恋物語の主人公?
「そっか。高田たちもまた行っちゃうのか。淋しくなるわ~」
「雄也さんもすっかり、治ったからね。いつまでも邪魔するわけにはいかないよ」
わたしは久し振りにワカと二人でお茶をしていた。
「ああ、今回は見送りしないわよ。私たちも忙しいし、何より今回は大聖堂の『聖運門』を使うって話でしょう? 神官たちに、実はあの保護していた黒髪の少女が『聖女の卵』かもと思わせることは避けたいから。髪の色は違うから大丈夫だと思うけどね」
滅多に姿を見せない「聖女の卵」の髪色は、大神官によく似た濃い藍色だと言われている。
そのためか、大神官の身内の可能性も考えられているらしい。
この世界では、地球のように髪色は遺伝の法則に当てはまるとは限らないが、やはり似ている可能性もあると言うことだろう。
最近、ワカは本当に忙しかったらしく、会う時間はかなり減っていた。
本人は、「以前ほど気楽な生活ではなくなったので、かなり辛い」と言っていたけど、それを笑いながら口にしていたので、そこまで心配もしてない。
「お気遣い、感謝するよ」
「全くだわ。いつまで経っても世話の焼ける娘で本当に困っちゃう」
そう肩を竦めながらも、そう言って、嬉しそうにわたしの作った漫画をパラパラとめくっている。
九十九から、わたしが漫画を描いたことを聞いたらしく、会う約束をした時に、「笹さんばかりズルい! 」と要求されたのだ。
でも、目の前で読まれると、九十九とは違った意味で気恥ずかしいのは何故だろうか。
「自分が同人誌のモデルになるなんて、あの時は考えもしなかったことよね」
そう言いながら、ワカはどこか懐かしそうに呟く。
描いた本人も、まさか漫画のネタにすることになるなんて、あの時は考えてもいなかったことだけどね。
「これって、やっぱり『同人誌』ってやつになるの?」
ワカの言葉で、印刷する時に出た話題をなんとなく思い出す。
「自主製作、自費出版だから、立派に同人誌でしょう?」
ワカが手を止めて、どこか意外そうにそう言った。
「そうなのか。わたしはその辺もよく分かっていなくて……」
漫画とかで「同人誌」と言う言葉が使われているものを読んだことがあったが、わたしは実物を見たことはなかったのだ。
「まあ、漫画が好きでも、即売会とかイベントに参加しない限りは普通、縁がないわね。地方だと、専門の本屋もないし」
逆に同人誌専門の本屋があることに驚く。
「若い世代が持つ同人誌のイメージはゲームやアニメ、漫画の二次創作が強いだろうけど、本来は、共通する趣味の持ち主が集まって作る詩集や歌集、句集や会報などを指すの」
「ほほう。ワカはよく知っているね」
「興味があるジャンルだったからね。実は、少しだけ、足を延ばして買いに行ったことがあった。知っての通り、この魔界には漫画がないから、人間界にいた頃に、その手の話も結構、調べていたりする」
少し照れくさそうにワカがそう言った。
中学校時代、結構、仲が良かったつもりだけど、その当時も知らなかったことはまだまだあるものだね。
「そっか。ワカはいろいろ勉強していたんだね」
わたしは漫画が好きという割に、あまりそんな情報も調べてなかった。
簡単な漫画の描き方講座をやはり漫画で読んだ程度のものだったので、漫画の描き方もほぼ我流だし、大学ノートに鉛筆で描いたぐらいの経験しかなかった。
今回、初めて同志に出会い、「お絵描き同盟」を結成してその本を作り上げたけど、そこにワカがいたら、また違った経験になったかもしれない。
「でも、この世界では高田が漫画の先駆者じゃない。そっちの方が凄いわ」
どこか誇らしげにワカは笑った。
「そんな大層なものじゃないよ」
「そう? 私は少なくとも、この作品、好きだけど……。それぞれの顔と性格の特徴を捉えているし、特に、この笹さんの不憫さが何とも言えない味を出しているのがまた面白いわよね~」
どうやら、ワカの目から見ても、九十九は「不憫」だったようだ。
そして、その点において、わたしはそこまで脚色をしていなかったと思うのだけど……。
「そんなわけで、高田栞先生の2作目を期待しても良い?」
