連れ出すために
「まずはカルセオラリアに行ってから報告……、だな。王子殿下を連れ出すのだから、何の挨拶もしないわけにはいかないだろう」
九十九が溜息を吐く。
「別に好き好んで連れ出すわけではないのだけど……」
どちらかと言えば、勝手に決められた上、付いて来ると言われている方が正しい。
「お前の考えではなく、周囲がどう思うか……なんだよ。兄貴のことだから、何らかの費用請求する可能性もあるけどな」
「おおう」
王族相手にそんなものを請求することができるのはあの人ぐらいではなかろうか?
雄也さんの体調が戻って、二ヶ月近く。
ある程度、長旅に耐えられる程度の筋力と体力は付いていた。
勿論、寝たきり状態だった頃でも、それなりに身体を動かしたりして、最低限の筋力保持はしていたからこそ……ではあるのだけど。
そして、そろそろ、この大聖堂から出ようかという話にはなっていたのだ。
カルセオラリア城の崩壊から数ヶ月。
雄也さんの体調も戻った今、弱者として保護される理由もなくなっている。
だが、まさか、こんな形になるとは思わなかった。
今後の方向性をある程度、話し合った後、トルクスタン王子は水尾先輩と真央先輩と共に、カルセオラリアに戻った。
わたしたちはある程度準備をしていたのだけど、予定よりも人数が増えたため、いろいろと計画の変更もそれ以外の準備も必要となる。
そのために、一月も経たないうちに、わたしたちがカルセオラリアに向かうことになった。
本当はもう少し、時間の猶予が欲しい所ではあったのだけど、ちょっと事情があって、早めなければいけなくなったらしい。
今は雄也先……、雄也さんとリヒトが各種世話になった所に挨拶に行っている。
その間に、わたしは九十九と共に、保存食造りを任され、せっせと作っていた。
尤も、いつものようにわたしはただのお手伝いで、九十九の指示の元、手足となって動いている。
本当にどちらが主人だ?
傍目には分からないだろう。
魔界人が使う一般的な収容魔法は、時を止めた場所に保存されているわけではない。
冷暗、冷蔵、冷凍保管したりすることはできても、時を完全に止めることは現代魔法では難しいらしい。
古代魔法なら「時」に干渉するものもあるかもしれないけど、一般的に知られてはいないようだ。
だから、劣化もするし、腐敗、腐食もする。
だから、食材の保存に気を遣うのはどこの世界でも変わらない。
それでも、手荷物を減らせることはかなり助かるし、何より、大きな物でも大量に持ち運びできることはかなりの利点だ。
ただ、その収容魔法も個人差があって、九十九や雄也先輩のように収容量が大きいというのは、一般ではかなり珍しいらしい。
さらに、彼らが使う収容魔法は、一般的な現代魔法でもないらしい。
まあ、つまり、時を止めることはできなくても、それに近しいぐらい時を遅くすることも可能だとか。
どこまでも規格外なことができる護衛たちである。
そして、その規格外の理由も、いろいろ知った今なら、分かる気がした。
「どうした? 手が止まってるぞ」
「いや、昔のわたしって、収容魔法使えたのかなと思って……」
「どうだろう? 必要以上に出歩くことはなかったから、契約していない可能性はある」
確かに、城で生活しているような人間が、物質召喚はともかく、収容して持ち運びする必要はないかもしれない。
私室に置いているものを、召喚魔法で取り寄せるだけで良いのだから。
セントポーリア国王陛下の神剣「ドラオウス」は収容魔法で管理しているらしい。
盗難されることはないだろうが、持っているだけで安心するそうだ。
あの神剣はたしかに触れたくなる心境にさせられる。
それはわたしの中に流れている血のせいか。
それとも、神剣の魔力だったのか。今でもよく分からない。
「収容魔法を使えるにこしたことはないが、そこまで気にすることはない。そのためにオレや兄貴がいるんだからな」
「でも、いつまでも貴方たちを頼れない」
「そうだな」
どうしても、二人と別れる時は来てしまうのだ。
それがどんな形となるのかはまだ分からないけれど。
「でも、申し訳ないけど、頼れる間は頼るね」
「おお」
少なくとも、今すぐの話ではないだろう。
今、彼らと離れるのはまだ不安だった。
それだけ、彼らはわたしの生活に根付きすぎている。
知識だけではなくそれ以外の精神的な部分でも。
それを嫌というほど理解してしまったのだ。
魔法を自由に使えるようになれば、この不安からは抜けられるのだろうか?
