答えは既に出ているのに
カルセオラリア城が城下と共に半壊して既に半年近くが経過している。
ここストレリチア城内で、中心国の国王陛下たちによる会合が行われた結果、エラティオールが中心国を5年間代行し、その経過によってカルセオラリアに中心国の権限を戻すかどうかが決まるという結論に達した……、はずだった。
「トルクスタン王子殿下のことも……、勿論、気になるのですが……」
本来、王位継承権第一位の人間は、外交以外の理由で他国への訪問が簡単にできないことはわたしでも知っている。
だけど、トルクスタン王子は、それを承知で、自身の王位継承権の放棄をちらつかせて、他国であるこのストレリチアに来る許可を無理矢理もぎ取ったということは分かった。
そこまでしてここに来たかったという理由は気になる。
でも……。
「水尾先輩と真央先輩は、今後どうするおつもりですか?」
金銭の稼ぎ方の話をした雄也先輩の言葉で、わたしは、トルクスタン王子のことよりも、水尾先輩と真央先輩の2人がこれから先、どうするか? という方が気になってしまった。
「高田は、私たちのことを気にしてくれるの?」
真央先輩が柔らかな笑みを見せる。
「マオと会ったからな~。ある意味、私の目的は達成されたんだけど……、姉貴たちがどこにいるか分からないんだよ。マオも知らないって言うし」
水尾先輩はそんなことを言った。
「先輩の言う通り、私たちに自活の道はないからちょっと困っているところかな。いつまでもカルセオラリアに世話になる理由もないからね」
真央先輩はそう言って困ったように笑う。
「だが、マオは兄上の……」
トルクスタン王子がそう言いかけたが……。
「婚約者と言っても口約束でしかない。カルセオラリア国王陛下の気分次第で、いつでも私は路頭に迷える立場だよ」
当事者である真央先輩がそう言えば、黙るしかなかったようだ。
「まあ、いざとなればクリサンセマムに囲われるという選択肢もあるけど」
「ダメだ!」
だけど、真央先輩が淡々と言葉を続けると、やはり、トルクスタン王子は黙っていられないらしい。
「ああ、トルクのお勧めは、グロリオサやヒューゲラ、ピラカンサだった?」
「違う!!」
確かにフレイミアム大陸なら、彼女たちほど魔力が強い女性は引く手、数多なのだろう。
だけど、それってどうなのだろうか?
魔界人としては仕方ない話なのかもしれないけど、望まない結婚はやっぱり受け入れにくいものがある。
しかも、囲われるってことは、愛人みたいな状態になるのを覚悟ってことなのだろうし。
「答え……、既に出てる気がするのだが……」
九十九が何故か、トルクスタン王子と真央先輩のやり取りを見て、そんなことを言った。
「ああ、九十九には分かった?」
水尾先輩もそんなことを言っている。
「なんの答え……ですか?」
わたしが尋ねると、水尾先輩と九十九が何故か残念なものを見るような目でわたしを見た。
「トルクがお前たちと一緒に旅に出たいって理由は、まあ、私やマオを心配してくれているから、なんだよ。私たちがお前たちと一緒に行くって決まっているわけでもないのにな」
水尾先輩が困ったように笑いながら言う。
「カルセオラリアで、私たちの立場は確かに微妙だったよ。でも、まあ、かなりトルクが庇ってはくれたのは確かだ。だけど、カルセオラリアの次期国王にいつまでも手間をとらせたくないんだよ」
ああ、その気持ちは分かる。
「だけど、あのお節介男は納得しないんだ」
「それだけ、貴女たち2人が心配なのでは? オレの目から見ても危なっかしいですから、トルクスタン王子殿下の目から見ても危ないのでしょう」
九十九は溜息を吐いた。
「トルクも似たようなもんだぞ」
「男と女では危険度も違います。それに……、トルクスタン王子殿下は自分の無知も分かっているから、オレたちを頼ることにしたのでしょう。意地を張って『大丈夫』と言うほど無駄な時間はありませんからね」
どこかわたしや水尾先輩に対する皮肉を込めた発言に聞こえたのは気のせいか?
