答えはここにある
「水尾先輩と真央先輩は、今後どうするおつもりですか?」
高田は、2人の意思を確認しようとしただけだった。
しかし、その後の展開は、何故か、真央さんとトルクスタン王子の言い争いに発展する。
いや、言い争いにもなってねえな。
トルクスタン王子の言葉を、真央さんがのらりくらりと躱しているだけだ。
でも、それを見て、オレは思う。
「答え……、既に出てる気がするのだが……」
あれは……、どう見ても……。
「ああ、九十九には分かった?」
水尾さんが笑みを浮かべながら、そんなことを言ってくる。
その表情に何か含みを感じるのは気のせいか?
「なんの答え……ですか?」
高田一人が何も分かってはいないようだ。
あの2人を見ても、何も思わないらしい。
確かにそこに甘さはないが、別のしっかりしたものが見えているのに。
「トルクがお前たちと一緒に旅に出たいって理由は、まあ、私やマオを心配してくれているから……なんだよ。私たちがお前たちと一緒に行くって決まっているわけでもないのにな」
水尾さんが困ったように笑いながら言う。
確かにまだ、水尾さんからも真央さんからもオレたちは何も聞いていない。
「カルセオラリアで、私たちの立場は確かに微妙だったよ。でも、まあ、かなりトルクが庇ってはくれたのは確かだ。だけど、カルセオラリアの次期国王にいつまでも手間をとらせたくないんだよな。だけど、あのお節介男は納得しないんだ」
納得はしないだろう。
例え、自分自身が大きな問題を抱えていたとしても、それが、大事な幼馴染たちを見捨てる理由にはならない。
「それだけ、貴女たち2人が心配なのでは? オレの目から見ても危なっかしいですから、トルクスタン王子の目から見ても危ないのでしょう」
水尾さんだけでもハラハラするのに、それが二倍になるのだ。
それをずっと見てきたトルクスタン王子の心労は計り知れない。
「トルクも似たようなもんだぞ」
水尾さんは不服そうにそう言うが、トルクスタン王子が心配しているところは分かっていない。
そう言った意味では、彼女も高田と同類だと思う。
「男と女では危険度も違います」
オレは言い切った。
どんなに魔力が強くても、ありえないほど多種類の魔法を使いこなしていても、彼女たちは、「女性」であることを捨てきれない。
だから、彼女は一度、オレに負けているのだから。
「それに、トルクスタン王子は自分の無知も分かっているから、オレたちを頼ることにしたのでしょう。意地を張って『大丈夫』と言うほど無駄な時間はありませんからね」
トルクスタン王子だって自分が旅に不慣れなことも、一般的な常識の範囲も知らないことは理解している。
だから、始めから、分かっている人間を頼っている。
下手な問答を繰り返したところで、相手の不興を買うだけだ。
「なんか、九十九がますます先輩に似てきたな」
水尾さんは不機嫌さを隠さない。
「もう18になりますから」
それは、もうあと一ヶ月もない。
それが楽しみであり、同時に不安でもあった。
「ああ、そうか。九十九も18になるのか」
水尾さんが思い出したかのように手を叩く。
「お前たち、面白いよな。年明けから先輩、九十九、高田の順で毎月、歳を重ねるようになっている」
「魔界の暦なら、その次の月に水尾先輩と真央先輩の誕生日が来ますよ」
水尾さんの言葉を聞いて、高田がどこか不思議そうな顔でそう言った。
「あ、そうか。そう言えばそうだな。そっか~、もう私も19になるのか」
どうやら、自分のことは完全に忘れていたらしい。
オレたちとは違った場所で、彼女もそれだけ目まぐるしい時を過ごしてきたのだろう。
荒れた国の再建の手伝いだ。
その苦労は、想像することしかできない。
つまり、こんなところで、私情を交えた言い争いができる程度の余裕は取り戻せたということでもあるのか?