ここに再び来て、半年近く。
いろいろな人の助言で、自分なりに試してみてもまだ魔法は自在に使うことはできないままだった。
情報国家の国王陛下は何度も「焦るな」と言ってくれたが、こうも不自由だとやはり焦らずにはいられない。
結果として、魔力だけは上がった自覚はある。
溢れる体内魔気を抑え込むことが前より大変になったから。
身体の奥から、この身を破って溢れ出しそうなほど、大きな魔力の渦に飲み込まれそうになることをなんとか懸命に抑えている。
魔力抑制するための魔法具も、既にいくつか破壊してしまった。
どうも、わたしの魔力に耐えられなかったらしい。
セントポーリア城より戻ってから数ヶ月は、ずっと自力で抑え込むことに集中して、なんとか落ち着いたように見せている。
わたしは大きく息を吐く。
「まずは、『聖運門』を使って、カルセオラリアに行ってから、国王陛下やメルリクアン王女殿下にご挨拶するってことだね?」
「そうなるな」
「その後は? トルクスタン王子殿下の望むようにローダンセ?」
「いや、それよりも先に行くところがある」
「行くところ?」
それよりも先ってことは、ローダンセには行かないといけないってことなのだろう。
「予定だからカルセオラリアに行った後に変わる可能性はあるけどな」
「まさか……迷いの森?」
「なんでわざわざあんな所に行くんだよ」
「あんな所って……。一応、リヒトの故郷なんだよ?」
「虐待現場を故郷と言えるか?」
「言えないね」
なんらかの想いはあると思う。
ああ、でも、嫌な思いの方が強いかもしれないのか。
「会話はできるようになったのだけど、やっぱり受け入れは難しいよね」
「お前、追放処分をなめてるだろう? 一度、集落から出された以上、ヤツを戻そうとは二度と考えるな。あの村もリヒトにもいい迷惑だ」
「そうだね」
やっぱり、そうなっちゃうのか。
「大体、あれだけお前に懐いているヤツを突き放す気かよ」
どこか咎めるような視線。
九十九も、リヒトを可愛がっていることがよく分かる。
でも……。
「ずっと一緒にはいられないでしょう?」
「またお前はそう言うことを……」
九十九が呆れたようにそう言った。
「いやいや、この場合はもっと別の理由」
誤解のないようにちゃんと言っておかないとね。
「精霊族と人間では、単純に老化速度も、寿命も違うじゃない」
「それは、確かにそうだけど……」
どこか戸惑うような九十九の言葉。
「わたしたちがちゃんと天寿を全うできたとしても、その先は、彼が一人になっちゃうでしょう?」
それにわたしは、魔界人と、地球人の混血だ。
だから、恐らく、この目の前にいる青年よりも先に死ぬだろう。
魔界人は、200歳を越える者もいるというが、地球の人間は、平均的に80歳前後の寿命だ。
単純計算でも100歳ぐらいか。
混血による弊害で、もっと短い可能性もある。
「せっかく、一から救われたのに、それは淋しいことじゃない?」
だからこそ、長耳族はあの場所から出ないのかもしれない。
ずっと一族で隠れ住んでいる。
決して、たった一人にならないように。
九十九も考え込んでいる。
それを分かっていたから、あの長耳族の集落にいた長は、リヒトを連れ出す罰として集落へ戻ることを禁止したのだろうか?
長い人生で他人との付き合いを知った後の孤独は、きっとそれまで以上に辛いものになると知った上で?
だけど、ちょっと何かが今、ひっかかった。
―――― お前たちがウォルダンテと呼ぶ大陸に向かう途中に島がある
―――― そこへ行くが良い
不意に何故かそんな言葉が思い出されたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