「なんか……、九十九がますます先輩に似てきたな」
「もう18になりますから」
九十九はどこか誇らしげにそう言った。
「ああ、そうか。九十九も18になるのか。お前たち、面白いよな。年明けから先輩、九十九、高田の順で毎月、歳を重ねるようになっている」
「魔界の暦なら、その次の月に水尾先輩と真央先輩の誕生日が来ますよ」
「あ、そうか。そう言えばそうだな。そっか~、もう私も19になるのか」
言われてみれば、人間界でいう早生まれがこれだけ集まっているのは偶然とはいえ、不思議な気がする。
水尾先輩と真央先輩が19歳になる。
そして、来年には20歳。
王族には、「聖痕」が浮かぶ年齢だ。
彼女たちは知っているのだろうか。
どんなに誤魔化しても、ただの町娘にはなれないということを。
いや、アリッサムは既に国そのものが消滅している。
その場合、「聖痕」ってどうなるのだろうか?
国が消滅しても浮かぶのかな?
「しかし、話が平行線のままですね」
九十九が真央先輩とトルクスタン王子をチラリと見て溜息を吐いた。
「先輩が見守る態勢に入ったからな。そして、真央も本気で相手をしていない。まあ、そんな犬も食わないようなものを見て、何か得られるものがあるとも思えんが……」
「え?」
水尾先輩の言葉を聞いて、ハッと気づいた。
「犬も食わないって、2人の話はそう言うことなのですか!?」
「「遅い!!」」
水尾先輩と九十九が同時に言った。
つまり、この2人の言い争いみたいなものは、「夫婦喧嘩は犬も食わない」ってやつだと言うことだ。全く気付かなかった。
え?
でも、なんで九十九は気付いたの?
「トルクスタン王子殿下の答えは出てる。そして、真央さんなら、アリッサムの第二王女として、ある程度、教育はされているはずだ。だから、問題があるとすれば……」
「いや、残念ながらトルクの答えは出てないぞ。誰かさんと同じでかなり鈍いからな」
「……誰かさん? ああ……」
二人の目線がわたしを向いた。
今は何も言えない。
「それで、高田の考えは?」
「ほへ?」
九十九が不意にわたしに聞いてきた。
「いや、お前……まさか、この状況で何も考えてねえとかないよな?」
「トルクスタン王子殿下と、真央先輩の話でしょ? わたし、関係なくない?」
「お前……」
九十九が何故か肩を落とした。
「高田が、現状、私の庇護者みたいなもんだからな。実際、それを支えてくれるのは先輩と九十九だが、その指示を出しているのは高田だろう?」
水尾先輩がそう言うが……。
「庇護者とか……、そんな偉い人になった覚えはないのですが……」
わたしはピンとこなかった。
先輩のために後輩が頑張るって普通の話じゃないっけ?
「これを素で言ってるから、凄い度量だよな。九十九の主人」
「おかげで、苦労します」
何故か水尾先輩と九十九がそんな会話をしている。
「では質問を変えよう。高田は、私と真央が同伴を希望したらどうする?」
「わたしの護衛2人が反対しないなら大丈夫だと思います」
どう考えても負担は2人にかかる。
「本当に度量、すげえよな」
「何故ですか?」
「他人と一緒に行動って結構苦痛だと思うぞ」
「水尾先輩は苦痛でしたか?」
「いや? 三食衣食住保証されて、居心地も悪くないのに苦痛を感じると思うか?」
何不自由のない城での生活だったのに、それが唐突に終わた上、他国で逃亡生活に巻き込まれたのだ。
わたしからすれば、そんな環境になっても苦痛を感じていない水尾先輩の度量の方が凄いと思うのだけど……。
「じゃあ、高田はトルクが共に来ることはどう思う?」
「雄也せ……さんが、反対しなければ?」
「雄也さん?」
水尾先輩が首を傾げる。
「おいこら、なんでこの場合、オレの意見は無視なんだ?」
そして、九十九はそこが引っかかるらしい。
「雄也さんの方が説得大変そうだから」
「オレをお手軽な男みたいに言うなよ」
「お手軽って言うか、九十九は多分、反対しないと思うから?」
水尾先輩と真央先輩を引き受けた時点で、そうなりそうだと思う。
「確かに反対する気はねえよ」
九十九は出来る限り、わたしの願いを叶える努力をしてくれる。
だが、雄也さんはその前にリスク計算をするだろう。
亡国の王女たちを連れて歩くのとはわけが違う。
一国の王子、それも実質、王位継承権第一位の人間だ。
その人を連れ歩くってどれだけリスクを伴う行為なのだろうか?。
「だから、雄也さんが反対しなければ、わたしは良いですよ」
きっぱりとそう言い切るのだった。
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