめの郷』だな。イースターカクタスの『ユートリア』には劣るが、各施設もその管理も充実している」
「待て。何故お前が、イースターカクタスの『ゆめの郷』まで知っている?」
「イースターカクタスに行ったことがある15歳以上の王子は大半、案内されていると思うぞ」
俺の脳裏に「ハニートラップ」と言う単語が何故か頭をよぎった。
そして、同時に納得する。
なるほど、15歳を越えてから、ダルエスラーム王子が必要以上にあの国へ行きたがるわけだ。
本来、王位継承権第一位の者が頻繁に他国に行くことは許されないが、セントポーリアは王族が少ない。
だから、あの王子は王族の務め、責任感から情報国家まで行っていたのかと思っていたのだが、そう言ったわけでもなかったらしい。
道理で、あの国へ行くときは、俺を置いていきたがるわけだ。
もともと、行く気はなかったが……。
どれだけの情報が漏れたのだろうな。
尤も、あの王子が知ることはそこまで多くはないが、情報国家からすれば、失笑ものだったことだろう。
王族ともあろう者が、あまりにも不用意だと言える。
込み上げてくる笑いを抑える方が大変だったはずだ。
恥ずべき話である。
そして、ますますそんな国に主人は連れて行けないな。
妙な遊びを教えられても困る。
「イースターカクタスのもな~。質はかなり良いんだが、抜かれるのが情報も含むとなると、落ち着かん」
「まさか、そこでも偽名を名乗ってないだろうな?」
「イースターカクタスに偽名が通じると思うか? 既に案内されている時点で、『偽名』を使う意味もない。わざわざ情報提供する意味が分からんな」
「いや、案内されるなよ」
「お前、男として断れると思うか?」
「……俺は断る」
一緒にするなよ。
「そりゃ、お前は女に困っていないからそうかもしれんが、ほとんどの男は断れんと思うぞ。理想に近い相手を選べるからな」
そこで気付く。
「それは、自分の理想の異性という最大の情報提供をしていることにならんか?」
王族の好みの異性を知ると言うことは、一種の弱みを握ることができるということに他ならない。
それは、「ハニートラップ」もより確実性を増すだろう。
ありあまる若さを利用されている……、と思えた。
「あ、あ~。そう言うことか。やはり、恐ろしい国だ。情報国家」
「いや、お前が単純なだけだ」
ますます情報国家の失笑が聞こえた気がする。
こんな単純な男を連れて行く?
不安しかないよな……。
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