「しかし、話が平行線のままですね」
先ほどから堂々巡りをしている気がしている。
トルクスタン王子は心配から、気遣いの言葉を交えつつ、「俺も連れて行け」と言い、真央さんは気遣いから、皮肉を含みつつ「自分のことだけ考えろ」と言っていた。
ただ、真央さんはトルクスタン王子の気持ちをある程度分かった上で断っており、トルクスタン王子は、真央さんの配慮に全く気付いていないというかなり残念な部分があるのだが。
「先輩が見守る態勢に入ったからな。そして、真央も本気で相手をしていない。まあ、そんな犬も食わないようなものを見て、何か得られるものがあるとも思えんが……」
「え?」
水尾さんの呟きを聞いた高田が、何故か驚きの声を上げる。
まさかと思うが……。
「犬も食わないって、2人の話はそう言うことなのですか!?」
「「遅い!!」」
オレと水尾さんの声が重なった。
ここまで分かりやすいのに、なんで、気付いていないのか?
「トルクスタン王子殿下の答えは出てる」
だからこそ、あれだけ心配しているのだ。
今にして思えば、前々からそんな印象はあった。
水尾さんに対する言葉より、真央さんに対する言葉の方が柔らかい。
それは、これまで兄の婚約者に対する気遣いかと思っていたが、今の状態を見る限り、違うことが分かる。
もうトルクスタン王子の兄はいないのだ。
だから、ある意味気遣う……、いや、気にする必要はない。
「そして、真央さんなら、アリッサムの第二王女として、ある程度、教育はされているはずだ」
王位継承権第二位の人間は、基本的に代替者である。
第一位に何かあった時の保険となるため、それなりに教育を受けているはずだ。
だから、イースターカクタスもセントポーリアも、現王たちの即位が問題なかったのだろう。
まあ、第一子が25歳の時点で決定されるストレリチアのように例外はあるが、等しく教育を施すという意味では、大差はない。
だが、今の真央さんには、カルセオラリアの助けとなる「国」がない。
己の器量だけで他国を支えるとなれば、相当な苦労を覚悟しなければいけないだろう。
少し前のカルセオラリアならそれでも良かった。
だが、今は、カルセオラリアも中心国から降格する可能性があるという危機がある。
果たして……。
「だから、問題があるとすれば……」
「いや、残念ながらトルクの答えは出てないぞ」
オレの言葉を遮るように、水尾さんが疲れたようにそう言った。
「誰かさんと同じでかなり鈍いからな」
さらに言葉を続ける。
「……誰かさん? ああ……」
オレは、心当たりの人物を見た。
確かに、こいつは鈍いよな。
「それで、高田の考えは?」
オレは分かり切っている答えを促す。
この不毛な諍いを治めるのは、決定権を握り締めているこいつしかいないだろう。
「ほへ?」
だが、その決定者は、何故か不思議そうな顔をした。
「いや、お前、まさか、この状況で何も考えてねえとかないよな?」
「トルクスタン王子殿下と、真央先輩の話でしょ? わたし、関係なくない?」
「お前……」
思わず脱力してしまう。
「高田が、現状、私の庇護者みたいなもんだからな。実際、それを支えてくれるのは先輩と九十九だが、その指示を出しているのは高田だろう?」
言われてみれば、確かに高田は彼女にとっては庇護者に近い。
監督をしているわけではないから、監護者というほどではないけれど、アリッサムの消滅から、水尾さんはある程度、高田に護られている。
「庇護者とか、そんな偉い人になった覚えはないのですが」
「これを素で言ってるから、凄い度量だよな。九十九の主人」
「おかげで、苦労します」
オレも兄貴も彼女のために動いている。
だから、危険がない限りは彼女の望みを叶えるようにその周囲を含めて整えているわけだが、そこは気付いていないらしい。
「では質問を変えよう。高田は、私と真央が同伴を希望したらどうする?」
「わたしの護衛2人が反対しないなら大丈夫だと思います」
呆れるぐらい即答だった。
まるで、彼女は始めからその答えを用意していたかのように。
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