「時間があればね」
ワカから「先生」と呼ばれるとちょっと不思議な感じがする。
だけど、2作目を描けるかどうかは本当に分からないのだ。
あの時は、カルセオラリアにいて、しかも同志の協力もあったし、九十九が全面的に補助してくれたから余裕もあった。
でも、また、わたしたちは動き始めることになった。
だから、もうあんなのんびりした日々は送れないと思っている。
それが最初で最後の作品になる可能性もあるのだ。
「甘いわ、高田! 時間というものは、自分で捻り出して作るものよ! 本当に描くことが好きなら、少しでも自分で暇を見つけて、チマチマ、チマチマ少しずつでも描いていくの!」
何故かワカが拳を握って力説を始めた。
「できるだけ、頑張るよ」
でも、ワカの言う通りでもある。
ただ絵って途中で手を止めると続きを描きにくいから、新しい作品を描くとしても、やっぱりコマが小さく描きやすい4コマになっちゃうのだろうね。
「できれば、今度は高田の恋物語でも!」
「4コマで?」
「いやいや! なんでオチを付けようとするの。恋物語なら、ストーリーでキラキラしいやつに決まっているじゃない! 見開きでドドンっと! 激しい効果音付きで!」
恋物語で激しい効果音付きってどんな作品だろうか?
どちらかと言うと、無音とか、細やかな音のイメージの方が強いのだけど、わたしのイメージが貧困なのかな?
「恋物語なら、わたしがモデルである必要は……。ああ、どこかの国の素直じゃない王女殿下と見目麗しい大神……」
自分以外の人間の話なら描ける気がすると続けようとして……。
「命が惜しければ、それ以上、口にしないことね」
ワカの鋭い瞳で睨みつけられた。
でも、自分のことより、他人の話の方が客観的にちゃんと描ける気がするんだよね。
「自分の恋物語なんか描いてもつまらなくなりそう」
「それは作者の力量不足。自分のことは自分が一番よく分かるから、感情の描写をしやすいはずでしょう?」
「自分のことが一番、よく分からないよ」
それが分かれば本当に苦労はないのだ。
「え~? 笹さんとはどうなってるの?」
「単にその話、したかっただけじゃないの? でも、清々しいほどに何も変わってないよ。見たまんま」
そして、今更、変わるとは思えない。
「そう? 笹さんは大分、変わったと思うのだけど……」
「背は伸びたよね。それに、かっこよくなった」
「不憫だわ」
ワカは大袈裟に目頭を押さえた。
「わたしが? 九十九が?」
「どちらも」
ワカは溜息を吐く。
「でも、高田が鈍いのは今に始まったことでもないし、仕方ないのかしらね」
「ワカの考えが極端なのだと思うけど。男女がいたからって、絶対、恋愛感情を持つわけではないでしょう?」
「過去に一度でも好きになった男が、自分を常に気にかけて、いつも傍にいて、優しくしてくれる。それでも一度も揺らがない?」
そう問いかけられて、考えてみる。
ワカに嘘や誤魔化しは通じない。
「多少、揺らぎはするよ。でも、それって九十九だけじゃないからね。わたし、顔だけなら雄也さんも、情報国家の国王陛下も好きだからね」
トルクスタン王子の顔も好みだし、楓夜兄ちゃんや、大神官さまのお顔だって好きだ。
言わないけど……。
「顔かよ」
王女さまに相応しくない言葉が出てきた。
「顔は大事。ワカの言葉でしょう?」
「そうね。率直な言葉に思わず、口調がきつくなったけど、顔は確かに大事だわ」
ワカも頷く。
「それなら、高田。笹さんが、以前、銀髪で青い瞳で現れた時はどう思った? 少しはときめいた?」
「ワカに遊ばれたなと気の毒に思ったよ」
「人聞きが悪いことを……」
でも、事実だった。
「でも、九十九はあの格好より、いつもの方が落ち着くかな」
銀髪に青い瞳。
確かに、昔、一番好きだったキャラクターに重なった。
だけど……。
「わたしは、黒髪、黒い瞳の彼の方が好きみたいだからね」
わたしがそう言って笑うと、ワカは、何故か一際、大きな溜息を吐いたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




